第46話 放課後買い物タイム

 待ちに待った水曜日。

 先輩と俺は、我が家の近所のスーパーで待ち合わせることになった。


 安元先輩からは、『衆目のある場所であきらに構うな』と忠告されているから、校内で集合するわけにはいかなくて。

 先輩には俺が指定するバスに乗ってもらい、指定するバス停で下車してもらう形になった……んだけれど、結局下校のタイミングが一致してしまい、バス停でばったりと鉢合わせすることになった。


 離れた座席に座った方がいいかと思ったけれど、先に腰掛けた先輩に手招きされ、二人掛けタイプのシートに密着して座ることになってしまった。

 いつになく二人の身体がくっつき合って、なんかもう『放課後デート』って感じがビンビンして、頭がフットーしそうだった。


「ゴウくんのお家って、国道の方だったんだね」

「そうですね」

「春山公園が近いんじゃない? 花火大会のとき、歩いて行けそうだね」

「は、はい、余裕で歩いて行けますね」


 なんてちょっとした雑談をするたびに、『え、それって、花火大会一緒に行こうって意味ですか?』とあらぬ妄想がはかどってしまう。

 

 そうこうしているうちに目的のバス停に到着したから下車し、スーパーまで横並びで歩く。

 以前、弁当箱を買いに行った際もこんな感じで歩いたけれど、俺の家の近所を制服で歩く、っていうのもまた斬新だ。


 そういえば、ネットでこんな書き込みを見たことがある。

 『制服デートは学生の内しかできないから、やっておけ』と。

 ふぇぇ、厳密にはデートじゃないけど、恥ずかしいよぅ。


「えっと、先輩、リクエストってあります?」


 前後不覚になる前に尋ねると、先輩はまったく悩む素振りなく、


「普通のごはん」


 と答えた。


「それって……ご飯、味噌汁、おかず数品、みたいな?」

「そう、それ!」 

「わかりました。基礎の基礎から……できる限り簡単なやつから、ですね」

「その通り! ……わがまま言ってごめんね」


 申し訳なさそうに笑う先輩に、俺は爽やかスマイルで返答する。


「いえ、俺も通ってきた道ですから。実際、料理本を読むよりも、誰かの作ってるところを見た方が覚えが早いですからね」

「百聞は一見にしかず、ってやつだね」

「そうですとも」


 などとやり取りしつつ、俺たちはスーパーの自動ドアをくぐった。

 積んである買い物かごをさっと腕に引っかけ、青果せいかコーナーへ向かう。

 いつもやっている、当たり前の行動だけれども、横に先輩がいるだけでドキドキ、ウキウキする。


「先輩、これが小松菜ですよ。で、あっちがほうれん草」

「な、なるほど……?」


 売り場に並ぶ緑色の葉物を示すと、先輩は腰を曲げて、まじまじと両者を見比べた。


「ほら、根元が赤いのがほうれん草です。あと、茎の太さも違います」

「小松菜の方が、茎が太いんだ!」


 世紀の大発見をしたかのように、先輩は顔を輝かせた。


「そうですね。あと、時季とか店にもよりますけど、小松菜の方が比較的お値打ちですね。あく抜きもいらないし、俺の推しは小松菜です」

「でも、合う料理が違うんだよね? ゴウくん、ずっと前に言ってたもん」


 ああ、俺のちょっとした言葉を覚えていてくれたなんて、感涙にむせびそうだ……。


 俺が手ごろな小松菜を買い物かごに放り込むと、先輩はかわいらしく小首をかしげた。


「選ぶときのコツってある?」

しなしな・・・・してないものですかね。売れ残りとかじゃなければ、よっぽど大丈夫だと思いますよ」

「へ~え」


 感心したように笑う先輩。俺が移動すると、ぴったりとうしろについて来る。まるで、母犬にくっついて歩く子犬みたい。このまま連れ添って、どこまででも行きたくなる。

 その抗いがたい欲求と戦いながら、鮮魚コーナーへ赴き、さけの切り身を手に取った。


「とりあえずシンプルに、鮭の塩焼でいいですか?」

「うん。わたしんち、あんまり魚を食べないから、楽しみ」


 と言いつつ、先輩は売り場に並べられた魚たちを物珍しそうに眺めていた。それから、買い物かごに入っている鮭をちらっと見て、驚いたように目を見開く。


「ねぇ、その鮭、『甘口』って書いてあるけど、甘いの? 砂糖入ってるってこと?」


 思わず吹き出しそうになったけれど、辛うじてこらえた。初心者の純粋無垢な質問を笑うなんて、最低の指導者のすることだ。


「いえ、まぎらわしいですけど、これって塩分濃度のことですよ。売り場に『中辛』『辛口』ってありますよね? これ全部、塩っ辛さの度合を示しています」

「なるほど! 覚えておくね!」


 と、先輩は真剣な面持ちで宣言した。年下の俺の言葉に丁寧に耳を傾けて、きちんと覚えようとしてくれている。そんな先輩が、本当に好きだ。


「今日のおかずは、焼き鮭、小松菜の煮びたし、あと……どんなもの食べたいですか?」


 鮭と煮びたしだけじゃ質素すぎるかと思って先輩に尋ねると、「うーん」と上を向いて考え込む。


「もしよければ、卵焼きを作るところ見せて欲しいな」

「いいですけど、お昼に続いて、夜も卵焼きでいいんですか?」

「もちろん。今度は、あま~い卵焼きがいいな」

「わかりました」


 先輩の、『あま~い』の言い方がかわいかったから、少しニヤけてしまった。表情筋を引き締めながら、卵コーナでいつも購入している10個入りのものを手に取る。


「えっ、卵ってこんなに安いんだ!」


 表示価格を見た先輩が大声をあげた。その気持ちは、わからないでもない。養鶏家さんと、ニワトリさんの苦労がしのばれる。


「特売日はもっと安いですよ」

「そうなんだ! でも、よく見たらピンキリだね」

「高いものは高いですよね。我が家では、毎日弁当に使うから、一番お値打ちなものを買ってます」

「そっか~、ただ料理するだけじゃなく、家計のことも考えなきゃいけないよね……」


 先輩は小難しい顔をして、独り言のようにつぶやいた。もしかして、家で料理を始めるつもりなんだろうか。共働きのご両親の力になるために……?

 だとしたら、ノウハウを教える俺は、ちょっと責任重大だぞ。

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