第7話
「奥ゆかしさ?」
今度はちゃんと意味は理解しているだろう、しかし八崎は共感ができないと言った風だ。何を言っているの?と言う様にうわ目遣いに覗きこんで来る。
「はい、桜と比べると…そのぅ…他の花と比べても、奥ゆかしい気が…自己主張が少ない気がしませんか?」
「そぉ?あまり考えたこと無かったけど、どちらかと言えば、渋いかな。老成している感じがする。」
老成か。確かに桜に比べて滑らかさは無く、印象として節くれだっている気がする。梅の枝などはお年寄りの手のような印象を受けなくもない。
「それに桜が絢爛とした印象を与え過ぎなんじゃない?この時期って、もう皆んな桜がいつ咲くかを気にしてない?梅祭りとかは花見を我慢できない人の気を紛らわす為のもの…ってのは言い過ぎかな」
尚記は微笑んで応えた。微笑んで応えるしかできなかった。「奥ゆかしさ?」そう言ってうわ目遣いに覗きこんできた時から、八崎は横を通り過ぎる事はなく、そのまま尚記の正面で立ち止まり、「言い過ぎかな」と同意を求めているような自己完結したような、どちらとも言えない話し方で尚記を見つめ続けている。それがかなり近い距離だったからだ。
八崎が何かしらの言葉を求めている事に尚記は気が付いていない。こういう時は笑って、うなずいておけば良いものだと尚記は思っている。尚記がそれ以上なにも言わない事が分かると、八崎は更衣室に向かうために歩き出した。
春のおとずれを感じさせる日差しの中に咲く梅の花を、まだ八崎と見ていたかったが、尚記も八崎の後を追うために体を反転させた。その瞬間、尚記の頭にあるイメージが降って湧いた。ほとんど反射的に思い浮かんだ事を振り向きざま、八崎の背中に向かって呟いた。
「どうせなら、もっと満開の花を一緒に見たかった」
桜でも梅でも菜の花でも良かった。もっと満開の、思わず感嘆の声をあげてしまうほどの花に囲まれて、あたたかく柔らかい日差しの下で一緒に花を見て、一緒に驚きの声を上げている。そんな風景と八崎の喜んでいる横顔が思い浮かんだのだ。
尚記の頭の中にはその光景が思い浮かび、実現したら楽しそうだと思ったから口に出した一言だった。その時はそれ以上深く考えていない。
八崎はピタリと止まって振り向いた。肩からかけているベージュ色のカバンを体に引きつけ直して、
「キミは……」
八崎は時々、尚記の事を「キミ」と呼ぶ。普段は「沢田さん」だ。
尚記は自分が年上なのか八崎が年上なのか知らないが、八崎に「キミ」と呼ばれると何だか膝の力が抜けて崩れそうな感覚になる。崩れて、崩れそうになる自分を八崎が支えてくれる所を夢想してしまう。
八崎はその先の言葉を継がなかった。代わりに「因みに誰と?」と問うて来た。
「八崎さんとです」
尚記はその答えがどんな意味を持って、八崎に伝わるか分かっていない。八崎はウンウンと二回頷いた。
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