第3話 わたしの城

 鬼ごっこは、ものの十数秒で終わった。

 廊下の突き当りにある教室が、生徒会室らしい。ともえ先輩は、ドアの前で俺の弁当を抱えて待っていた。


「ええと、ここが生徒会室なんですか?」


 俺は少し眉根を寄せながら尋ねる。

 確かに、ドアには『生徒会室』と手書きの紙が貼ってある。明らかに女子が書いたんだろうな、という筆跡だ。


 けどそのせいで、どうも気が抜けているというか、貫禄がないというか。生徒会室、という、どこか厳粛な響きを持つ教室には相応しくない気がする。

 しかも、ドアの上のプレートは、『第一資料室』ってなってるんだけど……。


「そうだよー、ここがこの学校の生徒会室。わたしのお城」


 先輩は妙にニコニコしながら答えると、


「遠慮しないで入って!」


 と、勢いよく扉を開ける。俺は緊張に身を硬くした。

 室内にはランチ中の生徒会役員が居並び、突如現れた俺を不審げな目でじろりと眺める……。


 そんな光景を想像したんだけど……。


 予想に反して、室内には誰もいなかった。

 ただ、部屋の中央に長机が二台、パイプ椅子が数脚あるのみ。


「失礼します……」


 いちおう断りを入れてから一歩踏み込み、室内を見渡すと、壁には書類棚が隙間なく並び、中には分厚いファイルなんかが収まっていた。これは、『第一資料室』というドアプレートの表示に偽りなし、なのでは……?


 でもまぁ、生徒会室なんてこんなもんなのかもしれない。

 マンガとかだとずいぶん立派で、いかにも校内権力の象徴として描かれているけれど、そんなの所詮しょせんフィクションだよな。


「あーお腹空いたぁ」


 先輩は部屋の奥まで進むと、パイプ椅子に腰を下ろす。すでに机にはコンビニの袋と水筒が置いてあり、俺の弁当はその横にそっと据えられた。これは、隣に座れってことなのかな。


 俺はおずおずと先輩のそばに寄ると、そっと巾着袋を手に取って、少し距離を取ろうとしたけれど……。


「遠慮しなくていいってば。ここに座って」


 先輩は自分の横にあるパイプ椅子を引き出し、座面を指で示した。俺はぎこちなくそこに尻を下ろす。


 初対面の美人な上級生と二人きりなうえに、横並びで昼食って、どんな状況だよ。もうこの状況だけでお腹いっぱい……と言いたいところだけど、実際は俺も腹ペコだ。


 ちらりと先輩を横目で見遣ると、コンビニの袋からおにぎり二つとサラダを取り出していた。小食なんだなぁ、女子らしいなぁ、とぼんやり思う。


 俺も巾着袋を開けて、弁当箱を取り出す。二段式の弁当箱は、高校に入ってから新調したもの。あまり大きすぎると持ち運びに不便だけれど、かといって小さすぎても胃袋を満たすことはできないから、慎重に吟味して、ベストな大きさのものを選んだつもりだ。


「ゴウくんは、いつもお弁当なの?」


 先輩の質問に、弁当箱を開けかけていた俺は手を止めた。


「あっ、はいそうです」


 だからもう『あっ』はやめろって、俺。


「ええと、先輩はコンビニ派ですか? それとも今日はたまたま?」

「ううん、わたしはほぼコンビニ」

「そうですか……」


 リッチだなぁ、というのが俺の素直な感想だ。毎日コンビニなんて、高くついて仕方ないだろうに。まぁ、それだけ小遣いが潤沢なんだろうな。うらやま。

 なんて思いながら、弁当箱を上段と下段に分け、ふりかけのかかったご飯部分をあらわにする。

 それから上蓋うわぶたを取って、おかず部分を空気にさらすと……。


「うわぁ! ゴウくんのお弁当、すっごいおいしそう!!」


 先輩が感極まったような声をあげ、俺にずいっと身を寄せてきた。制服越しとはいえ、身体が密着したことで俺は軽くパニックになり、高速で目を泳がせた。


「すごいすごい、いろどりも完璧だし、どのおかずもおいしそう~」

「いひっ、えっ、そっ、そんな大したもの入ってないでしゅ……」


 動揺しまくりながら先輩の顔を窺い見れば、大きな目をきらきらと輝かせ、俺の弁当を熟視していた。そこにあるのはただの弁当なのに、とびきり高価な宝石の山であるかのように。

 そして俺にとっては、先輩のそんな表情こそが宝石そのものだった。


「ゴウくんのお母さん、お料理上手なんだねぇ!」


 先輩の言葉に、俺ははっと我に返った。なんか今、我ながらすっごいキモいこと考えてなかった? いや、気のせいだろう、うん。


 それから、戸惑う。

 正直に言うか否かを。


 この弁当は、俺が作ったものなんです、って。

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