第115話 十七歳の心模様 vs 三千三百歳の焦る心模様 その4


 話が少しばかりズレるけれども、ぜひ書かせて欲しい。

 劇場観客参加型のショーと言えば、代表的には何を連想するだろうか。


 例えば、僕が思いつくのは――。

 千葉県にある東京黒ネズミランドのショーなどはこの傾向が強いと思う。


 だって、そのほうが観客としては、物語との一体感が得られて楽しいから。


 そういえば幼いころ、台風が来ているのに話題の黒ネズミランドに遊びに行った折、来場客がほとんどなくて貸し切りみたいになっていたことがあった。


 まあそれはそれで快適なので、来場者の少なさに文句はない。ともあれ、そんな中で大人数を想定したショーを見に行くと、観客が僕とお姉ちゃんたちの四人だけというある意味では珍事でありつつも台風ならではの出来事が起こったのだった。


 しかしショーに出てくるキャストのお姉さんたち、黒ネズミーな出演者たちは、何も構わず何も変わらず、あたかも大人数相手に行なうが如く楽しく演じ続けた。


 そのプロ意識には本当に圧倒され、心の底から尊敬する。


 ただ、さすがに劇中でさあ皆で歌ってスイングしようって言われても、観客は僕とお姉ちゃんたちの四人だけなので変な感じに困るのだった。

 しかしお姉ちゃんたちは超ノリノリでスイングをした。実はこの姉たち、心臓はビス止めで内部はケロシンでも循環しているのではなかろうか。どうしようもないので僕も半分やけっぱちでスイングしておいた。色々あったけど楽しかった。


 さて、ここまで書いて何が言いたいか。

 劇場観客参加型、三百万の魔王軍討伐作戦である。


 舞台は王都新外壁から先十ミーリアに至るまで。

 善玉は、もちろん僕を含むオリエントスターク王国。

 対する悪玉は、パテク・フィリップ三世率いる魔王軍三百万。

 観客は十万の兵たち。楽しんでいってもらいましょう。


 魔王軍三百万の軍勢には色々と思うところがあるが――、

 現状では、意味がないので問わない。


 主演、グナエウス・カサヴェテス・オリエントスターク国王。

 助演、聖女兼教皇キリウ・レオナ。愛し子兼チクタクマン、アカツキ。

 カスミとイゾルデは除外。使用人と守護聖霊は主人たる僕の付属扱いとなる。

 進行兼ナレーター、勇者タカムラ・コウタロウ。

 舞台、王都オリエントスターク。

 大道具、木星大王。ゴーレム兵団『アヴローラ』一万体。

 エキストラ兼観客。王都防衛の兵士の皆さん。


 高さ五十メートルで囲われた新外壁には、光を捻じ曲げて投影する超巨大スクリーンを設定する。魔道具のスピーカーを数台セットするのも忘れずに。

 集合が間に合おうが合うまいがお構いなしに、向こう正面には本来戦うはずだった十万の兵たちを整列させる。


 さて、さて!

 コウタロウ氏のほうも準備が整ったようだ。


 超巨大スクリーンに彼が大映しになる。

 おおおっ、と兵たちがどよめく。

 次の瞬間、ぎゅういいいいいいいんっ! という烈しいモーター音と共に天に向けてミニガンが乱射される。


 一分間に三千発もの魔力弾を射出する、天国に最も近い無痛ガンである。

 だだだ、ずどどど、などの生温い射撃音ではない。

 ヴォオオォオオオーッ!!!! という凄まじい多重射撃音に次いで爆裂が瞬時に数百発ほど遥か上空に展開されるのだった。


 脳内資料では実際のミニガンの射程距離は一キロ程度とある。

 といっても弾丸はバラ撒きなので命中性は加味されない。狙って討ち取る有効射程は三百メートルが良いところだろう。


 だが光剣クラウソラス改め、黄昏銃クラウソラスは、違う。


 このガトリンクガンが撃ち出す魔力弾に、射程距離の概念などない。

 そもそもエネルギー源となる賢者の石は混沌が形になったモノなのだ。似たような神具の一つに、輝けるトラペゾヘドロンがある。


 混沌とは、この宇宙の外にある、無限の真空を指す。そこには時空間などあってなきもの。宇宙の理たる十二次元の外なのである。


 なので射程距離の概念などない。

 重力の影響も受けない。

 狙ったところに真っ直ぐ、ばっきゅーん。


 ただそれだと、延々と飛び続けてブラックホールの特異点すら撃ち抜きかねないので、制限はつけてある。


 射程距離は約十キロ。

 これを越えると弾は自動的に高性能爆弾級の爆裂を起こす。


 安心してください。

 ちゃんと人間でも扱えるように、カスタマイズしておきましたよ。


「よぉしッ、てめえらッ! このクソデカ魔力投影版に注目しやがれッ!」


 瞬間、モニターを通してコウタロウ氏に約十万の兵らの視線が集中するのが分かる。ざわつきが消え、皆して上空から彼へとを顔を向き直していた。


 掴みは成功した、と考えていいのかな。


「俺は神聖セイコー帝国で勇者を務める、タカムラ・コウタロウだ! 家名がタカムラ、個人名がコウタロウ! 今回、勇者としての責務に加え、魔王パテク・フィリップ三世率いる魔王軍討伐に注力する聖女キリウ・レオナの義に拠りて、お前らと共に戦う! オリエントスターク王より、一部の指揮権も正式に与えられているぞ! さて、魔王パテクの軍勢は強大だ。なんとその数、三百万! まったくもって呆れた数だぜ! しかもヤツの目的が、婿探し! ふざけてるのかこのクソアマが!」


 ぎゅいいいいいいぃんっ! 再び黄昏銃クラウソラスがその銃身を回転させる。天に向けて魔力弾を乱射。遥か上空でボボボボボンッと連続で爆裂が起きる。


「おいおい、魔王さんよ。アンタほどの存在なら婿くらい自国で募集すりゃ引く手あまただろう! 酔狂が過ぎて笑えねえ! こちとら大・迷・惑じゃねーかよぉ!」


 煽ってる煽ってる。

 そうだそうだと兵らは口々にコウタロウ氏のげんに同意する。


「それにしても、てめえらオリエントスターク王国は大したもんだぜ。魔王側の、この王国への評価の高さが伺えるってもんだ。当初は三十万の軍勢のはずだったんだろう? 喜べ、兵たちよ! てめえらは魔王に恐れられたがゆえ、魔王は手勢を十倍に至らしめたのだ! その数三百万! 魔王のヤツ、ビビり過ぎだろうがよ!」


 うおおおおおおおおっ! と兵たちは応える。


「すなわち、てめえらは超強い!」


 うおおおおおおおおっ! さらに兵たちは応える。


「だが、いくら強くてもこっちの兵数は変わらねえ! 全部合わせて十万だ! いくら祝福された装備を携え、身体強化を施しても人間には限界ってモンがある! 兵数は、戦争におけるもっとも基本にして最強の力! そして人間の三百万とは違って魔族の三百万ってのは、ヤツらが持つ物理と魔力の強さの時点からしても色々と桁が違う! 三百万の魔王軍と相対すれば、呑まれて終わる! 拠点防衛は敵の三倍まではなんとか凌げる。しかし三十倍数の魔族となるとどうにもならん!」


 とたんにオーディエンスの兵たちは意気消沈してしまう。

 あななたち、素直ねぇ……その分、扱いやすいけど。


「ふははっ、わかっている。わかっているから心配するな! これから俺たちは勝つために戦うんだ! 防衛ではない。俺たちは、迎撃するのだ!」


 コウタロウ氏、本格的に激弁を飛ばし始める。


「旧イプシロン王国を知ってるな? かの国は以前より兵を集め、虎視眈々と機を計り、好機と見るやオリエントスターク王国の東端国境都市エストに宣戦布告も無しに攻め入った。が、オリエントスターク王国軍に文字通り全滅させられた! 攻め入った兵は一兵も残らなかった! 一兵も、だぞ! イプシロン側に騙されて従軍していた俺もさすがにヤバかった。コリャダメだと転移魔法であえなく撤退だぜ! そしててめえらの軍の逆襲が始まった! 四日後、どうなったか当然知っているよな! イプシロン王国はあっさりと滅び、オリエントスタークの新領土となった!」


 うおおおおおおおおっ! と兵たちは再び応えた。


「さぁて、てめえら! 劇場の封切はもうすぐだ! オリエントスターク王国の兵力強化、王都の防衛力強化、宣戦布告無き防衛戦、イプシロン逆襲戦、俺が知るだけでもこれらすべてにはある人物が深く関わっている! そう、この国の聖女伝説における四代目! 黒の聖女、キリウ・レオナ! ちなみに家名がキリウ、個人名がレオナだ。間違うなよ? 俺の名はともかく聖女殿の名を間違うのは不敬。……それで、現在、黒の聖女たるキリウ・レオナはオリエントスターク王と共にあそこにいる! おうよ、ずっと気になっていただろう! 空中に浮かぶ巨大ゴーレムを! 新外壁にはびっしりと整列した一万のゴーレム兵『アヴローラ』が迎撃戦を今や遅しと構えている! 映像をすべて展開! 一枚は外壁上の俺がいる場所! もう一枚は外壁の正面門からの視点! 最後はなぁんとっ、巨大ゴーレムからの視点だぁ!」


 ノリに乗って、コウタロウ氏は雄弁だ。兵らの心理を上手くまとめて行っている。


 ただ、一つ苦言を呈したい。

 僕を、あまり、目立たせるんじゃない。


 ここで英雄になってもらわねばならないのは、グナエウス王ただ一人。僕は協力者としての添え物で良い。聖女が戦争で英雄になる必要はない。


「あの、もしかすると的外れやもしれませぬが、これは大丈夫なのでしょうや?」


 木星大王のコクピットの中、グナエウス王から心配気な声がかかる。


「……と、おっしゃいますと?」


「がしゃんがしゃーん。うぃんういぃぃん、ごごぉーっ。にゃはっ、にゃははっ」


「いえ、アカツキ殿の、その、操縦と言いますか? なんでしょうな、こう……」

「あー。言わんとする意味合いはわかります」


「いやいや、決して……その、不安になっているわけではないのですぞ?」

「造ったのは僕ですが、この二本の操縦桿だけでどうやって動かしているのやら」


「にゃーっ。ぴぽーんぺぽーん、がっしゃんがっしゃん、ぶぉおおおおーっ」


「うふふ、なんとも楽しそう、ですよね?」

「おぅふ……」


 アカツキが操縦する木星大王のコクピット、バージョン1・12。単座席を広げて複座にして操縦と攻撃を二つに分けたスタイルになっている。


 チュィンチュィン、キンッキン……ッと極度に冷えた金属を鉄の串で叩くような駆動音の中、攻撃手座席の右側にはグナエウス王が座している。操縦手座席の左側にはアカツキと、彼を膝に乗せた僕が座っている。


 本当に、二本の操縦桿を前後反復させるだけでどうやって操縦しているのやら。


 現在、木星大王は上空千フィート (約三百メートル)付近で旋回を続けている。


「と、ところで。下ではなかなかの盛況ぶりのようですな」

「ええ。概ね予定通りではありますね」


「……何か、不備がおありで?」


「僕は用が済めば元世界に帰還します。去れば伝説が残るだけで、大半の名誉は行き所を失います。ならばどうするか。僕は裏方に徹し、誰かを盛り立てれば良い。そう、王陛下。この王国は、あなたの王国。陛下が英雄になって然るべき」


「確かにそうして頂くのは、こちらとしても大変ありがたいのですが……」

「黒の聖女は混沌を胸に抱く起死回生、でしょう? 白の聖女は戦いに赴く戦士であるため、必然と英雄となります。しかし僕はその役目ではない」


 本音を述べればしつこく書いた話、僕はこの世界に関心がないのだった。そんな人物が英雄などおこがましいではないか。


 ならば有用に使える人物に名誉を譲ってしまえば良い。


 そうして譲る対象がこの国の王であれば、考えうる最善の結果へと至るだろう。その後の治世など黄金の道筋で整えられているようなもの。

 諸外国であれ、三百万の魔王軍を退けた英雄王が治める国に戦争を持ちかけるなどと夢にも思わないだろう。ましてこの国は大国である。上手くすれば戦いを抜きにして属国が増えてもちっともおかしくなかった。


 僕は下界を映すコックピットモニターを確認する。

 コウタロウ氏のマイクアピールも宴もたけなわの様子だった。兵への士気の鼓舞など、少々荒っぽいくらいがちょうど良い。


「では、王陛下。ここからは陛下自らの士気鼓舞を。概要はこの木星大王に乗り込んで打ち合わせた内容を上手く組み立ててください。この国に、王陛下在りと!」

「うむ! そうしよう!」


 僕は今回の決戦を『劇場観客参加型魔王軍討伐作戦』と述べた。

 イヌセンパイはこういうヒントをくれた。


『力の扱いに困るのなら他人に使わせたらええねん。自ら力を振るわず、人を経由すれば自動的に力の損失が出る。創造は得意やろ? なら、破壊を創造するんや』


 破壊を創造。デストロイクリエイト。


 敵の死体を積み重ねては、山の頂点にて破壊を思う。

 悲鳴すら爆音にかき消される。


 その答えが、これ。

 僕はコウタロウ氏だけにわかる合図を送る。

 いち早く気づいた彼は、これまでヘッドマイクで好き勝手に兵たちを鼓舞していたのを翻し、傾注と叫んだ。


 とたん、一気に静まる十万の兵たち。彼らの練度は最高水準だ。


 グナエウス王、語る。


「――わが勇敢なる精鋭たちよ! われはグナエウス・カサヴェテス・オリエントスターク。偉大なるや、オリエントスターク王国の王である! 今、われは黒の聖女キリウ・レオナ様と共に上空に浮かぶ巨大ゴーレムにいる。魔王パテク・フィリップ三世が軍勢を迎え撃たんがために! 否、これも、逆襲でもある! 先に明言しようではないか! 此度の戦いはかつてない異色なものとなると! そなたたち勇敢なる兵は、今回は、剣を抜かない! だが戦う! 展開された巨大投影版の光景を見よ。われらの逆襲の準備は既に整っている。ただ一つを除いて!」


 グナエウス王はここで一度言葉を切り、大きく息を吸い込んだ。

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