第22話 シークレット・リリーガーデン

「姉貴に相談してもいいか?」


 たくさんの服に囲まれて震える俺に、瑛士えいじがそう声をかけてきたきた。思わぬ提案に、俺は目を見開く。


淑乃よしのさんに?」


 瑛士の姉、淑乃さんは高校三年生で、市内では有名な女子高──いわゆるお嬢様高校に通っている。

 庶民になじんでいる瑛士とは異なり、いかにも社長令嬢といった感じの、名前の通りおしとやかなひとだ。

 でも決して物静かというわけではなく、キリリとした雰囲気も持ち合わせている。街中で会うと、『あら、こんにちは』なんて挨拶されるけれど、すごく緊張する。


 でもまあ、先輩と同じ高三女子に選んでもらうというのは、良策だと思う。淑乃さんの手をわずらわせるのは申し訳ないけれど、ここはぜひお願いしたいところだ。


「うん、淑乃さんさえよければ、頼みたいな。でも、もう帰ってきてるのか?」

「さっき足音がしたような気がする。ちょっと部屋を見てくるよ」


 室内には大音量でアニソンが流れているから、足音うんぬんは俺にはわからなかった。瑛士は足早に部屋を出ていく。


 ややあって戻ってきた瑛士は、ひどく青ざめた顔をしていた。


「すまんごう、ちょっと面倒なことになったぞ」

「え?」


 呆気に取られていると、瑛士の背後からひょっこりと女の人が顔を出す。


「こんにちは、豪くん」

「こ、こんにちは」


 俺は急いで立ち上がり、淑乃さんにぺこりと挨拶を返した。やっぱり、このひとの前だとちょっと緊張する。


 淑乃さんは黒髪を二つに分けて三つ編みにしているんだけど、決して流行遅れのヘアスタイルじゃない。なんかふわふわしていて、すごくオシャレな三つ編みだということは俺にもわかる。

 身にまとうのは、名門女子高の生徒の証である、上品なグレーの制服。未だ着替えていないということは、帰ってきたばかりなのだろうか。


「あらあら、そんなに散らかして。これは選びがいがあるわね」


 淑乃さんは口元を隠して、ふふ、とたおやかに笑う。


 一方の瑛士は相変わらず顔面蒼白。死人みたいな表情で、呆然と立ち尽くしている。

 なんだろう、淑乃さんに恐ろしい交換条件でも出されたのか?


「瑛士?」


 いぶかしげに声をかけると、プイとそっぽを向かれた。え、なんで?

 そんな瑛士をぐいっと横に押しのけて、淑乃さんがとっても明るい声で言い放つ。

 

「じゃあ豪くん。みんな・・・で誠心誠意選んであげるから、安心して任せてね」

「え?」

「失礼します」

「お邪魔しまーす」

「男の子の部屋、初めてー!」


 淑乃さんに続いて入ってきたのは、淑乃さんと同じ制服姿の女子三人。

 彼女たちは瞬く間に俺を取り囲む。お嬢様高校に通うだけあってか、クラスの女子たちとはぜんぜん雰囲気が違う。そこはかとなく、気品のようなものを感じる。


 しかも、いいにおいがする! でも、この香りを吸い込むと、二度と戻れないどこかへ連れて行かれる気がして、俺は口呼吸に切り替えた。

 彼女たちは一斉にしゃべり始める。


「豪くんっていうの? 一年生?」

「緊張しないでね、わたしたちに任せて」

「かーわーいー! ぱんつはトランクス派? ボクサー派?」


 一人変な人が混ざってる……。

 三人のお嬢様たちの背後では、淑乃さんが聖母のような笑みを浮かべていた。


「騒がしくてごめんなさいね、豪くん。でもみんな、家族以外の男の子とおしゃべりする機会がほとんどないから、相手をしてあげてくれる?」


 うう、俺はさしずめ、ふれあい動物園のウサギかモルモットってわけか。


 そこから先は、生き地獄だった。

 お嬢様方に対して、俺は瑛士にしたのとまったく同じ話をする羽目になったのだから。

 しかも合間合間に、「きゃーっ!」「いやーっ!」と黄色い歓声が挟まるのだ。これなんて羞恥プレイ? ご褒美なんかじゃねーよ。

 俺の頬はリンゴのように真っ赤っかになって、それもまたお嬢様方を楽しませたようだ。


 淑乃さんは穏やかに笑んだまま、黙して俺たちを見守っていたけれど、話が終わるとにわかにスマホを手に取った。


「土曜日は快晴みたいね。最高気温は二十五度……、ということは、薄手のシャツで十分かしら?」


 俺の目からぼろぼろとウロコが落ちる。なるほど、服装を決めるのに、気温も大事だな。


 お嬢様方は一斉にしゃがみ込んで、床に散らばる服を物色し始める。下着が見えないようにスカートをそっと押さえる仕草は、気品を感じると同時にどことなく色っぽかった。


「この服とかいいんじゃない?」

「でもその素材だと、汗染みが目立つんじゃないかしら?」

「あー、脇汗の染みはキモいもんね、やめた方がいいよー」

「このボーダーは?」

「それ高級ブランドだわ。高一の子が着るには背伸びしすぎじゃ?」


 服を選ぶお嬢様方は真剣そのもの。先程までのはしゃぎっぷりが嘘のよう。

 たまに服を広げては、所在なく立つ俺にてがってくれる。どさくさに紛れて乳首や股間を触られた気がするけど、気のせいだと思いたい。


 ちなみに瑛士は、我関せずといった様子で、部屋の隅でスマホをいじっていた。あとで恨み言をぶつけてやろう。 


 あれでもないこれでもないと議論を交わしながら、お嬢様方が最終的に選んだのは、ベージュのTシャツと、細身の紺色パンツだった。

 どちらも、俺だったら絶対に選ばない服。シンプル過ぎる気もするけど、お嬢様方を信じるしかない。


 パンツはちょっと緩かったのでベルトも選んでもらった。そのうえ、裾上げまでしてくれた。

 『少しロールアップして、足首を出してもいいよ』と言われたけど、なにそれわからん。

 スニーカーは、今日履いているもので十分合格、だそうだ。


 不安は残るけれど、お嬢様方のお墨付きだし、この服で決戦に挑む以外の選択肢はない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る