第42話

 裕記が笑っているのを感じ、尚記はまた「あいつめ」と心の中で独りごちた。

 手記を時系列順に並べて行くのが、予想以上に難航していたからだ。

「大変だろ?尚記?なにせ人に見せるつもりは無かったからな。俺だけが分かればいいよう書いてあるよ。せいぜい順番に並べられるように、鍛えてくれよな」

 こんな書き方では本人でさえも後から読んで分からなくなるだろうに。何しろ、あるページの続きが次のページに書かれていない。例えば1ページ目の続きが4ページ目に飛んで書かれていたり、他のルーズリーフに書かれて無造作に挟まっていたりする。

 尚記はひとまず一番新しそうなノートに挟まっているメモ類を、バラけないよう 慎重に取り出してレターケースに仕舞った。こうしておかないと黒飴にバラバラにされてしまう。

 

 一番古いと思われるノートは三月から始まっていた。一行から二行で完結している文章が沢山あって意味を成さないが、大きくまとまって辛うじて読み取れるのは、日付けが4月に切り替わってからの記述である。裕記が公園にいる描写がされている部分だ。

 公園でマサキと言う名の子供と出会い、話すようになった。話すようになった切っ掛けは、春休みは終わってるはずなのに、昼間から公園にいるマサキに、裕記の方から声をかけたからだと綴られている。

 このマサキと言う子供が火事の時に裕記が抱きかかえていた子供だろうか?今まで読んだ所では、マサキの姓は書かれていない。歳も背格好も描写がされておらず、別の子供の可能性が高い。

 あの火事の時の子供は髪の色が美しい金色だった。灰を被っていたので余計に目立って印象に残っている。

 裕記もマサシの髪が金色なら、マサキの外見について書く時、髪の色に付いて触れるだろう。

 マサキの髪の色が金色だと言う表現があれば火事の時の子供だと言う確率が上がるのだが…

 

 そんなことを思いながら尚記がノートを読み進めていると、料理がひと段落したのか房子が声をかけてきた。

「どう?何か書いてある?」

 房子の声に違和感を感じた尚記は房子を見た。すると房子は目を逸らした。

 房子がそのような態度を取るのは、とても珍しい。雪が降っているのは、房子がこのような態度を取るのを予兆だったのかも知れない。

 尚記は房子に感じた違和感が何かすぐに分かった。房子は怖いのだろう。裕記と宮之島久江との関係が分かってしまうのが。でも知りたくもあるのだろう。

 房子の性格上、モヤモヤとした事を残して置くのは我慢が出来ないはずだ。

「今まで読んだ所では、一番古い日付けで始まっているノートは三月の物です。四月のところまで読みましたが、公園でブラブラしたって事が書かれてますね。あいつは働きもせずに何やってんだか」

 マサキと出会っている件については、何故か言わない方が良い気がした。

「あれ?会社辞めたの四月だったっけ?でも裕記は何だっけ?ブログとかで収入あったんでしょ?パートもしてたみたいだし。」

「この頃はまだ働いてます。長期休暇を取っていた頃の話です」

 裕記はアメを拾ってから会社を辞めていた。

 一つの会社に長く勤められないタイプの人間だったので、それほど驚く事では無かったが、会社を辞める理由を聞いた時、ネコの世話をするからだと答えられ、兄である尚記も流石に苦笑いをした。

 自分もネコの為に早退する人間ではあるが、ネコの世話の為に会社を辞めようとは思わなかった。

 裕記と自分は似ているけど違う。

(違う、よな?)

 尚記は少し不安になった。違う部分は明確に分かるが、似ている部分はどの辺なのだろう?他人から見たら、もしかしたら裕記と自分は、似ていると思いたく無い部分が似ているのかも知れない。それは嫌だ。

 

 尚記は知らず知らずのうちに眉間に皺でも寄せていたのかも知れない。

「少し休憩にせえへん?小腹も減ったっしょ?ちょっと食べて、腹ごなしに雪と桜のコラボレェ〜ションを見に行こ?」

 無意味に巻き舌にして房子が誘って来た。

見れば三時を過ぎている。房子の言葉に促されるように外を見てみると、雪はまだ降っている。ボサボサと千切れた雲の切れ端のような雪だ。

 尚記は行く気十分だったが、房子が尚記に気を遣って、行きたくも無い外出を提案しているのではないかと思い、房子の本心を確かめる為、断りとも取れるような返答をした。

「寒くない?」

 房子は珍しい物を見るような顔で尚記を見た。

「なぁに?珍しいね。あんたがYesかNoで答えんなんて。気ぃ使ったん?でも、ここも外も、そう変わりゃせん」

 そう言って、小さなファンヒーターをパコパコと叩いた。

「それに、あんた好きでしょうよ。雪。ちっさい頃から、ボーッと、ズーッと佇んで見てたでしょよ。人の注意も聞かんとにぃ」

 房子は言葉の最後にニヤッと笑った。あの笑い方は尚記の幼少期の失態を思い出したに違いない。尚記は要らない辱しめを受ける前に、出掛ける準備をした。

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