第23話 デート・バイ・デイライト シーズン1

 待ちに待った土曜日がやってきた。

 天気予報通りの快晴。多少の雲はあるけれど、太陽はさんさんと輝き、俺を応援してくれているようだった。


 先輩とは、十一時に春山駅西口の、謎のモニュメント前で待ち合わせることになっている。春山市出身の芸術家が寄贈したものらしいけれど、前衛的すぎて凡人には理解不能だ。地元ではすっかり、『謎のモニュメント』で通っている。


 昨日の昼休みは、先輩から「明日、楽しみだねっ」と大変嬉しいお言葉をいただいた。ヘタを打つことなく、無事に今日のイベントを終わらせよう。

 好感度を上昇させよう、なんてことは考えなくていい。生まれて初めての、女の子とのお出かけイベントなんだから、無難に過ごすことを第一に考えろ。


 俺は自転車で駅へと向かう。

 ともすれば浮かれ気分になり、風のごとく疾走してしまいそうになるけれど、ぐっとこらえた。

 調子に乗った走行をして、途中で事故を起こしでもしたら、後悔してもしきれない。


 安全第一で自転車を走らせ、待ち合わせ時間の三十分以上前に駅へと到着した。

 もちろん予定通りだ。たとえ一分一秒でも、先輩を待たせたくはないからな。早く来るに越したことはないだろう。


 やって来た先輩は、きっと『ゴウくん、待たせちゃった? ごめんね』って言うだろうから、『いえ、俺も今来たところですよ』って、爽やかスマイルと共に返すのだ。イメージトレーニングに抜かりはない。


 まぁなにはともあれ、先輩が来るまで暇なことに変わりない。俺はスマホを取り出して、ソシャゲのアプリを起動した。


 ゲームに集中していたのは、ほんの数分くらいだったと思う。


「ゴ・ウ・くんっ」


 おもむろに至近距離から名を呼ばれ、俺の心臓がどくんっと跳ねた。まさかまさかと戦慄わななきながら声の方向へ顔を向けると、案の定、待ち合わせ相手であるともえ先輩が立っていた。


「……せんぱいっ?!」


 いや、いくらなんでも早すぎるだろう。先輩も、遅刻をいとって早めに来てくれたというのか?!

 想定外の事態に、俺は慌てふためく。


「あのあのあの、ええと……」

「ゴウくん、早く来てくれたんだね。びっくりしちゃった」


 先輩は口元に手を当て、くすりと笑う。


「そういう先輩こそ、どうしてこんなに早く?」

「だって、うちのベランダから、ゴウくんの姿が見えたんだもん」

「へ?」


 呆気に取られていると、先輩は人差し指を掲げて、ロータリーの向こうに建つ大きなマンションを指さした。


「あそこの十階がわたしの家。なんとなくベランダに出たら、ゴウくんが見えたの」

「そ、そうなんですか……」


 申し訳なさと恥ずかしさで、身がカッと火照ほてる。俺の『今来たところですよ』作戦なんて、はなっから破綻していたのだ。そのうえ、先輩を急かす結果になってしまった。


「すす、すみません。俺、どうしても遅刻したくなくて……」

「わたしこそ、家が近いことを言ってなくてごめんね」


 先輩もしゅんとしたように頭を下げた。うう、しょっぱなから謝罪合戦になるなんて、幸先さいさき悪い……。全部俺のせいだ。


「本当にすみません……」

「んもう、ゴウくんは謝らなくていいの! それに、ベランダからゴウくんを見つけたとき、わたし嬉しかったんだから!」

「そうなんですか……?」


 俺は首をかしげた。先輩の言葉は嬉しいものだったけれど、どうして俺ごときの姿が見えた程度で嬉しくなったんだろう。俺のせいで、先輩はだいぶ早く家を出る羽目になったっていうのに。


「だって、ゴウくんが早く来てくれたぶん、早く買い物に行けるじゃない。わたし、ずっと楽しみで、朝からソワソワしてたんだから」


 先輩の明るい声が、俺の心の暗雲を吹き飛ばしていく。先輩がこんなにも楽しみにしていてくれたのなら、俺もいつまでも暗い顔をしていられない。


「はい、早く来ちゃったぶん、先輩が心ゆくまでお付き合いします」


 誠意をもってそう言うと、先輩は目を細めていたずらっぽく笑う。


「女子の買い物に徹底的に付き合う覚悟があるの~? あれ見てこれ見て、またあれ見てこれ見て、最終的に決まらないかもしれないよ」

「決まらなかったら、お弁当はオアズケですよ」

「あー、いじわる!」


 俺の軽口に対し、先輩はぷくっと頬を膨らませ、腕組みした。その可愛い仕草に、俺は笑みをこぼさずにいられない。


「んもう、意地でも今日中に選ぶからね。……そしたら、さっそく月曜日に作ってもらえる?」


 期待に満ち満ちた目で尋ねられ、俺はニヤニヤしながら「もちろんです」と答える。すると、先輩の表情がきらきらと光り輝いた。今日の太陽よりもまぶしいぜっ。


「じゃ、行こっか!」


 と、数歩踏み出した先輩だったけれど、突然くるりと振り返った。


「ゴウくんって、服のセンスいいね! 似合ってるよ!」


 あああ、ありがとう、お嬢様方……!

 家に帰ったら、彼女たちの通う女子高の方向に五体投地しておこう。

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