第26話 デート・バイ・デイライト シーズン4

 弁当箱選びのあとは、七階のレストランフロアでの昼食タイムとなった。


 あらかじめ、女子ウケしそうな店を調べておいたんだけど、先輩はすでに目的地を決めているようだった。

 エスカレーターから降りるなり、「こっちこっち」と俺を誘導し、小洒落こじゃれた外装の店に連れてくる。

 ここは、俺も候補に入れていたイタリアンレストランだ。


 パッと見、満席のようだったけれど、死角の席に空きがあったようで、すんなりと入店することができた。

 内装はブラウン系で統一されていて、落ち着いた雰囲気だ。客の多くが女性で、カップルが数組いる。もちろん俺たちもカップルに見えるよな。えへへ。


「さあ、なんでも好きなものを頼んでね」


 先輩は、一冊しかないメニューブックを俺に押し付ける。いや、レディーファーストだろう、と先輩に突き返そうとすると、ふるふると頭を振られた。


「わたし、もう決まってるから」

「ここ、よく来るんですか?」

「うん、家族で夜に来ることが多いかな」

「そっか、先輩の家、すぐそこですもんね」

「そうそう。わたしんち、けっこう外食が多くて……」


 なんて会話をしつつ、俺はメニュー表とにらめっこしていた。

 メニューのほとんどはパスタとピザで、おまけのようにドリアとビーフシチューが記載されていた。今の時間は、ランチタイムのサービスとして、ドリンクとミニサラダがついてくるようだけれど……。


「ゴウくん、一番安いやつを頼もうとしてるでしょ?」


 ずばりと言い当てられ、どきりと心臓が跳ねる。

 恐る恐る先輩へ視線を向けると、くちびるをへの字に曲げて、軽い不満を示していた。


「遠慮されちゃったら、『お礼』の意味がなくなっちゃうでしょ。素直に食べたいものを選びなさい!」

「ひゃい」


 いつになく高飛車な物言いに、俺はほんのちょっとだけ興奮した。


「じゃあ、カルボナーラを……」

「食べ盛りの男の子は、もちろん大盛りサイズだよね」

「……はい」


 有無を言わさぬ迫力で断定され、俺は素直に顎を落とす。大盛りはプラス二百円。申し訳ないけれど、ありがたいのは事実だ。


 恐縮する俺をよそに、先輩は「すみませーん」と店員さんを呼んで、カルボナーラ大盛りと、サーモンとアスパラのトマトソースとかいうのをオーダーした。

 なんかすごくテキパキしているのは、店慣れしているからなのか、生徒会長として経験ゆえか。


 ランチセットのドリンクは、先輩がアイスコーヒーを頼んだから、俺も大人ぶって同じものを注文してしまった。本当はオレンジジュースが飲みたかったんだけど……。ミルクとガムシロップ入れれば、なんとか飲めるかな。


「ゴウくんってさ、いつから料理を作るようになったの?」


 先に運ばれてきたサラダをつつきながら、先輩が尋ねてくる。

 俺は、『このドレッシング、ウマい』なんて思いつつ答える。


「小二のとき、ですかね……」

「そんなに早く?」


 フォークを持つ先輩の手が止まり、大きな目でまじまじと俺を見つめてきた。照れた俺は、思わずサラダに視線を落としていた。


「えっと、もともと料理に興味があったんですよね。料理番組とか見入っちゃうようなガキでした。食材がどんどん加工されて、料理になっていく工程が無性に面白くて。ばあちゃんや母ちゃんが料理してるところもじっと見てました。

 そしたら、ばあちゃんが子供用包丁を買ってくれたんです。最初に作ったのは、ポテサラと味噌汁でしたね」

「そうなんだぁ、才能があったんだね」

「さ、才能なんて大したものじゃないです!」


 過分な称賛に動揺し、つい大きな声が出てしまった。先輩は呆れたように笑い、


「そんなに謙遜しなくてもいいのに」


 とフォークの先端でミニトマトを貫いた。口に入れたあと、わずかに顔をしかめたのは、酸っぱかったからだろう。俺としては、先輩のレアな表情が拝めてありがたかった。

 トマトを飲み込んだ先輩は、質問を続ける。


「それで、小学生の頃からずっと料理してるの?」

「本格的に始めたのは、中一の夏からですね。ほんと、あのときのことは未だにはっきり覚えてます」

「へぇ、なにがあったの?」


 先輩はフォークを皿の上に置いて、完全なる傾聴体勢に入った。俺に興味を持ってくれるのは嬉しいぞ。

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