第21話 デートに着ていく服を買いに行く服がない その2

 豪邸に住んでいるだけあって、瑛士えいじの部屋もなかなか広い。俺の部屋の倍近くあるんじゃないかな。

 まぁ俺にとっては『勝手知ったる』なので、遠慮なくビーズクッションの上に寝転がり、ついでにリモコンを操作して音楽を流した。


 その間、瑛士は制服を脱いで、ラフな格好に着替えていた。着古したTシャツとジャージという、ごくごく庶民的な部屋着。

 瑛士って、外出するときはどんな服を着ていたっけ。思い出そうとしても、まったく浮かんでこなかった。つい先日まで、自分の服にも友人の服にも、まったく興味を持っていなかったのだから。


「それで、どんな女子なんだ?」


 瑛士は俺の正面であぐらをかいた。どうやら、俺の『デート』の相手に関して、腰を据えて根掘り葉掘り聞き出すつもりらしい。


「えっと、それは……」


 俺は、パウダービーズの海に身をゆだねながら、なんと答えたものかと考えを巡らせる。

 生徒会長です、と真正直に告げるのは、どうも気恥ずかしかった。


 ともえ先輩は、『入学式で挨拶をした』と言っていたから、瑛士は先輩の顔を知っているはずだ。うちの高校の生徒会長がいかに美人かを、入学早々の当たりにしたはず。

 その美人生徒会長と、凡人で年下の俺なんかが釣り合うわけない、うまくいきっこないって、瑛士は絶対に言うだろう。


「同じクラスの子か?」

「えーっと、違う……」

「なんだよ、はっきりしろよ」

「あばばば……」


 俺は照れ隠しの奇声を発して、ビーズクッションの上をのたうち回った。


「ええと、とりあえず、同じ学校の生徒なんだけどさ……。その、三年生なんだ」

「マジかよ。いつどこで知り合ったんだ?」


 瑛士の瞳の中に、好奇心がありありと浮かび上がった。友人の恋話コイバナに食らいつこうとする、貪欲な肉食動物の目だ。捕食対象の俺は、ぶるりと身震いしつつ口を開く。


「一人で弁当を食おうとしてたら、『一緒に食べよう』って誘われたんだ。そのとき、俺の手製弁当に興味を持ってくれてさ……。今度、その人にお弁当を作ってあげることになったんだ。それで、週末は一緒に弁当箱を買いに出かけるってわけ」

「うわお、なんたる青春!」


 先輩と俺のざっくりした馴れ初めを聞くと、瑛士は芝居じみた動作で肩をすくめた。


「男女逆だったら、完全に少女漫画のラブコメじゃねーか!」


 そう叫んだあと、いきなり真顔になってうつむく。しばらくそのままでフリーズしていたけれど、おもむろに顔をあげて──。


「死ねーーーーッ!」


 と、俺に脳天唐竹割のうてんからたけわりを浴びせてきた。


「死ね、死ね死ね! クラスでぼっちになってるってゆーから心配してたのに、年上女子とキャッキャウフフしてんじゃねーよ!」


 チョップは際限なく続く。ビーズクッションに包まれている俺は、すぐに逃げることができない。


「いでででで! 違う、そんなんじゃねーよ」

「どこがどう違うんだ?」

「あ、いやすみません、だいたいその通りですぅ」


 たしかに先輩は、俺の弁当のおかずをつまみながらキャッキャとはしゃいで、ウフフと笑っていた。瑛士の言うことは間違っていない。


「で、でも、その人とは恋愛関係のことはなにもないから……」


 脳を揺さぶられながらも必死にそう言うと、瑛士の攻撃がぴたりとやむ。


「なんだそりゃ」

「好きだとか付き合うとか、そんな段階にはこれっぽちも到達してないんだ。週末の買い物だって、それを切っ掛けに、もう少しだけ仲良くなれたらいいなぁ、程度のもんなんだ」

「そうなのか」

「今は現状維持でいいんだ。とりあえず、嫌われたりしなければいいんだ……」


 俺は、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


「たぶん俺のこと、『男』として見てないよ。ただの飯食い友達、みたいな。明るくて、へだてのない人なんだよ」


 わかっちゃいたけど、改めてその『事実』を認識すると、少し寂しい。まぁ、『生徒会長でいるうちは恋愛する気はない』って明言してたしな。

 だからこそ、今は焦ったり、がっついたりする必要はないと思う。

 今はじっくり信頼関係を築いて、おいしいご飯を食べてもらって。

 そして、先輩の任期が終了する九月に、『当たって砕けろ』精神でアタックしてみたらいいんじゃないかな。


「ふぅん」


 瑛士は不可解そうに首をかしげた。


「男女の区別なく、平等に仲良くできる奴なんて、そうそういないと思うけどな。多少は意識されてるんじゃないか?」

「やめろよ、俺が調子に乗っちゃうだろ!」


 クッションの上で身悶えする俺に、瑛士が冷ややかな舌打ちを浴びせてくる。

 仮に瑛士の言う通りだったとしても、その確信が持てない限りは、ただの『飯友メシトモ』でいい。

 ヘタに一歩踏み出して、今の穏やかな関係が崩れてしまったら、俺はしばらく立ち直れないだろう。負け戦はしたくないんだ。


「まぁいいや、とにかく服だな」


 でっかいため息をこぼしたあと、瑛士は難儀そうに立ち上がった。

 クローゼットの前に立つと、がらがらと扉を開けて、透明な引き出しの中から次々と服を取り出し始める。その数たるや、『そこは四次元ポケットですか』と尋ねたくなるくらいだ。


 しかも、フローリングに放り出される服のほとんどが、透明な袋に包まれたまま。明らかな未使用品だ。


「それ全部、お兄さんのお下がりなのか……?」


 俺も立ち上がって、瑛士の近くに寄る。床に散らばる色とりどりの服を眺めていたら、なんだか目眩めまいがしてきた。こんなに選択肢が多いとは思ってなかったから。


「あいつ、大学に入ってから通販で服を買いまくったんだ。で、そのあとブクブク太ってサイズアウトしたんだよ。笑えるだろ」


 小馬鹿にしたように笑う瑛士に、俺は苦笑を返しておく。瑛士のお兄さん、中高とサッカーやってて、けっこうカッコよかったけど……今は見る影もないのかな。最近見てないや。


「ほれ、好きな服を持っていくがよい」


 瑛士は殿様のような物言いをするが、そんなこと言われてもすこぶる困る。


「お前が選んでくれるんじゃないのかよぅ」

「そんな責任重大なことできねーよ!」


 とんでもない、と言わんばかりに瑛士は首を横に振る。絶望感に包まれた俺は、「ふぇぇ」と小動物のように鳴き、震えることしかできなかった。

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