第41話 無知と無関心

 クラス対抗バレーに二回戦で敗退したため、俺は早々に暇になってしまった。


 幸い、瑛士えいじが声をかけてくれたから、孤独に校内をさまようなどという寂しい事態を回避することができた。


 瑛士のクラスも、二年生にサッカーでボロ負けしたらしい。

 瑛士自身は運動神経がいいんだけど、チームプレーだとなかなか思い通りにはいかないよなぁ。滅多に愚痴をこぼさない瑛士がうだうだと文句をこぼすところを見ると、相当に悔しかったみたいだ。


 そのまま昼休みに突入し、一緒に弁当を食べることになった。教室内ではなく、校舎裏のコンクリートに尻をついて、ピクニックさながらに。中学時代に戻ったみたいで、すごく懐かしい気持ちになった。


 ちなみに巴先輩からは、『今日は忙しいから』という理由でいつものお弁当タイムを断られている。たぶん、生徒会長としていろいろな雑務をこなしているんだろう。


「……なぁ瑛士。お前、この学校の生徒会長についてどう思う?」


 先輩に関して尋ねると、瑛士は俺の作ったタラコ入り卵焼きを頬張りながら首をかしげる。


「どうって?」


 俺は、瑛士んちのお手伝いさん作のだし巻き卵をかじりながら尋ね直す。この至高の味は、今の俺には再現できそうにない、と内心で感嘆しながら。


「今日もそうだけど、入学式のときも生徒会長が挨拶したんだろ? すげー美人だって思わなかった?」

「うーん……まぁ、思ったかな」


 ええーその程度の感想ですか。てめぇの目は節穴かっ。

 俺の心の声が伝わったのか、瑛士はやや慌てた様子を見せる。


「いや、生徒会長の顔なんてまじまじ見ねーだろ」

「……そんなもんか」

「そうだとも。まぁ、お前が年上好きだというのは、改めてわかったよ」


 ニヤニヤと言われ、俺はわざとらしくそっぽを向いた。

 瑛士は未だ、俺の想い人が生徒会長であることは知らない。以前の『デート』がどうだったか根掘り葉掘り聞かれたけれど、『進展はなにもナシ!』と答えたらヘタレ扱いされた、ただそれだけだった。


 俺はため息をついたあと、本題を切り出す。


「開会の挨拶のとき、二三年の奴らめちゃくちゃ感じ悪くなかったか?」

「んー……そういえばそうだったかなぁ~?」


 のんき極まりない返答に、俺は脱力した。


「いや、生徒会長のこと、クスクス笑いまくってただろ」

「そうだっけ? 教師が怒鳴ってたのは覚えてるけど……」


 瑛士の物言いは、とても冷めたものだった。昼飯に集中したいから、ではなく、生徒会長なんかにこれっぽっちも興味ないから、というのが丸わかりだった。

 一瞬ムカッとなったけれど……これが普通の反応なのかもしれない、と思い直す。


 俺だって、先輩と昼飯を食う仲になっていなければ、生徒会なんてものに興味を持つことはなかっただろう。


 小学生の頃から、生徒会選挙とかめんどくせー、やりたい奴がやれよと思っていた。演説だって聞き流していた。

 中二のとき、クラスメイトが生徒会長に立候補していたけど、よくやるなぁ、くらいの感想だった。もちろん応援はしたし、落選したことは残念に思ったけれど。


「瑛士さぁ、去年生徒会で不祥事があったって知ってた?」

「おー、それは聞いたぜ。入学式の日、担任からな」

「……そうなんだ」


 俺はまたしても脱力する。入学当初、休んでさえいなければ、俺も校内の事情にもうちょっと詳しくなっていた、ってわけだ。


 けどその代わり、先輩には出会えていなかった。そのうえ、生徒会に対して悪印象を抱いていたかもしれない。場合によっては、二三年と一緒に嘲笑をこぼしていたかもしれない……。


 そう思うと、俺に風邪をひかせたウイルスに感謝する気持ちも湧いてくる。一生懸命頑張っている先輩を笑い飛ばすような人間にならずに済んだから。


「あ、そーだごう。テストも終わったし、またうちでゲーム大会やろうぜ」

「おお、いいな」


 瑛士の明るいお誘いに、俺の心のモヤモヤが少し吹き飛ぶ。いつか改めて、こいつにあれこれ相談してみようかな。


***


 閉会式の挨拶をしたのは、風紀委員長の安元先輩だった。


 風紀委員長が球技大会の締めの挨拶をするって、なんかおかしくないか? と首をかしげずにいられない。べつに、閉会の挨拶も生徒会長が行ったっていいじゃないか。もしくは、球技大会実行委員とか設置されてないのか?


 安元先輩が貫禄あるハスキーボイスで淡々と言葉を述べている間、開会式のときのような嘲笑が生じることは決してなかった。

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