第19話
ケンの死後、ケンの両親から鍵のかかった小箱を渡された。両親がケンの遺品を整理していた時、ケンの日記を見つけ、日記には「いつか尚記にこの小箱を渡せる勇気が出る日は来るのだろうか?」
そんな一文があったそうだ。ケンの部屋にそれらしい小箱は一つしか無かった。
小箱は寄木細工で出来ていた。買った物なのか、自作した物なのか分からない。ケンは手先が器用で、好奇心が旺盛で、凝り性だった。素人目に見ても精巧な物だと感じたが、ケンなら作り方を調べて、自分で作ってしまいそうな気がした。
色々な幾何学模様に覆われている。きっとそれぞれの模様に名前があるのだろうが、尚記がかろうじて分かるのは市松模様と、波くらいだった。
ただでさえパズルのように開けなければならない、一筋縄では開けられない寄木細工の箱を、ケンはバンドのような物で更に縛って小さな南京錠をかけていた。
誰にも中を見られたくない気持ちが表れた小箱だったが、日記の文面からは尚記に小箱を渡したい気持ちが伺える。ケンの両親は勇気を出す事なく亡くなってしまった息子を不憫に思ったのだろう。代わりにその思いを果たしてやりたい、当然の親心に従って、何が入っているか分からない小箱を尚記に渡した。
鍵の心当たりはすぐに思い浮かんだ。ハナが尚記の誕生日プレゼントにくれたペンダントトップが鍵のモチーフだった。あまりにもお洒落に興味の無い尚記を見かねて、ハナがくれた物だった。ケンはその時、用事があるとかで一緒には居なかったが、ハナはお金を出したのは殆どケンで、選んだのが自分だと言っていた。尚記は一度だけつけて、あとは引き出しの中に仕舞ってあった。
ケンの両親が帰ったあと、尚記は自分の部屋でその小箱を開けた。幼なじみを二人立て続けに失い、尚記の心は疲弊仕切っていた。どんな思いで、どんな風に小箱と向き合って組み解いて行ったか思い出せない。
上面を動かせば、右の側面が動かせなくなり、右の側面を先に動かすと、やがて底面が動かせなくなる。
尚記は泣いた、寄木細工が開けられなくて泣いているように見えたかも知れない。実際もどかしくて泣いたのかも知れないし、木片の一つ一つを動かす行為が、ケンとハナとの思い出を解き放って行く代替行為のように思えて泣いたのかも知れない。
尚記は何度も行き詰まって、何度も箱を最初の状態に戻した。戻す度に、この行き詰まった状態が完成形なのかと思うと、やり切れない気持ちになった。
継ぎ目さえほとんど見えない完成された小箱は、けれども行き詰まった状態なのだ。このままでは、自分が知る事によって成就されるだろうケンの思いを天に返せない。尚記はまた泣いて、中に何が入っているか分からないが、小箱の中に押し込められたケンの気持ちを解放してやりたい一心で、ただ木片を動かし続けた。
小箱の中には手紙が入っていた。ケンから尚記へ宛てた手紙の形を取っているが、ほぼケンの独白のような手紙だった。そこにはケンがどれだけ尚記を愛しているか、そして想いを伝えられないのが、どれだけ苦しいかが書き綴られていた。
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