第120話 エンディング 黒の聖女様はクセモノ聖女 その3


 ざわ、と謁見の間にいるすべての人々の動揺が重なって聞こえた。


 満面の笑みを浮かべ、上機嫌のダークエルフの幼女は言葉を続ける。


「でね、でね、本当はボクは『ディカプリスト』っていうの! 変な名前! あっち(元世界のことらしい)の世界で、ヒビキの代役で創られたの! 今はあの子ヴェールヌィって呼ぶんだっけ? ヴェールヌィ・ウラジミーロヴナ・ナボコワって。ちょうどね、そのね、アカツキでいえばねー、そこのアヴローラみたいな感じなの!」


「オーディマー・ピゲルクって、その、西の魔王と呼ばれる……?」


「魔王かどうかは知らなーい! でも二代目なの! あのねあのね、あっちの世界で遊んでくれる人がいなくて寂しいから、こっちに来たの! でね、降臨した先に先代オーディマーがいてね、生贄に捧げられたらしいダークエルフの男の子の血を吸おうとしていたの。それでね、それが突然襲いかかってきたから、ぷちっとやっちゃったの! ロードローラだ! なの! 無駄無駄無駄! なの! おしっこ漏らして震えているダークエルフの男の子を助けてあげたの! 惨殺シーンを見て漏らしちゃったんだって! それでね、それでね、生贄になるくらいだからすっごく見た目が可愛いの! 女の子でも通用するの! だからその子の姿を真似たの! おちんちん生やしてみたの! でもそれだけだといまいちパンチに欠けるから、ほら、ボクって最強の地の精でしょう。土属性無限というか。だからあっちの世界のナントカ山の地霊を真似てビカムアンデッドでオーディマーと同じ元祖の吸血鬼になって、でもよく考えたら昼間に行動できなくなるのは面白くないので陽光無効をつけて、うん、デイウォーカーっていうんだっけ。それで遊んでくれるオトモダチを探していたら誰かが太古の神降ろしの呪詛を行なっているのを感じて、すたたたーって走り続けたら街を見つけて、中に入ろうとしたら突然攻撃されて、やり返して遊んでいるうちに同一存在のヒビキと出会って、なぜか怒られて、というのもあっちのボクも力弱き神々の守護者の役目の合間を縫ってオトモダチ探しに降臨していて、だから自分自身がもう一人いると凄く困るんだってさ。それで二人して話し合った結果、五百年ほどしたらボクと遊んでくれる優しいお姉さんと会えるってことで、くうくう寝て待ったのっ!」


 うわぁー、知らざれる旧オリエント共和国崩壊の裏側、というアレですか。


 それにしても――。


「……ちょっと、色んな属性を盛り過ぎじゃないですかねぇ?」


 西の魔王で、しかも初代をぷちっと倒して勝手に二代目を名乗っている。

 ダークエルフで、元祖の吸血鬼で(彼の言う例の山の地霊は真祖の吸血鬼)、デイウォーカーで、しかも初代聖女でもあるヒビキと同一存在。

 つまりナイアルラトホテップの顕現体で、ペニスを生やした両性具有の幼女。この子も、見た目は十歳くらいのくりくりした可愛い女の子のように見える。


 ああ、違う、そうじゃなくて、それどころではない。


「遊んでくれる優しいお姉さんって、もしかしなくても、僕のことですか」


「そうなの! だって、姉妹のアカツキとアヴローラを連れてるし! オトモダチなの! ボクと遊んで遊んで―♪」


「うわぁー」


 思わず変な声が出てしまった。


「「ねーねーっ、かーまーえーっ。わたしたちを無視するなぁーっ」」


 イカヅチとイナヅマだ。二人あわせてライデン神。ヤン坊マー坊ではない。

 この子たちもナイアルラトホテップの顕現体である。イプシロン王国崩壊を弄した悪神であり、無邪気という名の、最強最悪の特性を持った邪神でもある。


「イヌセンパイの元に行ったのじゃなかったの……?」


 前回と同じく昭和テイストの白のブラウス+赤の吊りスカート姿である。

 尻の部分が妙に膨らんでいる。間違いなくこの子たちはオムツを着用している。


「「だって、ヒビキのやつ変な名前に変えちゃってるし。ヴェールヌィ・ウラジミーロヴナ・ナボコワって、どこのロシア人なのよ。しかもキミヒラを独占してわたしたちに近づけさせようとしないし。なんか妙に強気になってるし! とっちめようとしたら、逆にやられたし。要するに、楽しくない! 楽しくないのーっ!!」」


「えぇ……」


「「だからゲームしよ! 新しい遊び考えたの! 隣接する二つの国を裏側から好きなように操って、繁栄させて軍備を整えさせて戦争させて、どっちが強いか比べっこしよっ! あ、でも国を操るだけで直接的に力を行使しちゃダメだからねっ!」」


「うわぁ……それなんてポピュラス……」


 色々不味いことになってしまっている。


 まず魔王パテク・フィリップ三世。

 実は彼女には、カオティック・デスと名付けた宇宙外の真空へ放り出すゴミ捨て攻撃の際、僕はわざと少しだけ間を置いて発動させていた。


 これは僕の精神の贅肉とも言うべきもので、というのも面倒事には巻き込まれてはいれど、魔王パテクとしては一貫してそれは結婚活動――婚活なのだった。

 もっと言えば、彼女は他国を侵略して人族を滅ぼすのを目的としていなかった。


 あくまで、あれは婚活。


 後になってさらに信憑性が増す話、少し前にも書いたように彼女の軍勢は侵攻の際の線上となる各都市には関心を一切向けていなかった。本来なら破壊と略奪対象となるはずなのに、無傷で放置していた。


 そう、宣戦布告をバカ正直に送ってからというもの、細かい転移を挟みながらひたすら一直線に王都へ向かってきていたのだった。


 そして彼女は、目をつけた僕に結婚を迫った。

 魔族伝統の、愚直なほど真面目に、相手に力を見せつけるという方法で。


 魔族の婚活は自然界の掟に近い。

 すなわち、優秀で強い個体に、伴侶が集まる。


 あの三百万の軍勢にはさすがに最初は驚いてしまったが、よく見ればまるで鏡か何かで軍勢を映して水増しでもしたかのような不自然さがあった。


 そして、その直感は正しかった。


 演劇などの舞台で例えれば背景の書き割りみたいな雰囲気。

 後で聞けば、レギオンクリエイトという彼女独自のチートなのだそう。


 ゲームで例えるなら、ほぼ無尽蔵に敵が湧くとか、その辺りの不思議が解決されるような。曰く、実体のある幻影を創り出す。その効果、最大で元本の十倍。


 実に妙ちくりんな戦争ではあった。


 本当に、もうね。

 あれ、戦後の調べでは、双方の戦死者はゼロだったのだから。


 なので討伐ではなく撃退と僕は表現したい。

 第三者視点からすれば天空城というわかりやすいシンボルを丸ごと削り取っているので、いかにも魔族を根こそぎを抹殺したように見えたことだろう。

 併せて彼女の敗北は、力こそパワーを掲げる北の魔国でクーデターを起こす絶好の機会となる。そのまま内戦状態に陥れば婚活どころではなくなる。


 魔王とその軍勢をどうにかする依頼は、見事完了となる。


 カオティック・デスにはそれだけの策を盛り込ませていた。脳内演算では九割以上の確率で成功すると見ていたのに。


 それなのに、この魔王サマは。

 まさかのまさか――、

 魔力不足をものともせず腕力だけで、一ヶ月の再平定を達するとは。


 油断した。油断した。油断した。


 さっさと元世界へと帰るべきだった。


 これ、どうやって収束させようか。

 魔王が二人に、最も邪悪で無邪気な悪神も二柱。

 全員、見た目は幼い女の子。ただしおちんちんつきの両性具有。


 知らなくていいことまで知ってしまった多数の人々。


 王国の治世にも少なからず影響を与えかねないだろう。脇の甘さからくる僕の失策。ああ、すべてなかったことにしたい。うーん、もう滅ぼすか。


『それはそれでオモロイが、過激な結論に至らせる前にまずは俺を頼ってくれー』


 やっぱりそうなりますよねー。

 すみませんがお願いします、イヌセンパイ。


『お代はベロちゅーでいいで。というわけでアラホイサッサのサー』


 得体の知れない白い粉みたいな光の粒が一瞬降り注いだ。

 ちなみに、どういう処理を?


『王家一族は一部の記憶の改ざん。後ろの官僚共とかその辺のやつらは全部。魔王二人と、出来の悪い妹たちが来た時点から『なかったこと』にする。今なら催眠状態に入っているしテキトーに話をつけて立ち去ればいい。ただ、この子らまで連れては元世界には帰れんから、レオナちゃんの方でどうにかしてくれー』


 案の定、彼女らには全然手を加えないのですね。


『そのほうがオモロイからな。うはははっ。せや、イカズチとイナヅマはオムツプレイがマイブームらしいからそのつもりでいてくれ。言うて、漏らすのはしっこだけやけどな。取り換えてやるときは甘々で優しくやってやるとスゲェ喜ぶで』


 なんてニッチでコアなプレイを……。はあ、まあいいです。

 魔王パテク・フィリップ三世は、たとえ元世界に帰っても婚姻届けを持って追いかけてきそうなのでこっちにいる間に解決しようかと。


 オーディマーちゃんは、単純にお友達になればいいのですよね。

 残りの二人は、いわゆる構ってちゃんでしょう?


『幼女だらけでサイコーやな! なぜか全員ちんちんつけてるけど!』


 なんとなくだけど、簡単には元世界へ帰れない予感があった。


 その正体がこれか……。


 ため息が出る。だけど、前もって予測していた分ショックは意外と少ない。

 僕は半放心状態のグナエウス王の耳元にそっと語りかける。


「王陛下。これから僕は二人の魔王と二柱の悪神を引き取ります。なのでどうか心安んじて治世をまっとうしてください。黒の聖女として、契約を履行します。もちろん契約とは『魔王と、その軍勢をどうにかする』です。行き先は、北の魔王国となるでしょうね。なるべく荒事は起こさないつもりでいますが、力こそパワーなお国柄なので、いくらかは殴り飛ばす出来事も起きるでしょう。そちらへは天変地異の影響を及ぼさないよう注意します。ああ、そうでした。もし魔国より友好の使節団がやってきたら、それは僕の策なので受け入れてください。互いに利を得られるはずです」


「ああ、うむ。わかりました……黒の聖女様のおっしゃる通りに……」


「オクタビア王妃殿下、クローディア王女殿下」

「「はい……」」


「王妃殿下には、この一ヶ月の間に欲しがっていた例のレシピと参考用の現物をお渡ししておきましょう。ええ、お察しの通り。シャンプーとコンディショナー、トリートメントです。他はともかく、本来ならこれは出すべきではない代物。僕はこれら石鹸の類、化粧品の類にはわざと触れないようにしていました。なぜならこれらは本来美の神ウェヌスがあなた方に下賜するべきもので、下手をすればこの国が奉じる神を軽んじる行為になりかねないためです。念をため、使用前に神殿を通して美神にお伺いを立てることをお勧めしますよ。それはともかくとして、髪は女の命です。シャンプーで汚れを落とし、コンディショナーでキューティクルの滑りを良くする。そしてトリートメントは髪質を補修する。主原料にオリーブオイルを使った、天然素材由来の頭髪用液体石鹸です。これを使えば、誰もが羨望を禁じ得ない、美しい髪を得るでしょう。使用法を良く守り、有用に使ってください。さあ、どうぞ」


「あ、ありがとうございます……聖女レオナ様……」


「次にクローディア王女殿下。あなたと僕は、どこかとても深い部分で繋がっているような、他人とは思えない部分を感じます。なので、この数学の問題集を差し上げましょう。うふふ、意味が分からない? もしかしたら、ある日突然分かる日が来るかもしれませんよ。話は変わって、昨日まであなたに叩き込んだ礼儀作法は、嫁いだ先の帝国でも及びもつかないほど洗練された最高の作法となるでしょう。これだけでもあなたは情報の発信源としてかの帝国で軽んじられることはないと確信できます。あなたの婚儀には出席できませんが、あなたの幸せは心から願っていますよ」


「ありがとう、聖女レオナ様……」


 僕はレシピや参考品、数学の問題集を彼女らに手渡した。

 そうして魔王と悪神たちと向かい合う。


「場所を変えましょうか。今から、北の魔国へと向かおうかと思います」

「えっ、アタシと結婚してくれるのっ? やったぁ!」


「いいえ。ほら、よく言うでしょう。まずはお友達から、と」

「う、うん。そうね、そうだよねっ。それでいつかは既成事実込々で結婚よね!」


「トモダチッ、トモダチーッ」

「オーディマーちゃんも来るよね? 僕とオトモダチになりましょうね」

「うんっ。トモダチヒャクニンできるかなーっ?」


「「わたしたちも、ついていくからねっ」」


「ええ、おいでなさい。僕に害意を持たないならね。構って欲しいのでしょう?」


 僕は腕の中に抱かれるアカツキとアヴローラに話しかける。


「元世界に帰るのはまだ無理みたいです。ところで、今日のお昼は何が食べたいですか? たくさん作って、たくさん食べましょうね」


「にゃあっ、えっとね、うんとね!」

「あ、あのね、そのね」


「なんでもリクエストしてくださいね」


「「お子様ランチ、いっぱいいっぱい、食べたいっ」」

「はい、ではそうしましょうね」


 僕は召喚陣から降りて、幼女たち六人を連れて謁見の間から去っていく。

 アカツキに頼んで木星大王を呼ぶ。


 そうして全員で乗り込む。パイロットルームはバージョン一・二八五である。


 座席は車で言うベンチシートの変形で、僕を中心にまずパイロット権限で膝上にアカツキが座り、左に北の魔王パテク・フィリップ三世、右に西の魔王オーディマー・ピゲルクがしっかりと左右の僕の腕を取って自らの腕に絡めてくる。


 強烈なのがアヴローラで、本来ならば奥ゆかしい性格のはずなのに今回に限っては自重をせず、僕の背中とシートの間に身体をねじ込んで背後からみっしり密着という幼女包囲網が出来上がっていた。今、肩口に鼻をつけて体臭を嗅がれてます。


 なお、イカズチとイナズマは予想外におとなしく、後部座席にちょこんと座っている――かと思ったらおしっこを漏らしたのでオムツを取り変えて欲しいとのこと。


 たしか甘々で変えてやると喜ぶとか言っていたので、やけくそで赤ちゃん言葉を耳に囁きながらその通りにしてやった。シッカロールも忘れずにパフパフである。これがまたツボにはまったのか異常に悦ぶのだった。僕=バブ美の爆誕である。


 見た目は幼女。でも、全員おちんちんがついている。


 アカツキも、アヴローラも、魔王 (冥王)オーディマーも、魔王パテクも性別変更できるので枠の内、そしてイナヅマとイカヅチも。


 わぁい。ビバ、ツイ☆テル。


「ごーごー、なのっ。がしゃこーん、ういぃぃぃぃん、どどどどぉーっ」

「ごーごー、です。がしゃこーん、ういぃぃぃぃん、どどどどぉー」


 アカツキとアヴローラの操縦擬音であるらしい。


「ね、ねえ。レオナちゃん。この子、この二本の操縦桿だけでどうやって操縦しているの? ピッチも、フットペダルもないし……」

「これを作ったのは僕ですが、その辺は深く考えちゃダメみたいですよ?」


 魔王パテク――以降、姿からパテクちゃんと呼称しようか。彼女がおっかなびっくりで僕に尋ねてきた。ちなみにしっかりと腕を組んで身を寄せてきている。


「えぇ……アタシってばこんな昭和なテキトーロボにボコられたわけ……?」

「うわぁー、格好いいーっ。ボクも欲しいなぁーっ。火星大王とかーっ」


「「レオナがしてくれるオムツ交換、なんだか病みつきになりそう……。だって、物凄く優しいもん。愛されてるって感じ。ねえねえ、お母さんって呼んでいい?」」


 六人の、おちんちんのついた幼女たちの反応はそれぞれ特徴的だ。


 遊びの延長で操縦する子。本当に、二本の操縦桿でどうやっているのだか。

 それをなんとなく真似している子。とっても無邪気。

 なぜかビビっている子。その割にしっかりと僕と腕を組んで甘えている。

 このロボの二台目を欲しがる子。うん、欲しくなる気持ち、わかる。

 さすがにお母さんはやめて。というか虹彩がハートマークなのは、なぜ?


 もはや、わやくちゃである。


 そんな中、木星大王はアカツキの操縦の元――、

 ゆっくりと、上昇を始めた。


 目指すは、北の魔国。

 とりあえずはこの国を出て行かないと色々とマズい状況だった。


 これからどうなるか、それは、神のみぞ知る。

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