第4話 生徒会長と間接のキス

 俺が本格的に料理を始めたのは、中学一年の頃。

 多忙な母ちゃんの助けになりたくて始めたことが、今や半ば趣味のようになっている。

 自分がウマいと思うものを、自らの手で作る。ただそれだけのこと。


 けれど、男が料理をすることを女々しいと笑う奴、まだ学生なのに可哀相だなんて抜かす奴、子供に家事させるなんて母親失格だと母ちゃんをさげすむ奴……と、好印象を抱かれないことは多い。


 実際、学級委員のワタナベ(ワタベだったかもしれない)は、俺が弁当を手作りしていることを知ると、くしゃっと顔を歪めて、「かわいそう」と言いやがった。母親がやるべき仕事を子供に押し付けてる、それって『毒親』ってやつなんじゃねーの? だとさ。ふざけんな。

 あんな屈辱、二度と味わいたくない。


 この先輩は、俺が料理をすることを肯定的に捉えてくれるだろうか。

 どうせ先輩と昼飯食べるのは今日限りだろうし、母ちゃんが作ったことにしようかな。 


「…………この弁当、俺が作ったんです」


 苦悩ののち、俺は正直に告白することにした。嘘をつくことに罪悪感を覚えたから、という単純な理由だ。

 それに、この先輩は俺が料理をすることを馬鹿にしたりしないんじゃないか、ってなんとなく思ったから。


「えっ、ゴウくんが作ったの?」


 先輩は俺の返答がすぐに呑み込めなかったようで、大きな目をぱちくりさせながら、俺の顔と弁当を交互に見る。


 俺はドキドキしながら、先輩が次にどんな反応をするかを待った。

 やがて先輩は、目をいっぱいに見開いて、弁当箱を指さした。


「こ、この卵焼きも?」

「は、はい」

「このブロッコリーの炒め物も?」

「ウインナーと一緒に適当に焼いただけです……」

「この焼き魚も?」

「昨日の残り物です……」

「まさか、このミニトマトも自家栽培?」

「……これは普通にスーパーで買いました」

「そっかぁ、でも……ふわぁぁぁ~、へぇぇぇ~、わぁぁ~」


 先輩は俺の弁当をめつすがめつしつつ、気の抜けたような声を発する。


「すみません、男子高生が弁当自分で作って持ってくるなんて、気持ち悪いですよね……」


 俺の自虐を耳にするなり、先輩は顔を上げ、憤然とした様子で言った。


「なに言ってるのっ、料理ができる男子なんて、カッコいい以外の何モノでもないでしょっ!」


 か、カッコいい……。

 生まれて初めて頂戴した褒め言葉に、俺は一秒くらい意識を失った。次いで、頬がかーっと熱くなる。きっと今、耳まで真っ赤っかだろう。こんなリンゴみたいな顔、見られたくない……!


 でも幸い、先輩の視線は弁当のほうへ戻っていった。じぃぃぃっと穴が開くほど眺めている。

 やがて、ゴクリと喉を鳴らすと、再びサッと顔を上げ、妙にキリリとした表情で言った。


「ゴウくん……この卵焼き、一つもらっていいかな」

「あ、ど」

「ううん、わかってるの! すっごい罪深いことを言ってるってことは! 育ち盛りの男子のお弁当からおかずを奪うなんて、有り得ないよね!」


 先輩は俺の言葉を遮って、心底申し訳なさそうに叫ぶ。そこまで遠慮しなくても、先輩がこんなにも欲しそうにしているなら、おかずの一つくらい惜しくないのに。


 俺が、「どうぞ、気にせず持って行ってください」と口を開きかけたとき、先輩はテーブルの上のおにぎりをむんずと掴んで、俺の眼前に突き付けた。


「だから、このおにぎりを一つあげる!」


 予期せぬ提案に驚愕した俺は、ぶんぶんと頭を横に振る。


「ええっ、さすがに釣り合わないですよ! 卵焼き一つくらい、どうってことないですから!」

「じゃあせめて、一口でいいからおにぎり食べて。具に届くまで、がぶっとかじっていいよ」

「へあっ?!」


 先輩は、俺が口をつけたおにぎりを食べることに抵抗がないというのか? えっ、それっていわゆる……。

 いやいや、俺としたことが、高校生にもなって『間接キス』なんて幼稚なものに動揺してしまうとは。回し食いくらい、べつに普通にすることだろう。


 ──でも、先輩とは絶対に無理! 


 『俺の食いかけのおにぎりにかぶりつき、頬張る美女』。

 そんな光景を見てしまったら、今後の人生に多大な影響を及ぼしかねない。


 俺の異性への目覚めは小五のとき、人気アニメの獣人少女だったんだけど、おかげで俺は未だにケモミミに激弱なのだ。

 些細なことが健全な男子の性癖を歪め、長く尾を引くのだと、嫌というほど知っている。


「あ、あの、俺、家族以外に料理を振る舞ったことないんです。だから、率直な感想を聞かせてもらえれば、それで十分です」

「そ、そう……?」


 もじもじしながらも、先輩の視線は卵焼きに釘付けだった。ちょっと良くない例えだけど、友人宅の犬が餌を前に『マテ』しているとき、似たような顔をしていたっけ。


 俺は「どうぞ」と弁当箱を横へ滑らせ、先輩の正面に持っていく。

 先輩の口から、なんだか色っぽいため息が漏れたのを、俺は聞き逃さなかった。

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