第47話

 気にしなければ良いのに、と房子は思うが、尚記はあまり長いこと飲食店に居るのが耐えられる性格ではない。やたらとメニューを見て何か頼む振りをしたり、コーヒーのお替りを頼もうか迷っている。そんな尚記の様子を見て、また何処からか誰かに見られているような感覚もあったので、房子も落ち着いて居られなくなり、本当は暖かくて落ち着ける場所でまだ喋っていたかったが、仕方なく外に出た。

 喋っていたい理由は尚記に伝えたいことがあるからだ。

 房子の目的は尚記を独りにしないことである。生涯孤独と言うのは房子にとっては死と同等か、それ以上に恐ろしいことだ。歳を重ねるにつれその思いは強くなる。

 尚記にも出来るだけ早いうちに、誰か素敵な人がそばに居てくれるようになれば良い。もう結婚とか言う形式には拘らない。この前、尚記は非常に不愉快そうにしたが、本当に性別も厭わないとさえ思っている。尚記の死を看取ってくれる程の関係を築いてくれるのなら、どのような形態の関係性でも良かった。尚記と添い遂げてくれる人が出来たのを見届けてから死にたい。

 房子は尚記に必要とされている自負がある。だからこそ、尚記が孤独を必要としていたとしても、この房子の独り善がりかも知れない、尚記を孤独にしてはいけないと言う考えは 正しいと言える自信があった。

 

 尚記が一人暮らしを始めたのは、高校を卒業と同時に働き出してから、二年くらい経った時だったと思う。確か最初に勤めた所を辞めて、沢五郎の紹介で今の会社に入った頃だったはずだ。尚記は甘え過ぎだと思ったのかも知れない。沢五郎のコネで今の会社に入社するのと引き換えに家を出て行った。

 それ以来、尚記は殆ど顔を出した試しがない。一年に一度も顔を見せなかった年もある。社会人になったのだ。房子は小うるさい事は言わなかった。沢五郎とは工場で会う機会もあるだろう、それに尚記は大人しくて…頼り甲斐は無かったが、裕記のように破天荒な事はしないと言う信用もあったので放っておいた。何より、生きている時は裕記に対しても そうだが、絆があると信じていた。

 房子か沢五郎がいる限り、会わない日が死ぬまで続いても、尚記は決して独りでは無い。尚記はそう思ってくれるはずだ。そんな風に愛してきた。

 今は私達がいるから大丈夫、でも私達がいなくなった後、尚記を孤独から救ってくれる人が絶対に必要だ。


 尚記は女性に対して優しい。これに関しても房子は自信があった。いけない事だと感じつつも、女性への対応はどうしても自分好みに教育…調教かも知れない…してしまった。尚記達の反応には苦労させられたが、概ね房子の期待通り二人は育ってくれた。問題は尚記が孤独を愛してる事であり、本人がそれに気が付いていない事だ。

 尚記は誰かを好きになったりするし、独りを寂しいと感じる事もあるようなので、まだ房子の願いが叶う希望はある。

 それには独りが好きな尚記を愛してくれる女性が現れてくれれば良い。やはりどうせなら女性が良い。その為には尚記自身が独りでいる事を好きなのを自覚して、独り好きを曝け出さなければいけない。独りでいる事が好きな理由を含めてだ。

 

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