第2話 すみれとハルの二人暮らし

温もりに身を委ねるがまま、辿り着いたのは、温もりの主が住んでいるらしい1LDKのマンションだった。


「私は、雪平ゆきひらすみれ。今日からここで暮らそうね」

(主の名前はすみれか…。ここで暮らすのだな?僕にはよく分らんが、腹が減った…)

「あ、今あったかいミルクあげるね」

(ミルクか。体が温まるならそれも悪くない)

「はい。ミルク。今ご飯も用意するからね」

(ふむ。待とうではないか)


そこは、奇麗に整頓され、カラーは淡いラベンダーのようなパステルカラーで統一されていた。


「はい。ハル、ご飯だよ」

(ハル?僕の事か?いわゆる名前と言うやつだな)

「ハル。お手。…なんちゃって。ふふっ」

(お手?この手を出せばいいのか?)

ハルは、ちょこんとすみれの手に手を乗せた。

「え――!!ハルお手出来るの!?」

(すみれ、そんな驚かんでも…)

「あぁ!驚いてる暇ない!会社行かなきゃ!行ってくるね!ハル!」

どたばたと、ソファーの上に置いてあったコートとバッグを慌てて持つと、玄関を出ようとした。

(おいおい。すみれ、弁当忘れてるぞ)

と、お弁当を持って行くと、

「ハル…天才!!行ってきます!!」



(ん~…う○ちがしたいな…)

ハルは悩んだ。

(すみれは確かあそこで用を足してたな…よし)

公園からすみれの部屋に着いて、ほわほわしていたハルだったが、すみれの行動を何となく覚えていた。

(む…ノブが高いな…届かん…。んじゃ、ジャンプだ!)

2、3回ジャンプして、やっとハルはトイレのドアを回し、中に入る事に成功した。

トイレ内に入ると、勝手に便器の蓋が開いた。

(おぉ。すごいな…しかし、これはどう用を足せばいいのだ?)

いざ使おうとしても、これでは便器の中に落ちて、びしょ濡れになってしまう。

(どうやっているのだ?こうか?……ふむむ……ふー)

何とか便を便器内に落とすことに成功したハル。

(流すのはどうするんだ?)

とりあえず便器から降りると、自動的に水が流れ、蓋が閉まった。

(ふむ。これは文明開化だ)


少し部屋を見渡し、すみれが、ハルが寒いといけない、と思い、電気カーペットのスイッチを入れたままにしてくれた事に気付き、

(それじゃ、お言葉に甘える)

ハルは、眠りに落ちた。


12時を過ぎて、お腹が減って、ハルは目が覚めた。

(さて、飯は何処だ?)

部屋を探索がてら、ご飯を探した。

キッチンにやってくると、水盤の上にサンドイッチを見つけた。

(これ、食って良いのか?まぁ、良いか。もらうぞ、すみれ)

チーズと、レタスと、ハムが挟まったサンドイッチを一人前、ぺろりとたいらげた。


(暇だな…)

と、とふかふかなベッドでゴロゴロ寝転んだり、


(暇だな…)

と、カーテンの裏入り込んで、窓際に立ってみたり。


(暇だぞ…。すみれは会社と言ったな。何時に帰ってくるのだ?部屋はあったかいが、何をして過ごせばいいのだ?)


ハルは、時間を持て余したが、なぜか、眠たくなり、またカーペットの上で再び眠りについた。


「ハルー!ただいまー」

(!)

18時半、すみれが帰ってきた。

(おーすみれ、お帰り。待ってたぞ)

「わーお出迎え?ありがと、ハル」


「はい。ご飯だよ、ハル」

(ふむ。夜は魚か。美味いな)


もぐもぐと、必死でご飯を食べるハルを見つめて、すみれは微笑んだ。



次の日、

「行ってくるね、ハル」

と言うと同時に、ハルは、するりと玄関のドアを駆け抜けた。

「あ、ハル!待ちなさい!ハル!」

(暇じゃ。一緒に会社行ったろ)


すみれの勤めていた会社はマンションから徒歩8分。


最初は慌ててハルを部屋に戻そうと、ハルを追いかけていたすみれも、会社まで迷わず進んでいくハルの後ろについていく形になった。

会社の入っているビルの前に着くと、ハルは、その入り口でちょこんと座り、ヒューマンウォッチングしながら、すみれの仕事が終わるのを待った。


(すみれ、この街はいろんな奴がいるな。見てて飽きないぞ)

お昼には、すみれと、同僚の女性に温かいミルクと、2種類のパンをもらった。


「可愛いねー、すみれ」

「でしょ?一緒に暮らしてまだ3日だけど、すごく懐かしい感じがするの」

「うん。でも、すみれが笑えるようになって良かった」

(?)

「…そう…だね」

(なんだ、すみれ。何か悲しい事でもあったのか?)

ご飯を食べ終えると、

「じゃあ、ハル、定時で帰るから、もう少し待っててね」

(ふむ。了解した)

ビルの前のベンチで、またヒューマンウォッチング始めるハル。

そこで、怪しい男を見た。

じーっと、すみれの居るであろうビルの階を見上げている。

(なんじゃ?あいつ…)


すみれは、『定時に帰る』と言う約束通り、18時にビルから出てきた。

「お待たせ、ハル」

(おう。お疲れさん、すみれ)

ゆっくりした足取りで、すみれとハルは家路を辿った。しかし、家までもう少し、と言う所で、いきなり、

「すみれちゃん」

とあのビルを見上げていた男が話しかけてきた。

「!」

「会いたかった…。会いたかったよ…」

「な…なんで…どうして…ここに!?」

(すみれ?誰だ?こいつ)

10メートルの距離から、だんだん恐怖で動けなくなったすみれに近づいてくる。

「さ、僕と行こう?」

「嫌!!」

(なんか知らんけど、こいつすみれの敵じゃ!!)

ハルは、咄嗟に男に飛び掛かり、顔をひっかいた。

「いっ!」

畳みかけるように、もういっちょ首をひっかき、腕を噛んだ。

「うわぁ!!くそ!覚えてろ!!」

捨て台詞を残し、男は走り去った。


ぎゅっ。

(おう…どうしたすみれ)

ハルを抱きしめ、震えるすみれ。

(もう大丈夫だぞ)

とポンと頭に手を当てた。


「ありがと…ありがと…ハル…」



ハルを抱き締めたまま、すみれは家まで早足で帰った。


家に着くと、まだ震える腕にハルを抱き締め、

「ハル、あの男はね、ストーカーなの。何度警察に警告受けても、付きまといが収まらなくて、もう嫌!って思ってここに引っ越したの」

(そうだったのか)

「なのに…どうしてまた…」

(泣くな、すみれ。俺がいる)

また、ポンと頭を撫でた。すると、

「ありがと」

と言われ、逆になでなでされた。

(なんで俺が励まされてるような感じになってるんだ?ま、いいが…)


すみれのなでなでに、心地よくなりながら、その日はすみれのベッドで一緒に眠った。


すみれの安心しきった顔を愛おしく思いながら。

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