第33話 いただきます

 今日の弁当の中身は、コロッケ、ほうれん草とチーズの卵焼き、きんぴら、ブロッコリーの和え物にトマト。麦ごはんにはのりたまのふりかけ。先輩のために作った健康的メニューだ。


 先輩が最初に箸をつけたのは卵焼き。半分に割ったあと、ぱくりと口に放り込む。

 数回咀嚼そしゃくしたあと、くわっと目を開けた。ごくんと飲み込んだあと、俺に向かって憤然と抗議する。


「卵焼きにチーズは反則でしょ! おいしすぎる! 卑怯!」

「じゃあ、もう二度と入れませーん」


 おどけた調子で返すと、先輩はむっとくちびるを尖らせた。それから、俺に軽く肩パンする。ああ、なんという甘い暴力。クセになりそう。


 次いで、先輩はきんぴらを食べ始めた。口元から、シャクシャクと根菜を噛み潰す音が聞こえてくる。嚙みながら箸を動かして、麦飯も口に含んだ。


「甘辛くてご飯に合うね! ん、てゆーか、なんかお米の食感が……」

「プチプチっとしたのは、押し麦の食感ですよ。苦手ですか?」

「ううん、ぜんぜん大丈夫。噛み応えがあっていいね」


 と、先輩は満足そうに笑った……かと思いきや、再び仏頂面で不満を漏らす。


「でも、コロッケにきんぴら……ご飯のお供になるおかずが多すぎるよー! ふりかけだって味わいたいのに、ご飯が足りなくなっちゃう~」


 それは文句ではなく、喜びの裏返しだろう。おいしいものばかりで困っちゃう、と言いたいんだと思う。


「先輩が気にいったものはまた作ってきますから」

「そんなこと言われても……全部気にいった……」


 しょぼくれたような物言いは、とてもかわいかった。ああ、なんてメシの作り甲斐があるひとだろう。ずーっとずーっと、このひとのために料理を作りたい。


 俺はぽやぽやした気分になりながら、自分の弁当をつまむ。隣では相変わらず、先輩が歓声をあげている。


「んんぅ! このブロッコリー、和風かと思ったらマヨネーズの味がする!」

「マヨおかかえです」

「へぇ、マヨネーズとおかかと醤油って合うんだねー!」


 感心しながら、先輩はあっという間にブロッコリーを平らげてしまった。それから、『しまった!』と言わんばかりに口元を押さえる。一気に食べきってしまったことへの後悔だろう。

 俺が、「また作ってきますから」と念を押すと、照れたようにえへへと笑う。そしてコロッケへ箸を伸ばした。


「やっぱりゴウくんのコロッケってすごくおいしい! 噛めば噛むほどおいしさが染み出してくる。飲み込んだあとは、コーンと玉ねぎの優しい甘さが口に残って、すごく幸せな気分になるよ」


 こんな感じで、先輩はひたすら饒舌じょうぜつだった。一口食べては感想を言ってくれる。

 それは、喜びでテンションが高くなっている証拠。その明るい声は、俺にとって至高のBGM。耳から入って、心をじんわり温める。


 けれど、食べ終える前に予鈴が鳴ってしまう。電子音を聞いた瞬間の先輩の顔ときたら、死刑判決を下された罪人のようだった。俺は残りのおかずを慌ててかき込んで完食だけど、先輩の弁当箱には数品残っている。


「ゴウくん、わたしギリギリまで食べて行くね」

「わかりました。えっと……お弁当箱はどうしましょう」


 俺が持ち帰らないと、明日の弁当が詰められない。けど、三年の教室まで取りに行くのはちょっとハードルが高いぞ。

 先輩はうーんと考え込んだあと、


「また放課後、ここに取りに来てもらっていい?」


 と申し訳なさそうに言う。

 昼休みに生徒会活動をしている姿は見たことがないけれど、放課後にいろいろやっているのかもしれない。そんなところにお邪魔するのは気が引けるけれど、三年エリアに行くよりはマシか。


 俺は「わかりました」と答えて、生徒会室をあとにした。

 もちろん、喜びの余韻に浸りつつ。

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