少女が口から巨大な異物を吐くだけ

かぎろ

第1話

「う、ぐ…………あぅ…………おえっ……」


 ぱたたっ、と路地裏に白い液体が垂れる。

 俺の妹であるシィの口から、しゃばしゃばとした白濁液が漏れだしていた。


「シィ! 吐けるか!?」

「うぶっ……きぼち……わる……」

「くっ……シィ……!」


 苦痛に歪むシィの顔は、元から色白だが今は輪をかけて蒼白い。大きな瞳からは後から後から涙が溢れ、白目を剥きかけている。呼吸が不規則で、喉の奥からは、人ならざる魔物が蠢く音がグヂュグヂュと聞こえる。

 先程倒した呪術師は、今際の際に最後の呪いを残した。呪詛はシィの幼く小柄な体に直撃し、この有様だ。


 聞いたことがある。

 相手の体内に巨大な魔獣を召喚する呪術。

 恐らく今、シィの胃の中で、胃袋ミミズが活動を開始したのだ。


「うぅあう……っ……ぅあ、かひゅっ、かひゅぅっ……」

「シィ、吐け! 喉まで来れば、俺が引きずり出す!」

「げぇっ、ぎぃうっ……あぇっ……おげぇぇぇっ」


 シィがえずいて、白濁液が地面でビチャビチャビチャと跳ねる。

 無垢で天真爛漫で可愛かった妹が、目の前で何度も嘔吐し苦しんでいる。


「げぶっ……ごぼぼっ……う、おえっ……えげええっ……」


 まだ胃袋ミミズは胃の奥深くにいるようだ。

 全身が緊張していると、かえってミミズを吐きにくくなる。


「大丈夫だ、シィ。おまえは助かる。さっさと終わらせて、仲間のところへ戻ろう」

「おにぃ、ちゃ……う、う、うぶっ……あぐぅっ……」

「ふたりで呪術師を倒したんだぜ。みんな褒めてくれる。ライアスなんか、泣いて喜ぶかもな。あいつは泣き虫だから……」

「うっぐ……うぇぇっ……ひぎ、おぼぉ……っ」

「エレナだって、いつもクールだけど、今日こそはおまえを賞賛してくれるはずだ。カイエも、クレイもだ。みんなおまえの帰りを待ってる。安心しろ。俺が助けてやるからな」

「うぐ、げぇっ……おにぃ、ちゃぁ……」


 シィが俺の服にしがみつく。


「おにぃ、ちゃ、は……ほめて、くれる……?」


 口からダラダラと胃液や白濁液を垂らしながら、シィは、涙の溜まった大きな瞳ですがるように俺を見た。

 俺は愛しくなって、抱きしめる。


「もちろんだ。世界で一番、俺がおまえを褒めてやる」

「はぅ…………」


 弛緩するような声を出したシィが、突然白目を剥いた。


「ひぎぃっ!?」

「ッ! これは」


 俺はすかさずシィの口内に手を突っ込む。喉奥に、手応え。


「こいつか! 引きずり出すッ!」

「あ、が、あ、あ、あ、あ、」


 全力でミミズを引っ張る。シィは喉に詰まったそれのせいで呼吸ができない。


「あ、あ、あ、あ、」

「うおらぁっ!」


 完全に引きずり出した。俺は短剣を取り出し、白色をしたミミズに突き刺す。「ぎぴ」と妙な声を発し、ミミズは息絶えた。


「あぐ、あ……」

「シィ! 無事か!?」

「う……あぁぁ……」


 シィのか細い声。仰向けに倒れ、放心状態だった。細い肢体は「がくっ、がくくっ」と痙攣し、焦点の定まらない目には光がない。涎と胃液と白濁液の混ざったどろどろの液体が、口元から胸元までをべちゃべちゃに汚している。時折喉奥から「げぼっ」と異音を立てては、口の端から液をあふれさせた。水溜りができていく。浅い息が、ひゅうひゅうと鳴る。

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