第118話 エンディング 黒の聖女様はクセモノ聖女 その1


 先日の魔王パテク・フィリップ三世とその三百万の軍勢騒ぎより一ヶ月。


 あれから盛大な式典を国を上げて行なった。

 イプシロン王国逆襲戦に赴いた兵士も含む全軍に勲章と金銭的褒賞、そして絶大な名誉と栄誉をグナエウス王の主催で与えられていた。


 勲章は、十万勇士勲章と名付けられた。


 御記憶にある通り、この勲章には僕の祝福が込められていて、もっとも強化されるのは健康の維持だった。


 何せ支給した強化装備の力の根源は、装備者にあった。つまり僅かながらも寿命を削るということ。十年装備すれば、一年は余分に寿命を削る換算となる。


 えぇーっ、と思われるかもしれない。しかし少し考えてみて欲しい。


 歩きの速度で、四十キロ、出ちゃうのである。しかも一般成人男性の十倍の力を振るえる。これがどれほど無茶なものかは想像に難くないかと思う。半端なチーター転生者なんて一撃でぶち殺しますよ。ええ、死ねばいいですよ、転生者!


 僕はラノベのチーター転生者が元々から大嫌いでした。だってそうでしょう、ラノベ読者が努力なしで最強になりたいクソ願望を文章で形にしているんですよ?


 力を得たいなら努力しろ。努力しても目標には達せないこともままあるが。


 話の導入以外は苦労も挫折もなく、力で圧してハーレムとか。コウタロウ氏? あの人、多分見えないところで物凄い努力と苦労をしていると思うのですよ。


 何度も死にかけたり、それこそ血反吐を吐くような。それでいて飄々としている。大体、チートと最強武器で俺つぇーとか、普通の神経では恥ずかしくて口にできません。あれは現状の自分を理解した上で、わざと茶化していますから。


 それは、ともかく。


 この世界の平均余命は神々の加護もあり元世界のギリシア・ローマ時代よりは幾分マシではあるが、それでも三十路前後なのだった。


 これは乳幼児の死亡率の高さがネックになっていた。

 僕たちの世界でもかつては『わらべ七つまで神のもの』と呼び、幼児の死亡率の高さをひた伺わせる言葉が残っている。


 なのでこれを除外し、仮に六歳くらいからの余命平均を取ると、四十路前後まで延びる。もちろん元世界基準で言えば余命の短さに驚愕を覚えるだろう。


 というのも医療の発展は未満世界であり、しかも食事事情がこれまた栄養のバランスなど考慮しない――またはできる状況下ではないがゆえに、この世界では五十路にもなれば完全に老境、いつ死んでもおかしくない歳月となるのだった。


 もちろん、医療や神殿の治癒士に多く頼める王侯貴族となれば場合も違ってくる。ルキナ王女……ああ……あなたはなぜ王女……。すみません未だ想いを引きずっています。初恋ですし。別に良いよね、男の娘が男の子を好きになっても。


 とにかく、の補佐をするホメーロス将軍などは還暦に至っているが、あれは神々より与えられた祝福に依る部分が大きいのだった。


 ちなみに将軍のギックリ腰はすぐに治しておいた。なのでそこに勲章の祝福効果で健康を増進し、寿命は削れてはいれど健康が結果的に寿命を延ばす、という算段を取っていた。騙し討ちみたいではあれど、効果は保証できる。


 そうして、一週間にわたる祝賀の後、グナエウス王は万の兵と護衛対象の避難市民を伴って北方へと向かって行った。


 今回の魔王騒ぎは、最後まで王家が面倒を見る。

 そういう方針であるらしい。


 果断王にして英雄王と絶賛讃えられているグナエウス王の民からの支持率は、うなぎ登りで留まるところを知らない。


 ここまでが表の話で、これからは裏の話。表があれば、裏は必ずあるのだった。


 実は彼の出発前に、カスミが率いる斥候ゴーレム団によって大きくは二つの都市と、いくつかの中規模都市、多々ある農村などをすべて探らせていたのだった。


 結果、都市部は魔王軍に利用されないまま放置されていて、しかも盗賊団などの反社会的組織の根城にもまだなっていないことが分かった。


 日にちも経っていないし、さすがのアウトロー共も命は惜しいらしく、魔王軍の侵攻後に都市の略奪するような愚行はしなかったようだ。


 要するに、出発して市民を元の都市や街に返して、それで帰ってくるだけの安全で簡単なお仕事なのだった。


 もちろんこの手品のタネのような事実は、グナエウス王にだけ知らせてある。


 それでも国民の安全を第一に放棄させた都市を王自らが再び取り戻すという意味合いと、この国の王は如何に自分たち国民を大切に想っているかを行動で示すには抜群であり、偉大なるや、千年に一度あるやの名君と讃えられるのだった。


 すべて、計画通りである。


 どこかの死神ノートな、あの青年みたいな悪い顔になってしまいそうだ。


 それにしてもこの一ヶ月は――、

 魔王軍対策に奔走したあの十日間よりも忙しかった。


 先ほど述べたように、平均余命の低さは、乳幼児の死亡率の高さにある。


 それをなんとかするために、健康で元気な子どもの育て方マニュアルを書いて書いて書きまくった。わかりやすく、絵本みたいな形式にもしてみた。


 もううんざりするほど書いたので、概要ですら記するのは遠慮させてもらおう。

 ――ああでも、少しだけ書こう。


 小児の内にかかっておくべき病気への対処法と、運悪く大人になるまで罹患しなかった人々への予防法をまとめた項目がある。


 すなわち、はしか、水疱瘡、風疹、おたふくかぜの四つ。


 残念ながら別途の、小児麻痺予防不活化ポリオワクチン、結核予防のBCGの精製はこの世界の医療技術では精製不可能なので感染予防法と症状を書くに留めた。


 元世界でも古代エジプト時代から度々流行していたこの病気を放置するのは心苦しいが、治療能力者の神がかりなチートによって症状の緩和や完治もできるそうなのでそちらに頼ってもらいたい。もしくは科学研究を重ねて世界の医療を発展させて欲しい。僕がいれば祝福の力で治せるけれど、じき僕は、この世界を去る。


 他に書いたものと言えば料理の類か。


 少なくとも千のレシピを書きまくったとだけ、記しておく。


 元世界の帝国ホテル料理長レシピと、グレードを下げたファミリーレストランレベルのレシピ、あとは自衛隊伝統の無闇に美味しい自衛官 (主に海自)飯レシピ、材料と調理器具は自分で集めて研究して、是非とも作って頂きたい。


 食事の不味い文明は程度の低い文明である。


 曰く、メシマズ国家は国に非ず。虚国だ。どの国かは言わないが、不味いフィッシュアンドチップスを祖父・父・子と三代に渡って脳死したまま伝えるくらいなら少しは改良しろ。栄養失調で殺す気か。日本の食事を見習え。


 多少の私怨が入ったが、不味過ぎてキラキラしたものを吐いた経験があるので許して頂きたい。あんな呑み込むことにすら全努力を要する邪悪などなくていい。


 そして一番忙しい原因となったのが、クローディア王女の花嫁修業だった。


 なんと、僕が王都を離れている間、彼女は母親たるオクタビア王妃と勇者召喚により異世界転移をしていたという。


 そして恐るべきことに、転移先の帝国皇帝を弑逆しいぎゃくして皇弟を帝位につけたという。勇者と言えば魔王なのにどういうことかと思ったら、勇者を軍事利用するために召喚されていたのだという。なので、不遜の輩を排除したとのこと。


 僕のあずかり知らぬ別世界の皇帝の末路など本当にどうにもならないので放置するとして、次代皇帝となった皇弟 (ややこしい)と、クローディア王女との婚儀を進めるとのことだった。国際婚がエクストリーム化すると異世界婚になるらしい。


 まずは、その異世界とのゲートを結ぶところから。

 もしかしたらこの手記を読む人がおられれば、こう思うかもしれない。


 世界と世界をゲートで結べるなら、自分が元いた世界にもゲートを張れるのではないか。それなら、わざわざ人に頼らずとも独力で元世界に帰れるのではないか。


 その通りでございます。イグザクトリィ。


 ただ、桐生一族は、悪魔よりも真摯に約束事を守る一族でもあった。


 交わした契約は完了を見るまで――、

 どれほど望郷の念に苛まれても、決して帰れない。


 それも、もう少しで完了を見る。早くおうちに帰りたい。

 お姉ちゃんたちに会いたい。抱きついてキスしたい。甘えたい。

 一緒にお風呂に入りたい。そして、眠りたい。


 気持ち悪い? キラキラしたものが口から噴出?

 でも見た目は少女にしか見えないので、たぶん違和感はないですよ。


 シスコンでもいいじゃない。

 だって人間だもの。……みつを。ではなくて、レオナ。


 それで最近よくお世話になる賢者の石をエネルギー源に、ゲートを一つ作り上げたのだった。僕はこれをコッソリ『どこでもドア』と名付けていたりする。


 量子テレポーテーションは、同じ情報を持った存在性の多重化という危険を孕むため、重力による空間歪曲と接続を、いわゆるSF作品に出てくる出てくるワームホールで世界と世界を繋いだのだった。それと忘れてはならないのが、検疫とワクチン。


 門を繋げば、次は視察である。


 くだんのクローディア王女とオクタビア王妃、見た目は双子みたいな幼女母娘は帝国にクーデターをもたらし、皇弟を帝位に据え、その後は新皇帝にまつろわぬ貴族どもを帝国の安定清浄化のためという大義の元にすべて誅殺していた。


 なんと、帝室の刷新から始まる一連の事案から政局の安定まで、たったの二ケ月で終わらせたという。


 それもこれも恋と愛の力なのだそう。恋する乙女は強いということか。


 そうしてクローディア王女は、新皇帝アルベルトに自らとの婚姻を求めた。


 もちろん正室として。

 数えで十歳、実年齢で九歳の女の子がである。


 お相手のアルベルトは二十代後半。親子ほど歳が離れている。


 もちろん、誰かを好きになるという素敵な感情に性別や年齢など関係ないのだが、親子ほどの年齢差結婚は凄まじい思う。幼妻という次元を超えている。


 まあ最終的に、歳の差問題は皇帝を若返らせてショタ×ロリという幼夫婦を作るとして、ここで重要になるのはクローディア王女の花嫁修業となろう。


 僕の視察したところ、かの異世界はどうやら元世界で言うところの十五世紀から十六世紀辺りの欧州ルネッサンス期辺りだと知れた。簡単に言えばナーロッパ――なろうテンプレの中世ヨーロッパ風世界。いえ、バカにしてはいませんよ。


 あの華やいだ時代とサン・ダイアル世界の文明とでは、千五百年の差が。


 国家を跨ぐ婚姻は、政治上最大の配慮を要する。各国が持つ文明の格差は、ときに差別感情の温床になりかねない。

 例えるならかぐや姫みたいに単に天の月に住んでいただけで傍若無人な良くない態度を募らせるようになっては、その後の結末も宜しくなくなるというものだ。


 月から見上げれば、地球こそ蒼の天上世界である。つまるところ無意味で害悪な互いの感情のせめぎ合いなどいらないのだった。これは早急に何とかしないと。


 相手国に舐められてはいけないし、逆に相手国を舐めてもいけない。

 それは、戦争の火種となる。


 なのでクローディア王女を中心に、オリエントスターク王国における礼儀作法に手を加えることにした。


 文明差はあれど、身のふりが洗練されていれば見栄えはするものだった。

 僕が幼少時より叩き込まれた礼儀作法を、最悪でもある程度はこなせるよう指導をする。歩き方一つ違うだけで纏う気品に変化が出る。ちょっとした行為なのだ。


 しかしこれが、分かってはいたけれど大変で。

 なぜかオクタビア王妃まで混ざってきてさらに大変で。正直、頭を抱えた。


 立ち振る舞いはこのサン・ダイアル星に存在する王国の王族としては十分ではあれど、対外的に、僕の目からすれば未熟で荒過ぎるのだった。


 そういえばこの国の食事ルールをご記憶だろうか。


 あれを正すのには、予想外に手間取った。

 オリエントスターク王国での食事のルールは非常に簡明で――、


『大皿から一度手に取った食べ物は、再びその大皿に戻してはならない』


これ一つだけだった。


 まあ確かに大事ですけれどね。マナー以前に衛生的にも。

 取って口につけた物を戻してはならないのは。


 あとは食中のゲップを推奨していたり、放屁は我慢してはいけないとか、親しい中では寝椅子で食べる文化があったり。


 文化は尊重しなければならない。

 だが、しかし。

 他者に不快感を与えかねないものには徹底的に修正を。


 クローディア王女とオクタビア王妃は二ヶ月間の異世界生活で、ナイフとフォークとスプーンの使い方はそこそこ覚えたという。


 しかし彼女らの滞在中は政争の真っ只中。粛清に粛清を重ねる内戦の坩堝。

 落ち着いて食べる機会には恵まれなかったのだった。


 前皇帝も強欲ではあれど決してバカではなかったらしく、有力貴族としっかり良い関係を作っていた。そこにクーデター勃発させたのだから混乱も深かろう。

 ただ、それをたったの二ヶ月で解決に持ち込んだというのだから恐ろしい。どれだけ話し合い (物理)を繰り広げたのだろうか。


 そんな中で食事をするのは、敵対貴族の暗殺を最大限警戒しながらの、いわゆる戦場食となった。宮殿内であっても、これを食べるのだ。

 代表的なものとしてカチカチの平パンに瓶詰の保存食、温めたスープが主食となる。ただ、クローディア王女曰く、味自体は悪くなかったとのこと。


 しかしそれがゆえに、帝国流のテーブルマナーを学ぶ間がなかった。


 当の帝国の政局を安定させて後の祝賀パーティは立食だったという。

 これにもある程度の作法が当然存在するのだが、食事の取り寄せから後始末まですべて侍女らが補助してくれたのだという。なるほど新皇帝アルベルトも、小さな女の子とはいえ英雄の彼女に気を使っている。


 僕は礼儀作法を彼女に、ビシバシと厳しく、ときに優しく甘く指導する。


 もちろんクローディア王女のやる気と才能も功を期した。一か月間で、歳行きに沿わないほど美しい所作で、数々の礼儀作法を身に着けるのに成功したのだった。


 オクタビア王妃は途中でついてこれなく――いや、執拗なほどの反復訓練で身体に叩き込むことに飽きたらしく、侍女らに命じて僕の作法を紙に記させ、黒の聖女様の礼儀作法書なるものを作り上げていた。


 たぶん今のクローディア王女は、元世界のやんごとなき方々の晩餐会でも過分なく出席ができると思われる。

 可能ならこの作法を王国中に広めれば言うことなしだが、こういう手合いはゆっくりとコトを進めないと仕損じるので、焦らずに広めていってもらいたい。


 あとは、婚儀とくれば、花嫁衣装だろう。


 今日まで気づかなかったことに、おぞましくも既に用意されていた僕用の純白花嫁衣裳を参考資料に渡しておいた。


 するとクローディア王女は、ぜひ僕に着てみせて欲しいと願うのだった。


 正直、羞恥で身悶えしそうだったが未来の皇帝の花嫁たる彼女のためと思い袖を通した。カスミのハァハァ具合が凄かった。過呼吸で倒れるんじゃないかと。


 そうして花嫁衣装を袖を通して僕が知ったのは、格式のある家柄を表わすヴェールが異様に長いことだった。少なくとも十メートルはありそう。長いと言われるマリアヴェールでも三メートルなのに。一体、僕は誰と結婚させられる予定なのか。


 兎にも角にも、アカツキにヴェールガールをやってもらうことにした。

 元々は誰のためのものか知るのが怖い、女児向けの純白ドレスを彼にも着せる。


 そこにカメラを構えたカスミにローライズ激写されてしまう。

 イゾルデが感激して涙を潤ましていた。そして無性にハァハァしていた。


 揃いの衣装に大興奮の様子だった。この人たち、ホント、ブレないなぁ。

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