第112話 十七歳の心模様 vs 三千三百歳の焦る心模様 その1


 なぜだか、やる気がちっとも起こりません。はぁーあ。どうしてだろう。


 寝椅子よりこんにちは。

 オリエントスターク王国のやべーやつ、キリウ・レオナでーす。


 昨日の夕刻、無事オリエントスターク王国王都まで戻りました。

 ノゾミ姉さんがどこからか手に入れてきた、史実ならば計画段階で中座されたはずの幻の六発型重爆撃機『富嶽』に乗機し、中身は近代化改装済み魔改造五十二型零式戦闘機十二機に護衛されつつ、四時間ほどかけて空路をひた飛んで。


 いきなり余談となりますが、離陸には副王都への直線往路を利用し、僕が作った幅百メートルの古代セメント路に不壊祝福をかけ、さらに森の精霊たるトレントたちにお願いして往路幅の二倍ほど、木々を一時的に撤退して貰いました。


 富嶽の全幅は六十五メートルもあり、これに護衛機が十二機つくためできるだけ広く路幅を取りたかったのです。


 なお、本来なら燃費向上のため離陸後に投棄される外輪は翼内に引き込むよう改造されていました。燃料は太平洋戦争当時の不純物混じりではなく、オクタン価の高い現代燃料を使用するのでエンジンの吹けからして燃費に問題がないためです。


 十二機の護衛機は富嶽を護衛しつつ綺麗な編隊を組みます。護衛の操縦士は、全員が同機体にかつて乗っていた英霊たちです。


 月月火水木金金と激しい訓練の果てに戦闘で空に散った彼ら。レイテ沖海戦後からの特攻で散った彼ら。護るのは本来なら有り得ないはずの超重爆機、富嶽。

 必要であれば、米国首都をも高高度爆撃が可能な、当時としては規格外の航続性能を持つ幻の機体。当然ながら、この超重爆に、英霊はいない。

 何せ、一基の試作エンジンしか作られていないなのだから。


 これらの機体を飛ばすための整備と富嶽の操縦などは、すべてアカツキの分体たちが担ってくれていました。


 オリエントスターク王都に着いたときにはそれはもう大騒ぎでした。

 ゴーレム軍団『アヴローラ』によって新外壁内側を突貫で整地させ、着陸用滑走路を整えます。夕刻には到着予定でしたが、念のため松明の誘導灯も配備させます。


 なのにそれがどうしてこうなったのか。


 古代龍が多数のワイバーンを連れて、空から王都を襲いつつあるなどと。

 魔道具でグナエウス王より通信を受けたときは思わず、えぇーっ、と素っ頓狂な声を上げてしまいました。

 事前にルキナ王女――ではなくてルキウス王子にお願いし、通信魔道具で王都にちゃんと連絡したはずなのに。

 

 要塞都市化した王都の新外壁の内側に着陸し、権能でタラップを作る。


 僕たちは堂々と機内より姿を見せ、出迎えというか戦闘態勢の軍団兵たちに軽く手を振る。そしてひと言。皆さーん、出迎えご苦労さまでーすっ!


 軍団兵たちは、えぇーっ? と絶句していました。


 そんなこんなの、てんやわんやで夜となり、朝となって今日に至ります。

 ついでに、ですます調は、ここまで。


「はぁ……」


 朝食はパン、野菜サラダ、フルーツ類、謎肉のソテー、山羊乳のチーズ、蜂蜜、灰の熱で調理した変則ゆで卵、ぶどう酒、果実のジュースだった。


「……なんだか、多くない? 種類ではなくて量が。これ絶対に多いよね?」

「いっぱいいっぱい、ぱくぱくなのっ」


 いつに増して頼もしいアカツキの返事ではある。


 テーブルには明らかに食べ切れない量の食事が用意されていて、軽く見積もっても二十人前はあるように思えた。


 特に小麦の平パンが酷いことになっていた。

 直径一メートルの大皿に、盛りに盛られて今にも崩れ落ちそうになっている。はて、今からパン屋でも始めるのか。


 まあ、残しても侍女らに下賜されるのでその辺りの心配は無用ではあるが。


 気を取り直し、例によって本日も少しだけ食事の改善を行なう。


 やる気はなくても腹は減る。

 そして食べるなら、少しでも美味しく食べたい。


 と、状況開始をした矢先にグナエウス王一家がやってきた。

 続いて、コウタロウ氏まで。


「おはようございます、黒の聖女様」

「おはようございます、王陛下、王妃殿下、王女殿下」


「レオナちゃんおはようさーん。あー、腹減ったー。朝メシ、食いに来たぞー」

「あ、はい。おはようございますコウタロウさん」


 そういうことか。

 いやいや、先に断りくらい入れなさいよね。

 僕は胸の奥で軽く苦情を述べる。


 どうやら僕の朝食は――、

 もういっそのことと、彼らの合同朝食の場になってしまったらしい。


 山盛りのパンの意味を知る。彼らは朝からモリモリ食べるつもりらしい。

 例の如く朝食を自分好みに改良するつもりだったが、多少の修正を加える。

 たしか前回は、ピザパンだったか、アレ? マーマレードだったっけ。

 まあいいや。とりあえず、主に量的な意味で上方修正を。


 考えていたのは別途でバター生地を練って小麦の平パンに丁寧に上塗りし、再度オーブンで焼いて食べるメロンパン風パンだった。

 これはすぐにできて、凄く美味しいのだ。皆さんにもおススメ。


 生地自体はバターと砂糖と薄力粉を練り合わせれば簡単に作れる。

 とはいえ、大量に作っておなか一杯に食べると、おぞましいほど爆弾カロリー摂取になるので気を付けたい。何せ基本はバターと砂糖である。


 用意された各寝椅子には既にルキウス王子を除くグナエウス王一家が。ちゃっかりとコウタロウ氏まで待機しているのが如何ともし難い。


 本当に、もう、この人たちは……。


 ともかく一キロのバターに六百グラムのグラニュー糖、九百グラムの薄力粉と香りつけのメロン果実抽出香料を適度に垂らして生地を練り、切り分けたパンにバターナイフで塗って塗って塗りまくる。

 見た目も大事なので、メロンパン風の格子目もナイフでスパスパ入れる。

 そうしてオーブンで生地面に焦げ目がつくくらいまで焼く。


 出来立ては柔らかくてジューシーな食感が。冷ましてからは、メロンパンそっくりのサクサク食感が存分に楽しめる。


 基本的に甘くて脂質が多くてカロリーの高い身体に悪い食べ物は、美味しい。


「「「「うまーいっ!」」」」


 アカツキを始め、グナエウス王一家にコウタロウ氏まで大ウケだったと書いておく。まさか大皿のパンが、すべて彼らの胃に収まるとは思いもしなかった。


 その後は軽くグナエウス王一家とコウタロウ氏を交えて歓談し、僕は今日一日は身体を休める旨を伝えて解散となった。

 借りている携帯ゲーム機のバッテリーが切れそうだとコウタロウ氏が申し出てきたので、替えのバッテリーと太陽光充電器も貸し出しておく。

 ゲームソフトもいくつか追加で渡して、さっさと部屋から追い出す。

 プライバシーを確保する――どうせこの部屋にあてがわれた侍女らが常に待機しているので、ほぼ意味はないけれども。


 そして僕は、寝椅子に、突っ伏す。


 はあ、とため息をつく。

 なーんだか、やーる気が、出ーないのよねー。


 アカツキが心配そうに僕の隣にちょこんと座った。

 うん、大丈夫。身体が辛いわけじゃないから。

 ちょっと気持ちが乗らないだけで。


 はしたないけれど、寝椅子の上で、器用にゴロゴロする。


 ところで。

 今日の僕とアカツキの衣服はベトナム民族服のアオザイである。


 満州族の正装であるチャイナドレスから派生した――、

 チャイナカラーと呼ばれる細身で腰骨近くまで深く切れ込んだスリットに足首にかかるほど丈の長い前合わせの白の立ち襟上衣である。これに直線的な白のクワンという長ズボンの組み合わせで構成する非常に優美な衣服だった。


 僕の中での民族衣装番付、堂々の一位。

 凄いのは、僅かでも太ると着れなくなるという点。


 ちなみに白は未婚女性の色で、青は日常着、黒は既婚女性という伝統的法則がある。高温多湿のため木綿製が多いが、僕とアカツキのそれは絹製。クワンなどは下着が透けて見えそうなほど薄い生地を使っている。


 正直、かなり、えっちぃ。


 男性用はゆったりと作られているが、女性用はとにかく体型を強調し美しく見せることにステータスを極振りしたような超ピーキーさがある。

 これに足元をハイヒールにすると、スタイルが一層映える。細い体型を保つことを風潮とするベトナム女性のための民族衣装である。


 まあ、衣服についてはこの辺で留めておこう。はぁーあ。


「重症ですね」

「ええ、重症です」


 守護聖霊のイゾルデとカスミがヒソヒソと話し合っている。この二人、趣向に共通点を多く持つためか、ちょっと珍しいほど気が合うらしかった。


「ねえ、二人とも。僕が重症って、どういう意味なの?」


 くるりと首を向けて、彼女らに問い質してみる。


 すると二人して互いに見合わせて、


「ルキウス王子は、実は奥ゆかしい女の子でした」

「うぐ」


「聖下、つまりそういうことですわ」

「うぐぐ」


「しかも当日はそれほどでもなかったのが――」

「日を跨いだりすると、変な感じに想いを引きずって悪化するという」

「あうう……」


 僕は寝椅子に顔を埋めた。


「あらら、沈没しちゃいました」

「しましたね。初々しくて、ハァハァしそうです。ハァハァ」

「確かに見てて妙な興奮を覚えますわぁ。身悶えする聖下、素敵……っ」


 そうなんだよねぇ。僕は胸の内で呟く。

 ルキウス王子は、本当は、実年齢十四歳の女の子だっただなんて。


「今となってはお気づきでしょう。レオナ様は、初恋をなさっていたのです」

「いいわぁ。こう、メラメラと滾るものがありますわぁ」

「でもでも、ちょっとおかしくないですか、二人とも。だって……」


 僕は男の子ですよ? 男の娘、でもあるけれど……。


「女の子が女の子に疑似的恋愛感情を持つのは、思春期ではよくある話ですわ」

「だけど、やはり初恋の相手は男の子があらまほしい。うふふ、うふふふっ。言葉だけでイキそうっ。なんて甘美な。うふ、うふふ」


 二人の言っている内容そのものは正しい。

 うん? これ、正しいのかな。頭が上手く働かないや。

 

 兎にも角にも、僕は、本来的には男。身体の改造で半女性化していても。


 つまり表向きはともかく、僕の性別はオリエントスターク王家のみが知る極秘事項であって、そんな中、僕は少女漫画の登場人物みたいな美少年、ルキウス王子に知らぬ間に恋情を抱いていて、しかし実は女の子だと気づいて勝手に失恋したと。


 いやいや、僕も男ですから。

 女の子と気づいた時点で問題ない……のでは。


 でも、男の娘にしたいくらい可愛い男の子と思い込んでいたのだ。

 しかも年下とくる。いいじゃないのさ。年上はお姉ちゃんたちが席巻してるし。

 でも、女の子だったと。女の子、なんだよなァ……。


 うがぁーあっ! 僕は頭を抱えて足をジタバタさせる。

 なんで、もう、辛いっ。わけがわかんなくて、どうしようもないっ。


 別に王子の中身が女の子でも問題ない。

 そのはず。はずなのだ。しかしそれが大問題だ。


 ちょっと長くなるが、以下のような状況。

 特にカスミとイゾルデの会話は、普遍的な男女感と、女の子が思春期に一時的に同性で恋愛の練習をする疑似恋愛を語っているようで――、


 実際は男の娘の僕がルキウス王子に恋をして、失恋する。→ 表向きは女の僕は、公然の秘密となっている女の子の王子ルキウスに恋をして失恋する。→ 中身的には男の僕は、ルキウス王子に恋をして、中身が女の子だと気づいて失恋する。


 ……なんと称すべきか、非常にややこししいというか、しかしカスミとイゾルデにとっては三度の飯よりも美味しいシュチュエーションだったようで。


「もおおっ、それならそうと、教えてくれればいいのにぃっ」


「申し訳ありません。二重に楽しめる微笑ましさに万金の価値を見出しまして」

「そうだよね、カスミ、こういうの大好きだものねっ」


「良いものを現在進行形で見せて頂いていますわぁ。色々と妄想が捗りますぅ」

「それを僕の前で堂々と言っちゃうところが、もうね……」


 もうやだこの二人。ホント、個々の趣味嗜好が合って仲が良いな。


 はあ、さらにやる気が萎えてきた……。

 今日は一日丸ごと休むと宣言したけれど、明日以降もズルズルと引きずりそう。


 本当は今日は、家庭の医学程度ではあれど医療知識を古典ラテン語に訳して紙面にまとめようと思っていたのだった。絶対数の少ない治癒・治療能力者や未発達な医療技術、得体の知れない民間療法に頼らずとも一定の水準で身を護れるようにする。簡単な医療知識でも、この世界では十分に人命を救えるレベルのはず。


 と、考えていたのだけれども。


 他にも、日本で法定伝染病指定されているコレラ・チフス・ペストなど十一種類の感染症の予防と対処法も可能な限り分かりやすく書いておこうと思っていた。


 そうだ、となれば抗生物質の知識も必要か。これがあれば劇的に医療が捗る。


 生物由来と非生物由来の二種類の精製法を書いておくべきだろう。

 もっとも、精製は比較的簡単ではあれど生物由来でないためサルファ剤系統は合成抗菌剤と呼ぶべきだが。


 それからラノベあるあるの航海術の手引きを。一見、医療と関係なさそうで、さにあらず。将来にわたり、絶対に大航海時代がくる。


 羅針盤、六分儀、正確な海図の作り方とその見方、要は、目的地に達するための合理的な船の運用法を。そして長期航海の敵となる壊血病への対策なども。梅毒や淋病など、性病への知識と予防、治療法も忘れずに。他にも風土病対策も。


 だけど――。

 やる気がちっとも湧き起こらない。


 これが、失恋か。


 年下の男の子だと思っていたら、残念にも女の子って気づいて失恋とか。


 なんどもなんども思考が同じことを繰り返している。


 別に男が男を愛しても問題はない。

 愛に種族や性別は関係ない。愛とは、そんな小さな括りにはない。


 ――なのだけれども。


「はあ……」


「重症ですね。うふふふ。女の子が、女の子だったもの」

「重症ですわぁ。うふふふ。女の子が、女の子でしたからねぇ」


 再度、寝椅子に突っ伏す。

 背中に重みが。アカツキが上に乗ってきたらしい。


「……にゃあ」

「うん、どうしたの? 思いつめたような顔をして」


「にゃあは、レオナお姉さまのこと、とってもとっても大好きなの……」

「ありがとう、アカツキ。僕もアカツキのこと大好きですよ。僕だけの愛しい子」


 くるりと仰向けになり、彼と顔と顔を見合わせる。

 どちらからともなく、キスをする。

 ちゅっちゅと、唇を交わし――、

 やがて僕は上半身を起こし、彼を膝の上へと移動させる。


 少し元気が出たかも。ほんのちょっと、ミリ程度だけれど。


 僕はアカツキの首筋に鼻をやり、彼の甘ったるい女児風の体臭を胸一杯に吸い込んだ。すぅー、はぁー。すぅー、はぁー。ミルクみたいないい匂い。

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