第25話 デート・バイ・デイライト シーズン3
太らないかな、なんて心配しながらも、先輩にとってその弁当箱の大きさは魅力的なものだったみたいだ。真剣な眼差しで考え込んでいる。
「どうしよう……」
「やっぱ、カロリーが気になりますか?」
「うん、いきなり食べる量を増やしたら、体重も増えちゃいそうだし」
こういう悩みは、女の子らしくていいなぁ。苦悩している先輩には申し訳ないけれど、俺の心はほっこりと温まってしまった。
そのフワフワしたテンションのまま、思いついたことを口にする。
「だったら、野菜系のおかずをたくさん詰めてきますよ。ウチはご飯も麦飯なんで、ヘルシーですし。昼食にたくさん食べれば、お菓子を食べなくて済むから、カロリー的にはトントンになるんじゃないですか?」
俺の提案を聞いた先輩は、感心したように目をぱちくりさせる。
「……そっか、そうだよね。むしろ、お菓子食べるよりもずっと健康にいいよね!」
「そうですよ。糖質も制限できて、良いこと尽くめだと思いますよ」
俺の言葉に背中を押されたらしく、先輩の顔いっぱいに笑みが広がる。
「うん、じゃあこのお弁当箱にしようかな!」
「決まりですね」
「ねぇゴウくん、どっちの色がいいと思う?」
「えっ!」
先輩の笑顔に見とれていた俺は面食らった。
よくよく売り場を見てみれば、俺が最初に目を留めた青色の他に、ピンク色のものも陳列されていた。ううむ、これはまた難しい質問をぶつけられてしまったぞ。
ぶっちゃけ、色なんてどっちでもいい。大切なのは、俺が作る中身の方だろう。
でも、その思考をそのまま先輩にぶつけるのは、あまりにも失礼だ。いや、どんな女子に対してだって、『どっちでもいい』はNGだって、理解している。
俺は最初、青色しか認識してなかったんだから、そっちでいいだろう、と思った。
いや、でも、ちょっと待てよ……。
俺は、想像を巡らせた。頭の中に、弁当を食べる先輩の姿を作り出す。
俺の作ったおかずを頬張りながら、満足そうに笑う先輩。
その手元にあるのは、青とピンク、どちらの弁当箱が
ボーイッシュで大人っぽい雰囲気の先輩には、青が似合う?
……いや、ピンクかな。
先輩の第一印象は『美人』だったけれど、先輩のいろいろな表情を知るたびに、俺は先輩を『かわいい』と思うようになっていた。
だから、かわいい先輩には、女の子らしいピンクの弁当箱が似合う……と思う。
「えっと、ピンクがいいんじゃないですか」
「なんで?」
なんで、ときたか。
「……かわいいからです」
それは先輩のことだけれど、この流れなら、ピンクという色がかわいい、という意味に取ってもらえるだろう。
でも、照れて身体が熱くなった。よく考えたら、女子に対して『かわいい』なんて言うのは生まれて初めてじゃないか? 俺の初めては先輩に捧げられた……!
おバカなことを考えながら脳内で身悶えする俺に対し、先輩はなんでもない様子で「ふぅん、そっか」とつぶやいて、色違いの弁当箱を交互に見つめる。
ああ、果たして先輩は、俺の大一番の選択を受け入れてくれるだろうか。ピンクなんて趣味じゃない、って言うだろうか。
「ねぇゴウくん」
先輩の肘が、俺を小突く。つんつん、つん、となんだかリズミカルに。
戸惑いつつ先輩の表情を
「迷ってる女の子は、男の子からの
「へっ、あっはい、すみません?!」
「もう、なんで謝るの」
くちびるを尖らせた先輩は、ピンクの弁当箱をさっと手に取ると、それを俺に掲げてみせる。
「じゃあ買ってくるね。通路の向こうで待ってて」
「あ……はい」
俺は言われるがままに店を出て、通行人の邪魔にならないよう、壁にもたれかかった。
なんかよくわからないけれど、先輩は俺の『かわいいから』という言葉を聞いて、ピンクを選択したってことでいいんだろうか。
先輩は、大きさから色から、すべてを俺が選んだ弁当箱を使ってくれる、ってことだよな。
……うん、それはとても嬉しい。ますます作り甲斐があるってものだ。ああ、月曜日、先輩は俺にどんな笑顔を見せてくれるだろうか。
やがて、ショップの袋を下げた先輩が戻ってきた。中身はただの弁当箱だけれど、『最高の獲物が取れた!』みたいなホクホク顔をしている。そんな表情見せられたら、俺も笑みがこらえきれない。
互いに微笑み合う俺たちは、
嬉しいけれど、ちょっと心残りなことがある。
本当は、俺が弁当箱の代金を払いたかった。先輩にプレゼントしてあげたかった。
でも俺たちは、まだそんな仲じゃない。俺には、先輩になにかをプレゼントする権利はないんだ。
誕生日とかだったら別だろうけど、なんでもない日に、二千円近いものを贈るなんて、先輩は絶対に受け取ってくれないと思う。
今の俺にできるのは、先輩のため、腕によりをかけて弁当を作ることだけだ。
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