第19話 世間はそれをデートと呼ぶんだぜ?!

 必死でニタニタ笑いを押し殺す俺に、先輩が朗らかに尋ねてきた。


「そうと決まれば、わたし用のお弁当箱がいるよね?」

「あ、そうですね。それだけ用意してもらえると助かります」


 女の子がどれだけ食べるかわからないし、かといって百均のプラ容器じゃ味気なさすぎるだろう。


「どんなお弁当箱がいいかな?」

「えっと、それは」


 俺は思考を巡らせる。できれば、スリムな長方形タイプがいいかな。洗いやすさも大事。

 でもやっぱり、サイズは本人に決めてもらわないと……。


「ねぇゴウくん、一緒に買いに行ってくれない?」

「はい?」


 先輩がなにを言っているのか、すぐに理解できなかった。俺は首をかしげたまま、固まる。


「今度の土曜日、駅前のショッピングセンターに見に行こうよ。雑貨屋さんに、お弁当箱がたくさん売ってた気がする。それで、お礼も兼ねてお昼を御馳走ごちそうするよ!」


 俺は己の耳を疑った。ついでに、これは現実ではなく夢ではないのかとも疑った。

 だって、『休日に二人で買い物に出かけて、昼飯を食べる』って……。


 それって、で、で、で、デート……なのでは?


「あ、もしかして用事がある?」

「ないです、けど……」


 落ち着け、俺。付き合ってさえいない二人が出かけたところで、それはただの『買い物』と『お食事』だ。ただ、先輩に弁当箱選びのアドバイスをするだけのこと。


 でも、男女が二人で歩いていたら、世間一般からはデートに見えるに違いない!

 たとえそういう事実はなくとも、道行く人々に、『あのカップル、一緒にお弁当箱選んでて素敵ね』なんて思ってもらえたら、それだけで俺は満足ですよ。


 同時に、俺は決意した。この場で、ずっと気になっていたことを聞いてしまおうと。


「先輩は、俺と二人きりで出かけるのは問題ないんですか? かかか、彼氏さんとかに誤解されたり……」


 返答次第では、死のう。


 それは冗談だけど、もし先輩に彼氏がいるのなら、今後の先輩との関わり方を考え直さなくてはならない。全身の毛穴から汗が噴き出して、心臓がドクドクし始める。


 決死の思いの俺に届いたのは、先輩の「うふふ」という軽やかな笑声。


「そんなのいないよー」

「……そ、そうですか」


 ホッとすると同時に、緊張感から解放されて一気に疲れた。こぼれそうになった大きなため息を、なんとか肺へと押し戻す。

 そんな俺に対し、先輩はさらに続けた。


「生徒会長でいるうちは、恋愛はしないようにしてるの」

「え? この生徒会、恋愛禁止なんですか?」


 自分で言っておいて、そんなアイドルグループみたいなことあるかよ、と思った。いや、健全な学生生活の模範もはんを示すため、必要なのかな。

 この高校の生徒会って、もしかしてものすごく厳しいのか、と俺は大いに戸惑う。


「そんなことないよ」


 先輩は、混乱する俺を落ち着かせるように柔らかく微笑んだ。 


「……ただ、わたしなりのケジメかな。そもそも、生徒会長なんか・・・と付き合いたがる男子は、きっとこの学校にはいないよ」

「はぁ」


 生徒会長なんておカタい職に就いてる女子は、真面目すぎてモテない、って意味かな? 

 首をひねって考え込む俺の肩を、先輩の細い指がつんつんと突っつく。


「それで、わたしと一緒にお弁当箱を買いに行ってくれるのかなぁ?」


 俺の答えは、とっくに決まっている。


「はい、俺なんかでよければ」

「じゃ、決まりだね!」


 昼休みが終わるまで、先輩は上機嫌そのものだった。スマホをいじりながら鼻歌をこぼすくらい。

 先輩が楽しみにしているのは、俺とのお出かけじゃなくて、俺が作るお弁当だってことくらいはわかる。


 でもそれでもいいよ。


 だって俺、鼻歌どころか『歓喜の歌第九』を高らかに歌い上げたいくらい、テンションアゲアゲなんだぜ?!

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