第45話

「…そいで、修理が終わったあん人は、『お前んとこにかかって来る電話は、全部オレの所で聴けるようにしておいたから。』って、したり顔で言いよるから、こん人はもう頭おかしいって感覚も麻痺してしまったわ」

 房子と尚記は桜並木近くの喫茶店に居る。寒くて敵わないから、あの中で話そうと、房子は放り込むように尚記を店に入れた。尚記はコーヒーを、房子は紅茶とホットケーキを頼んだ。尚記に「腹ごなしの散歩でホットケーキ食べてちゃ意味無いんじゃないですか?」と言われたが、帰り道でまた腹はこなされるのだ、問題無いと房子は自分に言い聞かせて思う存分、幸せをほうばった。

「五郎さんは意外とやきもち焼きなんですね」

 尚記はコーヒーをスプーンで手持ち無沙汰にクルクルかき回していた。もう溶かす物など無いだろうに…房子はさすがに喋り過ぎたかなと反省した。

 尚記が余りにも切ない声で、「誰かを思い出して、逢いたくなって切なくなったりしますか?」そう聞いて来たので、つい普段は話す事のない沢五郎との馴れ初めを話す気になってしまったのだ。話し始めたら元来のお喋り好きが顔を出して止められなくなってしまった。

「どないかね。焼きもちなのか、ただ単に自分の技術力を試したかっただけか分からんね…そう言えば、あんたは余り焼きもちしそうに見えんね」

 房子は話題を変えた。

「あんたら兄弟は裕記の方がやきもち焼きだったかね」

「えっ?そうなんですか?あいつのそう言う話しは全然分かりませんね。気が付くといつも別の女性を連れていた気がします。やきもち焼く暇なんて無かったんじゃないかな」

 確かに裕記には女友達が多かったが、深い関係になった子は少ないと房子は見ている。裕記は家に良く女の子を連れて来て、房子に紹介してくれた。それは大体において複数人であり。裕記の紹介の台詞は、

『母さん、◯◯ちゃん、××君の彼女だよ。で、こっちとそっちがその友達のダレソレちゃんと何某ちゃん』と言った具合だった。

 きちんと付き合う事になった、そう言って紹介されたのは二人か三人くらいだったと思う。付き合う度にいちいち報告していた訳ではないだろうが、それでも、それほど多くはないだろう。

 彼女だと言って紹介された女の子達は、皆タイプがまるで違っていた。黒髪で大人しく真面目そうな娘もいれば、金髪で良く日焼けした騒がしい娘もいた。

 いつだったか裕記は言っていた。

『自分の好みのタイプが分かんないんだよね』

『なんね、ヒロはお試しで、女の子と付き合ってるんか?』

『違う、違う、ちゃんと好きだって。他の男と喋ってると許せないし』

 それを、ちゃんと好きとしてしまう裕記の若さを、当時の房子は微笑ましく思った。

『ほう、ヒロは独占欲が強いね。そう言えば私がヒサを構っとうと、焼きもちやくものね』

 高校生くらいだっただろうか、裕記は可哀想なくらい顔を赤くした。

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