第3話 夢であってくれ

はる!お待たせ!」

「おせぇ…」

「もう、少しは広い心が持てないの?」

「30分遅刻してその態度かよ」

喧嘩に聞こえる会話なのに、二人は笑顔で言葉を交わしている。

夕奈瀬ゆなせ晴と、雪平ゆきひらすみれは、大学2年生の春に出会い、友達関係を経て、この秋、恋人同士になった。



だった事もあり、告白らしい告白もなかった。…のは、晴の方だった。

すみれは、友達だった頃から、晴の事が好きだったから、この関係を絶たねば、一生後悔する、そう思ったから、

「ねぇ、晴、私、晴が好き」

「…うん…」

「うん?どっちの?」

「うんはうんだよ!」

晴がくるりと半回転して、恐らく赤くなってると思われる顔を隠すように言った、うんを、OKと判断して、付き合い始めた。



「晴!たこ焼き食べる?」

「おう、食う」

「はい」

「サンキュ」

「ここのたこ焼き好き?」

「美味い」

「好きか嫌いか!」

「美味い」

「もう…」

中々引っかからない…本当に気付いていない?晴の態度に、すみれは完璧諦めモードだった。



それでも、2人で過ごす最初のバレンタインデー。一縷の望みをかけて、不器用なすみれは、何とか出来上がった手作りチョコを晴に渡した。

「いつも一緒に居てくれてありがと」

「こちらこそ」

「好きだよ」

「…すみれ、恥ずかしくないの?」

「何が?彼氏と彼女だよ?当たり前じゃない」

「当たり前じゃない人もいんの!」

「え――!」



…けれど、本当は晴が一番、誰より、何より、すみれにと言いたくて、一番、誰より、何より、すみれがだった。


只、恥ずかしくて、元から照れ屋で、どうしても言えなかった。

それでも、伝えるなら、今日しかない。

そう思える日がやってくる。


3月14日。

すみれの誕生日兼、ホワイトデーだ。


「うっわーこっぱずかしいー…」

スミレの花束を持って、2時間も早く待ち合わせ場所に着いてしまった。

穴があったら入りたい…、そんな気分だった。

しかし、その気分を振り払う気分が頭7割を埋めていた。

この花束を見て、直接ちゃんと好きだと言って、そうしたら、すみれはどんな顔をするだろう?

嬉しいかな?

泣くかな?

イヤ、逆に大爆笑か?

目まぐるしく頭をよぎるすみれの反応と顔を、自分の頭の中のスクリーンに再生して、すみれの笑顔を見たいと言う願望まで混ざった。

その願望が、頭のスクリーンに映し出された時、自分でもびっくりした。

涙が目頭を熱くした。


(うわ!俺恰好わりぃ…!)


花束を隠すように背中側に持ち、目頭を押さえ、もうすぐ来る、人生で一番大切な人を想い、晴の頭の中はバラ色だった。










「晴!晴!晴ぅ!!ヤダ!!死んじゃヤダ!!」



トラックが、思いっきり晴を吹っ飛ばした。

ドラックは盗難車で、晴を吹っ飛ばした運転手は逃走した。



そして、スミレの花束は、もう形を残さず、すみれに届く事はなかった。



救急車の中で、すみれは叫び続けた。

喉はつぶれ、体中傷だらけ、出血も多量だった。

「晴!お願い!起きて!だって今日何の日?私の誕生日だよ?そんな日に、死なないでよ!」


救急車から病院のICUに運び込まれたが、数分で医師が手術室から出て来て、

「私たちにはもう手の施しようがない状態で…残念です」

「嘘……ああああ……嫌――――!!晴ぅ――――――――――!!!」




3か月後、すみれは何とか平常心を保てるようになった。

それまでのすみれは誰から見ても可哀そうだった。

”見ていられない”そんな感じだった。



泣かない決心で晴のお墓に行った。

随分とスタイリッシュで、将来建築士になりたいと言っていた晴を思い出し、やっぱり泣いてしまうすみれだった。

そして、帰ろうと、ゆっくり立ち上がると、墓地の外から、黒いニット、赤いマフラーで、太った感じの30歳くらいだろうか?がポーっとすみれを見つめていた。

(?)

そして、ギリギリ聴こえるように男は言った。

「やっと邪魔者が消えてくれたね…僕がいるよ」

(!)


(あいつだ…あいつが晴を…)

ふつふつと湧いてくる怒りが今にも暴走しそうだった。


しかし、現実問題、女一人で大の大人のストーカー男に勝てる訳もない。

墓地であった事を、警察にも言ったが、

「目撃証言も指紋も証文も髪の毛一本立証出来る証拠がない」

と言われてしまった。


それでも、晴がガードになってくれていたから、何もされなかったが、晴が死んでから、ストーカーはその正体を現し始めた。


「すみれちゃん」

「きゃ!来ないで!!」

「大丈夫。僕といれば幸せにしてあげるよ」


すみれは、こんな事がもう半年続いていた。警察も警告した。それでも収まらなかったから、今の所に引っ越したのだ。

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