第122話 【外伝】勇者タカムラは腹が減っている その1
俺の名は篁光太郎。カタカナで書いて、タカムラ・コウタロウ。
いきなりで実にすまないが、俺は、転生者である。
しかも女性向けラノベとかでよくあるパターンの、自分の過去へ転生する類の。なんて言うんだっけか、逆行転生ってのか?
王族とか貴族令嬢で、生前はとんでもない暴虐を繰り返して処刑されて前世の自分に気づくとか。あれ、これ○○ってゲーム世界じゃないの? で、自分は悪役、みたいな。ありがち過ぎてつまんねーパターン。クソが、もう飽きてんだよ。
まあ、あんなサザエさん時空地獄ではなく、一見すれば世界を移さずに過去の自分に巻き戻っただけのようではあるのだが……全然違っていたりする。
正しく言うなれば、宇宙が一巡した先で、赤子からやり直した系の転生となる。
何を言っているのか分からないだろう。俺自身も良く分かっちゃいないぜ。
というのも知っているだろうか。
アザトースの主観世界――観測世界に、やり直しは利かないことを。たとえ過去へタイムリープしても、その世界はもはや可能性世界に過ぎないことを。
これもわけが分からない?
そういうときは、そういうものだと聞き流してくれ。
繰り返すが俺もほとんど何も分かっちゃいない。人間なんてそんなもんよ。
あはは、人間とは真に平等に無価値だぜ。
俺は口にすることもはばかられる神話生物や、旧神、旧支配者、外なる神、邪神群の知識は多少持っている。
生前はフリージャーナリストをしていたので、自分の記事を売り込むためにはどうしても世界の禁忌知識に触れる機会が増えてしまうのだった。
世界の秘密を暴く、なんてつもりはない。
逆だ。
世界の秘密を暴かないための、防衛上の知識のはずだった。
だが腐っても文章書きである。知ってるか? 文章書きはたいていの場合恐ろしいほどの雑学趣味を持っていることを。
なんで専門家でもないお前がそんな詳しい内情を知っているの、という無駄知識を常々求めているのが文章書きである。なんというか、そういう生き物。少しでも興味を惹かれるととことん調べてしまいがちなのも、文章書きであった。
なんどもすまないが、作家を含む文章書きとは、知識を好む存在なのだ。
そして、ある日、特大の核地雷を踏んだりする。
かく言う俺の前世も、禁忌を破って地雷を踏み抜いて、殺されたのだった。
桐生一族の謎を追ってしまった。
そして、『虹色の泡』と『門』に吸い込まれた。
そして、気がつけば、俺は――、
なんとなんと、もう一度赤子からやり直す羽目になっていた。
転生だ。厳密には、宇宙が一巡した先の俺に憑依したとするべきか。
まあ、あのオムツ生活も乳幼児ならではの楽しさを発見したので良しとする。
羞恥プレイの極致。
わざわざ風俗で金を払わずとも、リアルに赤ちゃんプレイである。
自分自身に憑りついたので記憶の整合性などは特に齟齬を起こさず――というか赤子なんて真っ白なキャンバスみたいなものだから変になるわけも無し。
人生のその先の記憶を持つ、世にも稀に見るふてぶてしい赤ちゃんになっていた。そらもう、生まれて間もない俺にオッサンの俺をインストール、だからなー。
それにつけても、二度目の人生とは、なかなか興味深い。
知識チートもいいところである。
人生のルートが分かっているなら、それを外して死なないように生きればよい。過去に戻されたのではなければ世界の事象修正も受けまい。
そんな感じでスクスクと俺の肉体は成長していくのだった。
えっ、中身の成長はどうかって?
中身は……どうなんだろうな。
どうせインストールされてるのは、三十路で死んだオッサンだし。
第三者の目がなければ、その辺はさすがによくわからんなー。
さて、さて。
生前はパッとしないボンクラクソ学校へ進学したのだが、二度目は死ぬ気で勉学に励んだのだった。ただし小・中学校は臥薪嘗胆の気持ちで堪えて、というのもやはり前世ルートを外して生きるのは怖かったのが正直なところである。
決起 (?)はある程度身体が成長してからと心に決め、そうして高校からは超絶難関校の桐生学園ミスカトニック大学付属、ミスカトニック高等学校に無事試験に合格を勝ち取り、ただし気分的にはズルした感じで入学したのだった。
ちなみにこの学校、偏差値がなんと最低でも七十三は必要というトンデモ校である。桐生を調べて殺されたのなら今度は桐生の膝元にいれば助かるんじゃね? という気持ちも無きにしも非ず。さすがに二度も同じ奴らに殺されたくもなし。
自分でもよく分からない話だが――、
きっとこれは、前世と今世に迎合した結果だと思う。
あとはてめえの人生の結末を、やはりどうにかして改編してやろうと必死だったというのもある。前世は大学へ進学できてもFラン大学で、しかも金が続かず退学していた。奨学金? Fランクソ大学如きに誰が奨学金奴隷なんてするかよ。
桐生学園は私立だが、成績が許す限り、小中高大とすべて授業料が無償だった。
と、ここまでは順調だった。問題はここから先。
二度目の十七歳。
夜中、五月の中間テストを復習していたら妙に腹が減って辛抱堪らなくなり、カップ麺に湯を注いだのだった。
三分、待ってやる。
どこかの眼鏡の素敵な悪役大佐のようなことを呟いてしばし待つ。
すると、突如、ぴかっとカップ麺が光に包まれた。
「うおっ、まぶしっ」
と、どこかのネタ染みたセリフが自然と出たのを覚えている。
たぶんこの時点で、しばらく気絶していたのだと思う。
そうして麺をすする音が。ずびー、ずばー、ちゅるんっ。もぐもぐ。
一面が白い部屋。
ほとんど狂気じみた、驚きの真っ白。
アタックとか、ボールドとか言って欲しいのか。
俺は仰向けに倒れていた。
いや、身体に痛みはないので、寝かされていたのかも。
そして――。
なんか、輝いて良く見えない神っぽい女が、俺のカップ麺を勝手に喰っていた。
「「あなたは選ばれました……」」
残響音のような、そうでもないような不思議な声だった。
「あー、そっスかー。わかったからとっとと元の世界に戻してくれ。面倒事には関わりたくねぇ。あと、俺の夜食を勝手に喰うなよなー」
「「あなたは選ばれました……」」
「……これってもしかして、某ドラゴンなクエスト国民的ゲームで『はい』と答えるまで延々ループする悪質なパターンか? いや、俺はそんなつもりねーよ的な」
「「あなたは選ばれました……」」
「うわぁ……しようがねえな。はい、と答えるぜ」
「「カップ麺、美味しいです。もぐもぐ」」
「選ばれた宣言の次にそれって、どうなんだろうか……?」
「「ついてはあなたには光の剣と、銀の篭手を差し上げましょう。ディフォルトではクラウソラスとアガートラームとなっています。それから身体強化と各種チート、剣を使った必殺技みたいなサムシングと。言語調整、通貨とインベントリと……」」
「どんどん勝手に決められていく感が半端ないのだが」
「「強制イベントですから。もぐもぐ、もぐ」」
「なんで俺なんだ。こういうのはラノベ展開を求めてる、どうしようもなくうだつの上がらねぇアホにやらせるのが一番だろ。おだてて使い捨てにすりゃあいい」
俺はラノベの転生や転移の、ご都合主人公がゲロほど嫌いだ。早く死んでくれ。
「「あなたの前世は、あなたが三十路の誕生日を迎えたその日にユキカゼに殺される形で終了しています。しかし完全消失寸前に遺体を回収して転生させたのは、このわたしなのです。どうです、凄いと思いませんか?」」
「ユキカゼ? 戦闘妖精? それとも死神艦のほうか?」
「「さて、どうでしょうね。わたしもこの名前について触れるのは怖いです」」
「おぅふ。まあ恩人 (?)なのな。なら、聞くだけ聞くけどさ、俺に何をさせたいんだ? あんまロクでもねーことしたくはないんだが」
「「あなたには、
「グランドセイコーってあの超イカした腕時計のことか? 前世で愛用してたぜ」
「「そうではなく、俗にいう異世界転移先に、そのような名前の帝国があるのですよ。ずるずる、ずるずる、ちゅるぴん。もぐもぐ」」
「念のため尋ねるけどさ、俺の意思とか意見とか、具体的には拒否権とかはあるのか? 転生の次に転移とかマジ勘弁なんだが」
「「さっきも言ったように強制イベントです。『はい』を選択しないとずっとずーっと、ループです。それでもいいなら拒否し続けてください」」
「あ。はい」
「「では了承ということで」」
「えぇ……その『はい』はそういう意味では。嘘だと言ってよママン」
「「三十路超えても独身の男は総じてマザコンだと、芥川賞作家の誰かは言ってました。まるで形は違うけど結局は中身は餡子の和菓子みたいな」」
「それってアレだろ、和菓子と絡めて男を説いたヤツじゃなかったか」
「「和菓子の基本は餡子です。形は変わっても結局は餡子。繰り返しますが、これすなわち、見た目が変わっても三十路を超えた独身男性は例外なくマザコンという格言に通じるものがあります。まあ和菓子も洋菓子もわたしは大好物ですが」」
「どんな格言だよ。ってか、一流職人が手掛けた和菓子は別世界級に旨いぞ?」
「「知ってます。後であなたのお母さまがこっそり隠している駿河屋の羊羹も頂きます。まるっとぺろっと、モグモグです」」
「かーちゃん……アンタ実の息子にすら好物の菓子を隠してるのかよ……」
それは、ともかく。
「「
「面白いのかなー。それってどうなのかなー。俺、被害者じゃねぇかなー」
「「ヨグ・ソトースの分霊に殺された瞬間にあなたを転生させたのは、わたしです。被害者ではなくあなたは救われた人、救護者です」」
「それはさっき聞いた。ってか、ユキカゼがヨグ・ソトースの分霊なのな」
「「うわー、教えてはならないことを思わずポロリしてしまいましたー。これはもう転移するしかありませーん」」
「回避不能の罠をさらっと張るのやめねぇ? しかも明らかに棒読みじゃん。狙ってるじゃん。俺、また死にそうな予感なんだが……?」
「「いえいえ、大丈夫。わたしへの恩返しの意味も込めて、ほんのちょっと手伝うだけですよ。特に難しい使命はありません。なんかそれっぽく、勇者らしい振る舞いをしてくれれば。ただそれだけで『ルー』の称号を持つ若くて可愛い王女様と清い交際などもできますよ。上手くすればえちえちも出来ます。お得でしょう?」」
「お、おう。可愛い王女様か。それはまあ心惹かれるものがあるわな」
「「ちなみにその子、数えで十歳です。小五ロリです。やったねタエチャン」」
「いくら若いにしても、いささか若過ぎやしませんかねぇ? 実年齢だと九歳じゃねーか。あとタエチャン言うな。トラウマエロ漫画が記憶に蘇る」
「「帝国から西へ二つお隣の王国の王妃は十歳で輿入れをしていますよ。なので普通です。いいじゃないですかー。幼妻とか男の浪漫でしょ?」」
「数えで十歳で結婚……? いつの時代だよ。うわー、不安しかねぇー」
「「それではいってらっしゃい。ででっ、ででででー」」
「えっ。うっぎゃーっ、ボッシュートかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
バクンッ、と床が開いた。重力に素直な俺はもちろん下へ落っこちていく。
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