第46話

「へぇ、そんな事があったんですね」

房子の思い出話しを聞いて、裕記の知らない一面を見たのだろう、尚記は房子にしか分からない驚きの声を出した。

「あんたが田島君や七海ちゃんとばっか遊んどった時も拗ねとうたよ」

「男でも女でも構わずですか?しかも兄弟に嫉妬って」

「兄弟だからでしょ?」

 房子の言葉に尚記は『どうでしょう?』と言う風に首をかしげた。

「やっぱりあんたら二人は、小さい頃に大切な物を失っとうから、その影響があるんかね。大事な物を失いたくない気持ちが人一倍あるから、やきもち焼きになるんかね」

 房子はずっと隠していた思いを、つい言葉に出してしまった。尚記は首をかしげたまま、房子の言葉を吟味しているようだったが 吟味が終わった前触れも無く突然、

「影響はあると思いますけど、あいつとボクとで一緒の影響を…両親の死を同じ風に受け止めたとは思いませんよ。ボクやきもち焼きですか?」

 続けて顔を顰めながら、

「似てる自覚は有りますけど、似てると思うのも、思われるのも嫌ですね」

 しかし言ってから、気付いたように。

「まぁ、もう、思われるって事はないでしょうけど…」

 失敗したように俯いた。

 房子は尚記の繊細さを好ましく思う反面、まどろっこしく感じる時もある。

「あんたらは兄弟なんだから似てて当然さぁ。でも同じ人間じゃないんだから、違うに決まってるさぁ」

 尚記の萎れた心に当たり前を押し付けて、アイロンを当てた後のようなピンと貼った状態にしてやろうと房子は思った。裕記の死を失念して発言をした事を反省している尚記の背中を叩いたつもりだ。

 そうした房子の意図が叶ったのか、元々それほど萎れていなかったのか、意外としっかりとした声で尚記は話しを更に展開させた。

「それは分かってますが、似てる部分が問題なんですよ。似ていたく無い部分が似ていると他人から思われるのが嫌だったんです。まぁ、それを比較できるのは、もう房子さんと沢五郎さんくらいしか居ないんですけど…」

「どこが似てると嫌なんね?」

 間髪入れぬ房子の質問に尚記は押された。

「えっと…だから、焼きもちな所とか無計画で他人を巻き込むところとか?」

「あぁ、それは残念、あんたも程々に嫉妬深くて無計画だわ。似とるとこやね」

 尚記は苦々しい顔をして見せた。ただある程度、覚悟していたようではある。あまりショックでもなさそうに。

「えぇ?似てますかぁ」

 諦めたように椅子の背もたれに体重を預けて脱力した。

「似てるわぁ。あんたの場合、焼きもちじゃなくて、嫉妬深い。執着しそうな感じやな」

 酷い事を言う時、房子は努めてサラッと言う。

「あんたらが似てない所は、ヒロは社交的で、あんたんは内向的なところやね」

 房子からすれば裕記も物足りなさを感じる社交性であったが、尚記と比べればまだマシであった。ただそれを尚記に言うと、「房子さん基準で考えないで下さい」とか言いそうなので、あくまでも世間一般では裕記の方が社交的、と言うていで話した。

「あんたは内向的というか一人が好きでしょ?」

「はい、まぁ…」

「一人だと寂しくてかなわないって人も、いっぱい居るけど、あんたは一人でも平気でしょ?」

「イヤイヤ、寂しい時もありますよ」

「あーん、じゃあ、そんな時なにすんの?」

 尚記は房子から目を逸らし遠くを眺めた。やましい事がある訳では無くて、遠くにいる寂しい時の自分を見ているのだろう。

「我慢します」

「ねっ?ホラ、一人だと寂しくて我慢できないって人も居るけど、あんたは寂しくても我慢できちゃうでしょ?」

「まぁ、確かに」

 尚記は納得したようだったが、房子は尚記がこれで終わらない事を経験上知っている。尚記は尚記自身が一人でも我慢できる人間である事は納得したが…

「えっ、じゃあ房子さんはどうなんですか?」

 やはり、房子の思っていた通りの質問をした。

「私は一人は嫌よ」

「じゃあ、寂しい時はどうするんです?」

 尚記は房子が一人ではない事を失念している。そんな尚記は房子にとってまだまだ子供であり、房子はつい意地悪をしたくなった。

「我慢するよ」

 尚記は混乱したのか、自分の頭の中を覗くように黒目を上に動かした。房子はその尚記の顔を見て笑いながら付け足した。

「五郎と二人で居る事を我慢している時があるよ」

「あぁ、なるほど……それは、…寂しいですね」

 そうなのだろう、尚記は二人で居る事を我慢しなければ、一人の寂しさを癒せないのなら孤独を選ぶのだろう。

「ヒサァ、何を期待しているん?」

 房子は随分前にした質問を繰り返した。尚記が房子に「切なくなる時はあるか?」と問いかけ、そのあと房子が長らく沈黙した後の質問だ。

「ヒサァ、二人で居る事に……好きな人と一緒にいる事にどんな幻想を抱いてる?ハッキリ言って、いくら好きでも長く一緒に生活してたら鬱陶しくなるよぉ?毎日ドキドキしてたら逆に身が持たんわ、気色悪い」

「じゃあ、一緒に居なければ良いじゃないですか?」

 尚記らしい返答だ。尚記に慣れていない人ならば少し閉口してしまうだろう。

「だから、私は一人は嫌だって」

「なるほどぉ」

 尚記は先程よりも深く納得したようだった。

「あんたは一人で寂しいのが嫌だから言って、自分を変えようとはしないっちゃろ?」

 尚記はまた目を逸らして遠くを見た。考えているのか、そんな己を認めたくないのか、結局、尚記は何も答えず、殆ど残っていないコーヒーを啜って肩をすぼめた。

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