第17話 ──旨味はツナでできている。甘味は玉ねぎとコーン、アクセントは黒胡椒。

「今日は、コロッケを食べてみてください」


 俺の言葉に、先輩は心底驚いたような声をあげた。


「コロッケ?! ゴウくんが作ったの?」

「もちろんです。朝から揚げたわけじゃないですよ。ゆうべの残りです」

「へぇぇ、コロッケが作れるなんて、すごい……。総菜屋さんで買うものだと思ってた……」


 先輩は大きな目をぱちくりまたたかせていたけれど、俺が巾着袋から弁当箱を取り出した瞬間、ぐっと息を詰めて期待感をあらわにした。

 俺がゆっくり蓋を開けると、「わあ、わあああ!」と子供のようにはしゃぎ始める。微笑ましいったらありゃしない。


「一口サイズで食べやすそう!」

「そうですね」


 俺のコロッケは、総菜屋や肉屋でよく目にするような小判型ではなく、小ぶりな俵型たわらがただ。弁当箱に詰めるため、さらに半分に切ってある。


 ちなみにこれは、父方のばあちゃんの仕込みだ。ポイントは、肉じゃなくてツナを使用すること。砂糖は入れないこと。

 これで、市販のコロッケとはぜんぜん異なった味わいになる。

 このコロッケで育った親父と俺は、スーパーや肉屋の甘いコロッケでは満足できない肉体になっているのだ。


 俺はいつものように先輩から割り箸を借りると、弁当の蓋裏を取り皿にして、コロッケ二切ふたきれを乗せて渡した。


「わぁ、手作りコロッケなんて、初めて食べる……!」


 先輩は目をきらきらと輝かせてそう言うけれど、お店のコロッケも結局は誰かの手作りだよな。


「お口に合うかわかりませんけど……」

「ううん、ゴウくんの作ったものならなんでもおいしいと思う! いただきま~す」


 さらりと俺をベタ褒めした先輩は、半分に切ったコロッケを一息にぱくりと口へ含んだ。

 数回噛みしめたあたりで、目をカッと見開き、「ん!」と口元を押さえる。


「ちょっ、と、待って、ゴウくん……、んぐ」


 咀嚼しながら、一生懸命俺になにかを訴えようとしている。ひどく興奮した様子を見せつつ、口元をひたすら動かしてコロッケをしっかりと味わってくれていることがわかった。


「ゆっくり食べてください」


 俺の言葉に、先輩は無言で頭を上下させる。


 やがて先輩の喉がゴクリとうごめく。コロッケが無事に先輩の食道を通過していったようだ。

 コロッケを飲み込んだ先輩は、なんだか心ここにあらず、といった様子。箸を持ったまま口を押さえて、テーブルの上をぼんやり見つめている。


「ど、どうでした?」


 恐る恐る尋ねると、先輩はゆっくり俺の方へと向き直った。

 そして、震える声で言う。


「こ、これ、めちゃくちゃおいしいんだけど……」

「お口に合ってよかったです」


 思いがけない高評価と反応に、俺は照れ笑いを浮かべる。

 ウマいものを食べたとき、先輩はだいたい子供みたいに喜んでくれていたけれど、こんなふうに呆気あっけにとられるパターンもあるんだな。


「いつもママが買ってくるお店のとぜんぜん違う……。具がいろいろ入ってて甘い……。でもピリッとして、ちょっと大人の味……」


 先輩はちょっと眉根を寄せて、先ほど飲み込んだばかりのコロッケの味を思い出しているようだった。


 ジャガイモに混ぜこんである食材は、ツナはもちろんのこと、炒めた玉ねぎ、スイートコーン、そして黒胡椒。

 噛み締めるたびにツナの旨味と、玉ねぎとコーンの優しい甘味が広がり、最後に黒胡椒がピリリと味を引き締める。

 ソースなんてかけなくても十分にご飯のお供になる、三ツ瀬家秘伝(秘伝かどうかはわからないけれど)の味なのだ。


 一番の問題は、作るのがすっげーめんどくさいこと。昨日、タネを大量に作って冷凍保存してあるので、また折を見て弁当に入れようと思う。

 いや、必ず入れねばならない。


 だって、茫然自失状態から立ち直った先輩は、満悦至極まんえつしごく、とった様子で二切れ目のコロッケをつまみ上げているから。


「ゴウくんの作るものはいつも、わたしの想像を超えてくるね!」

「そんな、大げさな」

「謙遜しないの! ああ、めちゃくちゃおいしいっ……」


 と、先輩は至福の表情を浮かべ、ほっぺが落ちちゃうと言わんばかりに両頬を押さえた。作り手にとっては、本当に嬉しい反応だ。


 いつか、先輩が望むものを望むだけ食べさせてあげたい。もっともっと喜ばせてあげたい。

 でもそれは、叶わぬ夢なんだろうなと思っていた……のだけれど。


「ねぇゴウくん……。連休中、ずっと言おうかどうか考えてたんだけどね……」


 コロッケを食べ終えた先輩は、いつになく真剣な表情でそう切り出した。

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