第31話 先輩のためのお弁当

 待ちに待った月曜日。

 教室の自席に着いた俺は、通学カバンを開けて、弁当箱が倒れていないかを確認する。

 教科書とノートの隣に、二つの保冷バッグが寄り添うように収まっていた。

 保冷バッグの中身はもちろん弁当箱。俺のものと、先輩のもの。気温が高くなってきたので、保冷材も入れている。


 ああ、この中身を見たとき、そして中身を食べたとき、先輩はどんなふうに笑って、どんな言葉をくれるだろうか。楽しみすぎて朝から呼吸が荒くなってしまうっ。


 しかも日曜日は、先輩とたくさんメッセージのやり取りができた。

 土曜日のお礼から始まって、嫌いな食べ物やアレルギーはないか、とか、リクエストはあるか、とか。


 最後は先輩から、『今からワクワクして困る』なんて、かわいいコメントと、かわいいスタンプを頂いた。俺もドキドキワクワクして困っちゃうよ。


 ちなみに先輩は、すき焼きの中の春菊と、パクチーが大嫌いだそうだ。春菊が苦手な気持ちはちょっとわかるけど、俺、パクチー食べたことないや。どこで食えるんだろう?

 まぁ、弁当には絶対に使わない食材なので、安心した。


 しかし、今日の昼休みに待ち受ける栄光と、明日以降の弁当の献立のことばかりを考えてもいられない。

 来週からは中間テストが始まるから、勉強にも真剣に取り組まないと。


 特に、三年生である先輩は、俺以上に身を入れてのぞむんじゃないだろうか。テスト期間中は弁当も不要だし、もしかしたら明日以降は『お弁当いらない』って言われるかもな……。


 いや、そのぶん、テスト明けの弁当をよりいっそう喜んでもらえるだろうから、気落ちする必要はない!


***


 そして昼休み、俺はいつものように第二校舎へ向かい、『第一資料室』もとい『生徒会室』の扉をノックした。

 「どうぞぉ」という甘い声に導かれ、扉をゆっくりと開けると、すでにこちらを見ていた先輩とばっちり目が合う。


 俺を認識した瞬間、先輩の顔がぱぁっと華やぎ、早く来い来いとばかりに手招きされた。

 すっかり定位置となったパイプ椅子を引き出して腰を下ろす間も、先輩は俺をじっと見つめていた。


「はい、これが先輩の分です」

「わぁ!」


 保冷バッグを手渡すと、先輩の目の色が変わった。プレゼントの中身を一刻も早く知りたい子供のような顔をして、保冷バッグのファスナーに手をかける。

 けれど、半分くらい開けたところで、先輩の目に理性の光が戻った。


「ごめん、わたしったら焦っちゃって……」


 と、恥じらうようにうつむいたあと、俺へと真っすぐ向き直り、深々と頭を下げる。


「ゴウくん、本当にありがとう。とても嬉しいです」


 慇懃いんぎんなお礼に、俺は慌ててかぶりを振った。


「いえいえ、いいんです。どうぞ、開けてみてください」

「うん……」


 俺の言葉に促された先輩は、ごくりと喉をうごめかせたあと、慎重に保冷バッグの中に手を入れて、ゆっくりと中身を取り出した。

 土曜日に一緒に選んだピンクの弁当箱。うん、やっぱり先輩には、女の子らしいかわいい色の弁当箱が似合っている。俺の頬が自然と緩んだ。


「……ずっしりしてる」


 先輩が感動したようにつぶやく。


「ずっしり、重い……」


 そうはいっても、弁当の重みなんてたかが知れている。

 けれど先輩は本当に重そうに、そしてとても貴重なものを扱うように、そっとテーブルの上に置いた。例えるなら、弁当箱ではなく、生まれたてほやほやの子猫でも掴んでるんじゃないか、ってくらいの繊細な仕草だ。


 ぱちん、と蓋の留め具を外した瞬間、先輩の肩がびくりと震える。大げさとも取れるその反応は、先輩の期待の大きさをありありと示していた。


 上蓋を外すと、いよいよおかずたちと御対面。俺が腕によりをかけて作った、先輩のためのおかず。


 俺は先輩の反応を見るのが少し怖くなって、弁当の方に視線を落としていた。 


 メインディッシュは、先輩がとても喜んでくれたコロッケ。冷凍してあったタネを、日曜日に揚げたもの。

 食べやすいよう半分にカットしてあるから、断面から具材がのぞいている。粗く潰したじゃがいも、旨味の中心となるツナ、甘味のもととなる玉ねぎとコーン、ほどよい刺激を生み出す黒胡椒。


 毎度おなじみ卵焼きには、ほうれん草を入れて彩り豊かに。ついでにチーズも入れてあるので、食べてびっくりすること間違いなし。


 そして、和食に飢えてるっぽい先輩のため、ニンジンとレンコンのきんぴらを作ってみた。いちょう切りにした二種類の根菜を甘じょっぱく味付けして、ゴマを散らしたもの。

 味見をした母ちゃんが、箸が止まんないとばかりにバクバク食っていたから、おいしさは保障されている。


 あとはブロッコリーのおかかえに、真っ赤に熟れたミニトマト。

 これで、約束通り『野菜多め』になったはず。見栄えだってばっちりだ。


 下段の弁当箱に収まるご飯は麦入りで、食物繊維を中心としたいろいろな栄養素がプラスされている。のりたまのふりかけをかけておいた。


 先輩のことだけを想って作った、俺の渾身の作品。絶対に喜んでくれるはずだ。


 俺は意を決して、先輩の表情を窺った。

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