第31話
高校を卒業した後もしばらく尚記が使っていた部屋だ。扉には「子供部屋」と沢五郎が作ったプレートが貼ってあったが、それを見て、ここはいつまで「子供」部屋と言うべきなのだろうかと尚記は少し考えた。そのプレートを見ても何も気にしない房子は何の躊躇いも無く扉を開けた。
房子に付いて入って行くと、そこにはもう当時の部屋の面影は全く無かった。昔使った机も無く、本棚も無い。ただ部屋の中央辺りに雑然と荷物の山が出来ている。だから懐かしいと言う感情は湧いて来なかった。
尚記が家を出た後、裕記がこの部屋を一人で使い、裕記が出て行く時に一切合切を持って行ったそうだ。
「この辺にあるのがヒロの荷物で、ここら辺からが私らの粗大ゴミ」
房子は足で荷物同士を分けて境界を作った。
裕記の荷物は意外と少なかった。裕記の住んでいたアパートを引き払う時に、尚記は思い切って色々な物を捨てて来たが、沢五郎家で更に取捨選択が行われたらしい。裕記が持ち出した一切合切は五分の一くらいになって戻って来た勘定になる。そして持ち出した張本人は二度と戻って来ない。
尚記はそれが何だか、とても我儘な事のような気がして、心の中で『あいつめ、自分で持ち出したんなら最後まで自分で片をつけろよ』と言う思いが湧いた。すると『わりぃ、尚記』 まるで悪びれたと思っていない、片手だけを拝むように顔の前に出して笑う裕記の姿が浮かんだ。
「別にこっちも、持ってっても良かけどね。ゴミばかりしかない。掘り出し物は期待せぇへんでな」
境界を作った足をそのまま伸ばしながら「私らの粗大ゴミ」とした方をクルクルと回した爪先で指し示し、房子はそう言った。
尚記が一番目的としていた物はすぐに見つかった。二階建てのゲージだ。分解されておらず、子ネコをすぐに入れられる状態で、かつての子供部屋に佇んでいた。
ゲージの中にはトイレやお皿、爪を研ぐ為の畳のような物を巻いた円柱形の台も綺麗な状態で入っていた。予想以上の収穫だった。ただ、このサイズのゲージが子ネコのうちから必要なのか尚記は疑問に思った。まぁ良い、そのうち必要になるだろう。空間を持て余して仔ネコが寂しがるようなら、一階部分に会社で作ったような仮の小屋を作ってあげれば良い。
尚記は他の荷物に目をやった。すぐ目に付く物は、キャリーケースとダンボールが5〜6箱、衣装ケース。あとは
そうやって尚記が物色している間も、房子は本当に飼うつもりなの?とか。女の子を紹介してあげようか?とか。沢五郎のギャンブルを辞めさせたいが、黒字なので口が出せないとか。それらの色々な話題を、色々な方言を混ぜ合わせたような言葉使いで話している。
房子の声は低く、不思議なイントネーションは耳に心地良い。尚記がBGMのように房子の声を聞きながら物色を続けていると、沢五郎の声が下の階から割り込んだ。
「おーい、子ネコが活動し始めたぞぉ。ヒサぁ、この子なんて言うんだぁ?」
ダンボールに手を伸ばしていた尚記と、壁に寄り掛かりながら身振り手振りを交えて話していた房子は目を合わせた。房子は一言、「しておき」と尚記に言って、自分は一階に戻って行った。
尚記は言葉に甘えて、物色しておこうとダンボールの方に向き直り、何か役に立ちそうな物は無いかと漁ってみた。
それらは裕記の愛読書と一緒に、二箱目のダンボールに入っていた。
十数冊のノート。ノートの間に乱雑に挟まったメモ紙や付箋、領収書?のような物。それらは裕記の日記…備忘録と言った方が良いのか、まとめられる事なく、その日の出来事や思ったこと、思いついた文章が乱雑に書き留められていた。
尚記が裕記のアパートの部屋を片付けた時には、このようなノートがあった事には気付かなかったので、手伝ってくれた沢五郎か房子が持って来たのだろう。
そう言えば裕記は物書きになるのが夢だった。尚記はそれらのノートを見て急に弟の夢を思い出した。
諦めていなかったのか。
比較的新しい日付けのノートには、裕記が飼っていたネコの飴との生活の様子が綴られていた。少し読んでから、尚記は切りの良いところまで、飴との出来事が書かれた部分を遡ってみた。
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