第37話 嘘を口にしてはいけない。しかし、真実の中にも、口にしてはならぬものがある。その1

「ねぇゴウくん。来週から中間テストだけど……明日からもお弁当お願いしちゃってもいいのかな?」


 時間内に弁当を完食した先輩は、不安そうに俺にお伺いを立ててきた。その懸念を晴らすため、俺はドヤ顔で答える。


「中間テスト前だからって、弁当を作らない理由にはならないですね。いい息抜きになりますし。だから、金曜日までは任せてください」

「さすがゴウくん、カッコいいね!」


 と、先輩は満面の笑みで俺を見る。このひとには、何度『カッコいい』と言われても嬉しいな。


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね。テスト期間中はオアズケになっちゃうのが惜しいけど、そのぶん、テスト明けに楽しみにしてていい……?」

「もちろんです。勉強の合間に、いい感じのメニューを考えておきますね」


 すると、先輩の笑みが苦いものに変わった。


「ありがたいけど、勉強優先でね」

「……はい」


 はにかんでうつむいたとき、脳裏に再び鞘野さやの先輩から聞いた話が浮かび上がった。顔を上げて時計をチラ見すれば、昼休み終了まであと10分以上余裕がある。改めて尋ねてみるチャンスだ。


「あのぅ、先輩……」

「どうしたの? 勉強のことで悩んでる?」


 そう首をかしげた先輩の表情は、心の底から俺を案じてくれているようだった。そこに母性を感じた俺はつい、『わからないところがあるから教えてくだしゃい』と甘えてしまいたくなったくらいだ。

 いやいや、べつに今のところは、勉強に関して困ってなどいない。


「ええと……鞘野先輩からいろいろと聞いたんですけど、生徒会長としてすごく苦労してるんじゃないんですか?」


 ずばりと切り出すと、先輩ははっとして固まった。けれどすぐに、えへへと締まりのない笑みを浮かべ、まごまごした様子でうなずいた。


「う、うん……まぁ、ねぇ……」

「だったら──」

「でも、全部覚悟の上なの!」


 先輩は俺の言葉を遮るように声を張り上げ、


「最後までやり抜くって決めたうえでやってるから、ぜんぜん大丈夫だよ!」


 と、両手を掲げてガッツポーズをしてみせた。いつも明るい先輩らしい仕草だけれど、今日だけはどこか不自然なものを感じる。無理をしているんじゃないか、俺に気を使わせないようにしているんじゃないか、って。


「でも……『風紀委員と対立してる』って聞いたんですけど……」


 さらなる質問をぶつけると、先輩の表情に動揺がありありと現れた。口をぱくぱくさせながら、視線を右往左往させている。


「ええっと、その、お、表向きは、そんな感じになってるね。……でも、風紀委員長の由之助くんがいろいろ気を回してくれるから、ぜんぜん大丈夫だよ」


 先輩はさっきから『ぜんぜん大丈夫』を繰り返しているけれど、それを信じていいものか迷った。それに加えて、安元やすもと先輩への嫉妬心も湧いてくるけど、今はそれどころじゃない。


「どうして対立しているか、聞いてもいいですか? 委員会って、生徒会の下にあるんじゃないんですか?」

「あの、ええと、うーん……その……、対立してるって言い方もちょっとおかしいかもね。ただね、その……」


 先輩はいやに歯切れが悪い。普段ははきはき明るいのに。いつも俺を見つめてくれる優しい目も、ものすごい勢いであちこちを泳ぎ回っている。

 初めて見る先輩の姿に、俺はすこぶる不安になってきた。やっぱり、聞くべきじゃなかったのかな。


 やがて先輩は大きく深呼吸し、パイプ椅子ごと俺に向き直った。改まった雰囲気に、俺の心臓は鼓動を速める。


「あのねゴウくん。落ち着いて聞いてね」

「はい」


 固い声で返事をすると、先輩は意を決したように口を開いた。


「去年、生徒会内部で校則違反があったの。それで、風紀委員にとって、生徒会は信頼の置けない存在になってしまったの」

「な、なるほど……?」


 半分くらい内容を把握できないまま相槌を打つ。

 校則違反と聞いて真っ先に思い浮かべたのは、染髪だ。次に、スマホを授業中に使用すること。その次に、無断遅刻、無断欠席。

 その一つ一つは厳重注意程度で済むことだろうけど、生徒の模範となるべき生徒会メンバーが行ったのなら、たしかに風紀委員の信頼を損なう原因になるだろうか。


 校則違反についてあれこれ想像を巡らせていると、俺を真っ直ぐ見据えていた先輩の瞳が揺らぐ。俺から目を逸らすようにこうべを垂れ、膝の上でこぶしを握り、とても言いづらそうに話を続けた。


「校則違反、って物言いはソフト過ぎるかな。正確には、法令違反……かな。

 だって、『未成年の飲酒・喫煙』だから」

「…………そうですか」


 すべてに納得のいった俺は、それだけ絞り出した。


 染髪やスマホ、遅刻程度の生温い校則違反なんかじゃなかった。校則どころか法律を破っていた。しかもよりによって、生徒会のメンバーが。

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