第2話 おいでよ 生徒会室
突如家庭科室に現れた美人生徒は、つかつかと俺の方へやって来る。
今更ながらに彼女の上履きの色を確認すると、緑色。
つまり、彼女は三年生。
そりゃそうか、だってこんなにも大人っぽいんだもんな。同級生の女子たちなんて、『ついこの間まで
そう納得しつつも、驚きも湧いてくる。
女子って、二学年違うだけでこんなにも大人びてくるもんなのか? まぁ、男も同じか?
いろいろと思いを巡らせながらも、俺はおっかなびっくり、その三年生の挙動を見つめていた。彼女は真っ直ぐ俺の
座っている俺は軽く見下ろされる格好になり、改めて彼女のスタイルの良さを思い知ることになった。
背丈は、170センチの俺より少し小さいくらいかな。足の長さはどっこいどっこいかも。
いや、そんなことより、そのきれいな顔が眩しくて仕方ない。心臓が早鐘を打つ。
彼女は、小鳥のように首をかしげて、言った。
「ここで毎日ゴハン食べてるのって、きみ?」
「あっ……は、はい、そうです」
つっかえながらも素直に答えたあと、俺ははたと思い至る。
これはやっぱり、ここで弁当を食べていることを注意されるのでは?
「あっ、あの、もしかしなくても、ここって飲食禁止でした?」
先手を打って尋ねると、彼女は困ったように「うーん」とうなった。
「禁止ってわけじゃないみたいだけど、家庭科の先生は渋い顔してたよ。食べカスとか汁とかで机が汚れるのが嫌なんだと思う」
「あっ、えっと、いちおう、こぼさないように注意して、最後に机を拭いてたんですけど……。あっ、家庭科の先生は、俺がいつもここで弁当食べてること知ってたんですか」
ダメだ俺、動揺しきってる。某製薬会社のCMのごとく、喋り始めに『あっ』と発してしまう……。
情けなさに頬が赤らむ。でも、そんな俺のことを意に介した様子もなく、彼女はひょいと肩をすくめて言った。
「お弁当のにおいが残ってるんだって」
「あ……」
「それで、昼休みに『犯人』を見つけて注意してくれないか、って先生に言われたの」
「……お手数かけて、すみません……でした」
俺は心の底から謝罪し、うなだれた。確かに弁当のにおいって、こもるよなぁ……。盲点だった。
けれどそんなことより、この美人先輩の貴重な昼休みを割かせてしまったことが申し訳なくてたまらない。怒ったり嫌味を言ったりすることなく、あくまで明るい調子で注意してくれた優しささえも、心に染みた。
「もう二度とここで食べません……」
恥じ入りながらいそいそと弁当箱を包み直していると、先輩は再び小首をかしげた。
「行く当て、あるの?」
「ええと……教室に戻ります」
もはやそうする
にもかかわらず、予定外の早さで俺が帰還したら、彼女たちはきっと『は? もう帰ってきた。うっざ』みたいな顔をするだろう。
それを想像すると、胸がキリキリする……。
どんよりと曇る俺の表情を見て、先輩はなにか察してくれたらしく、「えーと」と考え込み始めた。もしかしたら、家庭科室に代わるナイスなランチスポットを脳内検索してくれているのかもしれない。
やがて先輩は、名案が閃いたと言わんばかりに、その端正な顔を輝かせた。
「じゃあさ、一緒に食べよ!」
「え? えええ??」
予期せぬ提案に軽く混乱する。聞き間違いじゃないかとさえ思った。
先輩は、白い歯を見せていたずらっぽく笑う。
「三年の教室に連れ込むわけじゃないよ。すぐそこ、生徒会室」
「生徒会室、ですか?!」
思わず声が裏返った。生徒会室なんて、ある意味、三年の教室よりもハードルが高い。
「遠慮しなくていいよ。わたし、生徒会長だもん。つまり、生徒会室はわたしのお城みたいなものなんだから!」
と、先輩は俺の巾着袋をひったくるように奪っていった。
「生徒会長、なんですか……」
俺は打って変わって、落ち着いた声を発する。なるほど、だから家庭科の教師に、『犯人捜し』を任されたわけだ。高校の生徒会長って、大変だなぁ。
巾着袋を取られたまま立ち尽くす俺に、先輩はちょっとだけ頬を膨らませてから言った。
「てゆーか、わたしの顔、覚えてない? 入学式のとき、壇上で挨拶したんだけどな」
「すみません、俺、入学式の日、風邪で休んでたんです……」
「あ、そうなんだ……。大変だったね、ごめんね」
先輩はしゅんとしょぼくれる。コロコロと表情が変わるところ、かわいいな……。
「じゃ、改めて。わたし、生徒会長の
「あ、えーと、俺は
「じゃあゴウくん、行こっ!」
と、先輩は俺の弁当箱を胸に抱え、小走りで家庭科室を出て行く。途中、ちらちらとこちらを振り返りながら。その仕草は、まるで鬼ごっこに誘うみたいに挑発的だった。
俺は、ナチュラルに下の名前で呼ばれた驚きに頭をポーっとさせながらも、誘われるがままに先輩を追った。
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