第116話 十七歳の心模様 vs 三千三百歳の焦る心模様 その5


 ここまではすべて本当を語った。この先からは、ほぼ、嘘となる。


 ごく一部の本当と大部分の嘘は、この手記をここまで読んできた奇特な人がいるならば、すぐにわかるはず。割合ですか? 本当と嘘が『一対百』くらい?


 大衆は、小さな嘘よりも、大きな嘘の犠牲になりやすい。

 とりわけそれがなんども繰り返されたならば。

 ――某第三帝国総統閣下の名言集より。


 意訳すると、こういうことだった。

 小さな嘘はすぐにバレるが、国家レベルの嘘を声高に叫ぶとそれは真実になる。


「この戦いで絶対に必要なものがある。それは、そなたらの『士気溢れる声援』である! 勇者タカムラ・コウタロウ殿の魔力弾発射武器を見ただろう。あの武器を、黒の聖女様は一万のゴーレム軍団にすべて配備なされた。だが三百万の魔王軍を相手にするには、ゴーレム軍団が内包する魔力量だけではとても足りぬ! 今一度、外壁に投射された光景を見よ! 魔王軍の大軍勢。まるで山脈が押し寄せてくるようではないか! そう、われは強く求める! 必要なのだ、そなたらの声援が! 勇敢な者たちの、高められた士気が、われらに力を与える! 黒の聖女様は、士気を魔力を変換する機構を作られた! そなたらは、単にそこで眺めているのではない! そなたらもわれと共に戦うのだ! その声援が、力となる! 今こそ、一丸となれッ!」


 概要。

 三百万の魔王の大軍勢を銃火器で撃って撃って撃ちまくる。

 だけどさすがにあの数ではエネルギーが足りない。

 聖女によって、声援・応援による魔力変換システムが組み込まれた。

 ついては十万の兵士諸君。山のような敵を屠るために盛大な応援をよろしく。


 こんな感じ。


 もちろん嘘である。嘘つきぃ、なのである。

 本気になれば宇宙ですら食い破ってやろうものを、それでエネルギー不足などそもそもが有り得ないわけで。しかしコトの大小など只人ただひとに理解出来ようもなく。


 とはいえ、迎撃からの逆襲に息巻くグナエウス王のテンションアップには、兵たちの声は必要だろう。なんであれ、人から応援されると調子も上がろうもの。


 煽られた十万の兵士たちの士気はうなぎ登りだった。熱狂、ともいえた。三百メートル上空にいてさえ、押し寄せる津波のような熱い覇気が伝わってくる。


 コウタロウ氏の兵への鼓舞も大したものだが、さすがは一国の王たるグナエウス王は兵の心理を掴んで離さない。少し前までの取り乱したあの姿が悪い夢のよう。


 なるほど自分自身ですら酔わせているのか。

 この麻薬的熱狂の中心に、黒幕の僕が、いるのだった。


「魔王パテク・フィリップ三世が三百万の軍勢。まるで雲霞うんかの如く。中心部に旗艦と思しき天空城。距離、約四ミーリア (六・四キロ)。王陛下、目の前の器具を。はい、それです。その照準器に顔を当てて棒状のトリガーを手に持ってください。まだ安全装置は外していませんので、手に握りやすいよう調整してくださって結構です」


「うむ!」


 これも事前に説明済みである。

 魔力弾を出さない状態で簡単に射撃練習も済ませる。

 あとは習うより慣れろ、なのだった。


 グナエウス王は上部から降りてきたハーフマスク風の照準器に顔を当てた。内部は光像式照準となっている。下からせり上がってくる棒状の射撃トリガーを彼は掴む。あえて無骨に、いかにも武器を握る感覚を受けるように作った。


「敵の進行自体はかなりゆっくりですね。あの速度なら、予想では確か四日後でしたか、確かにその辺りの日取りでこの王都と接敵となっていたでしょう。ふむふむ、なるほど。空間転移をしたと。こちらを圧倒する兵数と予想を裏切る侵攻で一気に討ち取るつもりだと。脳筋のくせに取ってきた戦術としては、わりとまともですね」


「しかしわれらには、黒の聖女様が、あなた様がおわします」


「高い評価をありがとうございます。ただ、僕としてはせっかく用意したというのもあって、王陛下が先頭になって率いる兵らの奮戦とその勝利が見たかったです」


「わしもそのつもりでおりました」


「ここだけの話ですが、ゴーレム兵を主体にちょっと陣形を弄れば、そのまま対魔王戦にもつれ込んでも防衛そのものは成るでしょう。ですがそれはあくまで理論で考えた話。やはり三十倍の数の差は厳しいです。呑まれるんですよ、数に、兵が」


「戦闘の基本はまず兵数を集めよ、ですな」


「ええ。陣地つきの十万のわが方の兵に対する、三十万の魔族ならまだしも、ね」


「ですが、黒の聖女様が先陣に出られた」


「力は提供しましょう。今、僕の身体を通して木星大王を中継に、一万のゴーレム兵団と魔法的な力場の接続をしています。あえて非効率な方式を採用し、分散と減衰と浪費を多用しました。魔力弾には自動追尾と対魔力防御徹甲を付与、被弾後には爆裂を。消費魔力量が半端ないですよ。並の術士では一発放つだけで魔力を完全枯渇させかねません。ともかくエネルギーを浪費減衰させる。そうでもしなければ、とても破壊になど僕の力を使えません。うっかり星を爆砕などしたくありませんからね。無駄に無駄を重ね、そうやってやっとのこと『破壊を創造する』なのですよ」


「この凶悪な布陣が、実は星への最大限の慈悲なのですな……」


 混沌のナイアルラトホテップや、その顕現体たるイヌセンパイがなぜにあんなにも回りくどい性格なのかが分かった気がする。


 力を込めると、対象がすぐに壊れる。

 なので、なるべく大回りをして無駄を作り、優しく、狂気へ誘う。


 かのライデンコンビも、文明崩壊を楽しむのに数百年かけて回りくどくコトに当たっていた。そうしないと、簡単に星が壊れてしまう。

 こう見るとある意味では残酷ではあれど慈悲深い神ともいえそうだ。そんな幼女神たちに、僕は説教して失禁させて、幼児用オムツを履かせたのだが。


 子どもにオムツを履かせたい妙な性癖に目覚めそうなので、さっさと次へ。


「さあ、そろそろやりますか。王陛下、号令を」

「うむ。では、征きますぞ!」


 ――後日、兵達は語る。それはまるで、台風だったと。

 風速が悪夢を越えた何かの、まさに横殴りの突風と甚大なる豪雨。


 まさかこれを、たった一人の人間を介して展開されているとは、事情を知る者でさえ目を疑いたくなるだろう。


 グナエウス王はSAN値を削りながら、裂帛の気合で敵軍を撃ち続けた。


 声援を送る十万の兵らは映像を見てしばし唖然とした。

 なんだ、この、地獄はと。


「声援を送れ! 今の、この軍には、それが必要だ!」


 コウタロウ氏が、どこぞの有名漫画の名言をもじった叱咤を兵らにかける。


 その彼も驚愕に満ち満ちた表情をしていた。

 が、さすがは選ばれし勇者。度胸と根性と対SAN値対策は万全だった。


 彼もミニガン式黄昏銃クラウソラスを、撃って撃ちまくる。


 兵ら、ハッとしてわれに返る。

 彼らが次にしたのは何か。

 歌い出したのだ。

 自らの行軍歌を。

 ガンパレード、ガンパレード、ガンパレード。


 あるいはそれは――、

 身体の芯の部分からにじみ出る恐怖を打ち消すためだったのかもしれない。


 一丸となって、歌う。喉まで出かける、あるひと言を無理やりねじ伏せる。


 すなわち、これはもはや戦争ではないと。


 虐殺。


 殲滅。


 鏖殺。

 

 あまりにも一方的過ぎる攻撃。あるいは惨劇。転じて、まるで喜劇。

 この世のあらゆるすべてを、死の世界へと吹き飛ばすような。


 兵士らは肩を組み、試合後のノーサイドラガーマンの如く歌う。


 ある兵士は知らぬ間に失禁していた。自らが作った水たまりに絶句する。

 ある兵は異様な高揚感に包まれて勃起し、下着の中に凄まじい射精をした。


 ある兵は恋仲の男性兵と、東端国境都市へ異動しようと唐突に心に決めた。

 ある兵はアリスコンプレックスを突如発症した。クローディア王女、萌え。


 ある兵は聖女キリウ・レオナが連れるエルフ幼女をぺろぺろしたいと願った。

 ある兵はしばらくご無沙汰だった嫁さんと無性にセックスしたいと思った。

 ある兵は、戦争が終わったら結婚以下略と今更になって死亡フラグを立てた。


 いずれ生命の危機を感じての、それぞれの想いだった。

 特に下ネタ系統が多いのは死に直面した人間が自己の子孫を残すべくの、ある種の本能的反応に他ならない。


 そうしてパテク・フィリップ三世が率いる三百万の軍勢は――、

 一体、どうなっているか。


 射的の的である。


 ゴーレム兵団『アヴローラ』が構えるのは二十ミリ航空機関砲を改造し、携行可能にしたような化物砲だった。

 余談だが、バルカン砲のバルカンとは、ギリシャ神話に登場する火の神にちなまれている。なんとまあ、過激なネーミングだことで。


 アヴローラ達の持つ火器は、かろうじて人間にも扱えるようカスタマイズしたコウタロウ氏のそれとは段違いの威力を誇る。


 一発で高性能爆薬百キロ相当の衝撃と爆裂を加える。

 それを毎分三千発撃ち込む。叩き込むのだ!


 一万体のアヴローラたちが、撃って撃って、狂ったように撃ちまくる。


 ここで数行の余談を挟む。


 コウタロウ氏の銃撃とアヴローラの砲撃、実は、見た目はコウタロウ氏の攻撃の方が派手に見えるようにしているのだった。


 アヴローラの魔力弾は青。氏の魔力弾は、目に映える赤に設定した。

 爆裂も幻影を混ぜて、アヴローラの砲撃の十倍は激しく見せかけている。


 だが、それだけだ。


 氏の真の役割は敵を撃つことではない。わが方の兵らの士気を鼓舞すること、だった。その上で魔王戦に参加という実績を加算する。互いに、讃え合う。


 グナエウス王の切なる願いを叶える。コウタロウ氏からの打診も同郷のよしみで叶えてやる。その他の陳情も可能な限り叶えてやる。


 しかして後の責任は、僕は一切取らない。


 与えられるメリットとデメリットは自分で落とし前である。まったく、この王国の白と黒の聖女伝説は厄介だ。しかしそれが僕に課せられた制約となっている。


 お仕事は、スマートかつクレバーに行ないたいものだ。


 愚痴はここまでにして本題に立ち戻る。


 さて、攻撃に関して言えば、もっとも無慈悲かつそれでいて慈悲深いのは、がぜん木星大王の超速バルカン砲撃となろう。


 グナエウス王が浮遊する天空城に向けて狙いを定め、トリガーを引く。


 六気筒のバイクを数百台並べ、全力で吹かしたような爆音振動がビシビシ伝わってくる。ああ、なんて心地よいサウンドなのか。


 弾頭はなんと百二十ミリ。

 百メートル超えのアカツキ専用ロボである。

 これくらいでないとフォルムバランスが取れない。構えるバルカン砲、轟々と火を噴く。六基回転式砲身が唸りを上げる。ぶぉんぶぉんなのである。


「こ、これは……っ、かっ、かっ、かい……っ、快ッ感ですなぁ……っ」

「お気に召されて何よりです」


「ごごごごぉーっ。ばばばばばーんっ。にゃははっ。魔王軍は滅茶苦茶にゃあっ」

「ぜーんぶ、やっちゃいましょうね」


「よぉしッ、これまでわしの頭を悩ませてきた、憎いアイツを撃ち落とす!」

「たーのしーっ」


「うふふ。お二人とも士気が高くて何よりですね」


 事実、パテク・フィリップ三世が率いる三百万の軍勢は、ボンボンバラバラドカンドカンとみるみるうちに撃破されていく。


 射的の的、と先ほど書いた通りである。


 もっとも、たとえ自動追尾機能はついていたとして魔王軍もただ悪戯に魔力砲撃の前に兵数を損耗させるわけではなかった。

 意味はないにしろきちんと結界を張ってみたり、はたまた、ちょっと思いつかない画期的な防御で躱してきたりと意外な抵抗を見せてくるのだ。


 魔術なのか魔法なのか、デコイを作ってダメージの肩代わりをさせるだなんてなかなか思いつかない。トランスファーペイン、か。いつか僕も真似してみよう。


「あっはっはっはっ。どこへ行こうというのかねっ?」

「なんだろう、どこかで聞いたような……」

「見よ、魔族がゴミのようだ!」


 トリガーハッピーで脳内麻薬が満ちたのか、グナエウス王がどこかの天空の城の特務大佐のようなセリフを口走り出した。

 ううむ、ここは一つ、ラピュタの雷っぽい何かでも落とすべきだろうか。さじ加減を間違えたらこの星が漏れなく爆発四散サヨナラとなってしまうが。


 と、そのとき。


『こらぁーっ! 人間どもぉーっ! 飛び道具とは卑怯だぞぉーっ! ここは尋常にがっぷり組み合って殴り合うところだろうがぁーっ! 撃つのやめろぉーっ!』


「……女の人の声? 誰? われを忘れて地が出てしまったというか」


「にゃははははっ。たぶん魔王パテクちゃん (三千三百歳)だと思うにゃあっ」

「そっかぁー。王陛下、魔王パテクが滅茶苦茶キレてます」


「ふはははははっ。わしなんて、既にキレてキレてキレまくっとりますぞぉっ!」

「ですよねー」


「黒の聖女様、そ奴はどの辺りですかなっ? 蜂の巣にしてくれましょうっ!」

「えっとですね……あ、これはマズいかも。目が合ってしまった気がする」


 カメラの一つを拡大すると、魔王の依拠なのだろう天空城の尖塔の一つに、やたらと大きな魔力の塊を発見した。


 あら怖い。目が合っただけで逆レされそう。ついでに妊娠させられそう。


 それは、額に三本の角の生やした、怒り心頭の鬼女だった。

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