第18話 君の弁当を食べたい

 先輩はいつになく真剣な表情で、ずいっと俺に迫ってきた。


「わたし、連休の間ず~っと、ゴウくんのおかずが食べたくて仕方がなかったの!」


 先輩の思わぬ告白に動揺した俺は、「そ、そうですか」と返すことしかできなかった。それから、どぎまぎしつつ先輩の次声を待つ。


「ゴウくんにもらった卵焼きやハンバーグの味を思い出して、また食べたいな、早く食べたいな、ってモヤモヤしてたの。

 そしたら、焼き魚とか、ブロッコリーとか、ふりかけのかかったご飯とか……いつもゴウくんが作ってくるお弁当そのものが頭に浮かんできて、同じものが食べたくて仕方なくなってきて……」


 うっとりと酔ったような先輩の言葉に、俺はすごく戸惑った。

 先輩は休日の間、俺の作ってくる弁当のことばかり考えていたというのか? 特別なものが入っているわけでもない、ごくごく庶民的な弁当のことを?


 それを証明するかのように、先輩の視線は、俺の顔と、食いかけの弁当箱を行き来している。本当に物欲しそうな顔をして。


「だからね、ゴウくん!」


 ぱんっ、と先輩は両手を合わせて、俺に向かってこうべを垂れる。まるで、神様に一世一代のお願いをするみたいに。


「わたしにも、お弁当を作ってもらうことってできるかな?!」

「えっあっ、ええ、うあい?」


 先輩の勢いに圧された俺は、意味を為さない言葉を発する。


 けれど、正直言うと──ずっとそれを考えていた。もし先輩が望むなら、先輩のために弁当を作ってあげたいって。


 でも、俺はそれを提案することができなかった。

 迷惑かなぁとか、さすがに気持ち悪いって思われるかなぁ、とか考えて、尻込みしてしまっていた。


 だから、先輩からそれを提案してもらえて、すごくホッとした。


 よし、ここはキメ顔を作って、『もちろんOKです!』と、爽やかスマイルとともに返事をしようじゃないか!


「もちろ」

「もちろんお金は払うよ!!」


 先輩の声に出鼻をくじかれた。


「一食千円でいいかな?」

「千円?! そんなにいらないですよ!」


 俺は慌てて頭を横に振る。弁当屋ののり弁だってその半額くらいだろう。


「……じゃあ、八百円? わたし、昼食代として、毎日ママから五百円もらってるの。だから、あとは自分のお小遣いから少し出せばいいだけだから……」

「八百円でも五百円でも高過ぎです」

「えっでもだって」


 先輩の眉はすっかり八の字になって、困惑と遠慮を示していた。

 もういっそ、その美貌を利用して、『いいから作ってきなさいっ』って命令してくれたらいいのに。そしたら俺もためらうことなく下僕になれるのに。


 ……なんてね。

 年下の俺にも決して傲慢に振る舞わない。きちんと相談して、見合った対価を支払おうとしてくれる。そんな先輩の優しいところ、すごくいいと思う。すごく尊敬できる。

 生徒会長になるべくしてなった人なんだ、って思える。


「先輩、落ち着いてください」

「うん」


 先輩は不安そうにうなずいた。俺に断られることを恐れているみたいだ。


「正直に言います。先輩にお弁当を作るのは、お安い御用です。むしろ、俺なんかの料理を望んでもらえて、すごく光栄です。喜んで作りますよ」


 途端、先輩の表情がぱあっと光り輝く。ま、まぶしい……。


「ありがとうゴウくん! じゃあ改めて金額を……」

「でも、お金は受け取れません。俺、素人しろうとですから」


 ぴしゃりと言うと、元の位置に戻っていた先輩の眉が、再び八の字に歪む。


「だって、材料費とか光熱費とかかかるでしょ?」

「そうは言っても、百円もかからないと思うんです。だから今まで通り、お菓子とかくれたらそれで十分です」

「……本当に? 本当の本当に?」


 先輩の目が細くなり、じっとりと疑わしげな視線で俺を突き刺してくる。そういう顔もかわいい。


「じゃ、じゃあ、材料費が余計にかかったら、そのときは正直に言うので、ジュースでもおごってください」

「わかった。そのときは、すぐに言ってね! 嘘ついたら怒るからね!」

「ひゃい」


 怒った先輩も見てみたい、というのが俺の本音だ。

 まあ、そうそう費用がオーバーすることもないと思うし、母ちゃんになにか言われたら、そのとき対応を考えればいいや。

 あとは、母ちゃんが起きてくる前に、先輩の弁当を準備してしまえば、変な追及をされることもないはず。


 うむ、なんの問題もない。


 俺はほんのわずかな手間で、先輩の輝かしい笑顔を堪能し、歓喜と称賛の言葉を受けることができるのだ!

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