第2話

 春が近い。

ピョンピョンと飛び跳ねながら、尚記は再びそう思った。春が近くなると、やはり気持ちも明るくなる。けれど尚記は四季の中では冬が一番好きだった。雪が好きだった。尚記が住む群馬県にも有名なスキー場が幾つもあり、雪はたくさん降る。それはそれで好きだ。しかし尚記が一番好きな雪は、祖父と祖母が住んでいた、あの東北の山あいの風景と雪が作りだす雪景色だった。いや、景色では無い。その中で見る「雪」が好きだった。

 

 祖父と祖母は山あいの雪がよく降る不便な土地をこよなく愛した。

 田舎暮らしで巷の暮らし向きや流行、ひいては見聞する世相からも離れた所で生活している事を自覚している節のある二人は、孫の尚記と裕記に対して何かを教える時、己の世界の小ささを知ってるため「己の知っている限り」と言う姿勢を崩さずに、自分達の持つ知識を伝えてくれた。  

 尚記は二人の謙虚とも言える姿勢から、色々なことを知っているような顔をして、偉そうに語っている大人達の教える事が全てでは無いことを学んだ。物事を良く知っている人は、己の無知も知っているのだ。祖父と祖母は多くを語る事は無かったが、本当に大切な事だけをポツリポツリと教えてくれた。

 尚記は口数少ない祖父と祖母が、孫たちを大切に思ってくれているのを感じていたし、祖父と祖母が長年連れ添った信頼に甘える事なく、お互いを労りあって、愛しあっている事を感じ取っていた。不便な田舎暮らしと、そんな二人に触れて見て、尚記は生きていく上で大切なことはそう多くはない、たくさんの言葉を尽くさずとも、本当に大切に思っているのなら愛は伝わる事を、祖父と祖母と二人の慎ましい生活から言外に教わった。

 

 年に一度か二度、歳を経てからは数年に一度しか行く事はなくなったが、静かな土地に降る雪は、まだ真っさらに近い、幼い尚記の心の上に降り積もった。

 尚記は自分に対して「なぜ?」を突き詰めていくと、自分の深奥にはこの幼い頃に見た雪が、まだ溶けずに降り積っているのを感じてしまう。

 なぜその人を好きになったのか?

 なぜ人を嫌ってしまうのか?

そう言った疑問から、もっと他愛のない、

 なぜ空を見たのか?

 なぜ拾った猫を飼う事にしたのか?

そんな疑問まで…その答えを自分の中に見つけようとするとき、尚記の中に浮かぶのは言語化された思いではなくて、幼い頃に見た「雪」だ。  

 雪景色も雪の結晶も含めた、雪の概念のような物が自分の深奥にはあり、尚記はその溶ける事のない雪に触れ、これが全ての答えなのかと思い、人が人を好きになる理由を誰もきちんと説明出来ない事や、自分の行動の理由が言葉に出来ない事に納得した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る