第107話 錬金狂時代 その3


「それで、これをどう分けましょう。多少なりとも本国にも送らないと、たとえ王太子殿下であってもこの量ではさすがにあらぬ疑いを掛けられかねませんので。とりあえず、半々にしますか。もしくは……そうですね、十一分割にしますか」


「十分割ではなく十一分割か。ふむ、三百と三十三。ならば十一分割でお願いしよう。三十三だけこの新領土の再建費用に頂いておく。主たる三百は父上に」


「はい。では、そのようにしましょうね」


 土属性無限権能にて三百トンと三十三トンの二つに分け、重力変動させて作った亜空間にそれぞれを収納、いわゆるインベントリを作り出す。

 入口の触媒には不壊祝福をオマケに込めた、手のひら大の金無垢製、見るだけでもいかにもな形の金の鍵を作り上げる。


「これをどうぞ。外部からの侵入は不可能なインベントリ式収納です。金が入用のときはこの鍵を手に、開けゴマ、もしくはオープンセサミと唱えてください」


 ルキウス王子に鍵を手渡す。彼に渡したものにはアルファベットで『L』と装飾文字で彫られている。持ち帰るもう一つの鍵は『G』。彼らの名の頭文字だ。


「ここで試してみても?」

「もちろんです。中は強化セラミックと特殊合金で出来た小部屋が一つ用意されています。空気清浄機能もついていますので一時的な退避場所にも使えますよ」


「開けゴマ……おお、何もない空間に鋼鉄の扉が現れるのか」


「扉を開けて中に入ると手の中の鍵が消え、出てきて扉を閉じると扉が消えて鍵が手の中に戻ります。ちなみに入室して扉を閉めると、表の扉だけが消えます」


 数メートル先に現れた合金製の扉を軽く押し開けて、彼は中を覗き込む。

 ややあって、うおお、と呻きにも似た感嘆が。


「金塊を取り出した後も、王子殿下だけが使える専用倉庫として活用できます。もしくは先ほども言ったように一時的な退避場所としても。余談ですが男の人って、こういう自分だけの秘密の空間にロマンを感じたり、ワクワクしたりするそうですよ」


「おお……これは、とても良い……っ」

「うふふ、お気に召して何よりです」


 翻って僕はテーブルまで戻り、チェアーに腰かける。

 彼には好きなだけ見させておこう。


 アカツキはぶぶぶと音の割に軽やかに飛行する、ブロント=サン=ファミリーの後を楽しそうに追って遊んでいる。


 それを微笑ましく眺める、ルキウス王子の親衛隊の皆さん。


 弛緩した空気。うーん、平和だ。


「うむ。これはありがたい――せ、聖女様!」

「ダメです、聖下っ! 避けてっ!」

「――はい?」

「万能のお守りよ、われを聖女様の元へ!」


 突然、僕は必死の形相で瞬間移動するルキウス王子に右手で跳ね飛ばされた。


 ――ガォンッ!


 僕は見た。

 何か、黒く大きな塊が、自分のすぐ手前を抜けていったことを。


 僕は見た。見て、しまった。

 気の抜けた僕を助けるため、身を挺して突っ込んできたルキウス王子。彼は黒い塊に、左腕を含む胸部から下をすべて奪い取られたことに。


「――なっ、えっ、そんな!」


 どちゃりと落ちる。

 ルキウス王子の、残された身体の部分。

 僅かに残された、上半身。


 僕が作った、祝福された鎧の防御をもぶち抜いた? ヴァニラ・アイス?


「「もーっ、なんで失敗するのよーっ!」」


 ステレオで、幼い女の子の声が聞こえる。

 目だけ一瞬そちらにやる。

 昭和中期を背景にしたドラマや漫画に出てきそうな、白のブラウスに赤の吊りスカートの幼女姉妹を確認する。いわば、ちび〇る子スタイル。


 異常な可愛らしさ。間違いなくAPP十八。

 天然パーマの入った、くりくりとした愛らしいブラウンミディアムヘア。

 ぱっちりとした瞳。綺麗に通った鼻筋。

 まるで黄金比に祝福されたような。

 幼さを全面に出しているはずが、高級娼婦のような妖艶さまで兼ね揃える。


「ぁ……ぅ……」


「鎧よ、緊急事態発令。コード、九一一。認証、作成者キリウ・レオナ。装備者の生命を最大限守れ。切断面を圧迫せよ! 残存神気はすべて彼の生命維持に!」


「っ……」


 ぎゅっと、ルキウス王子の切断面が圧迫される。

 肺も横隔膜も『取られて』しまったので彼はもう喋れない。気管に残された空気が口から洩れた呻きを最後に言葉が消えた。


「気を確かに! 僕がいる以上、絶対に死なせませんからっ!」


「「私たちを、無視、するなぁーっ!」」


 幼女のステレオボイスが。

 これを黙殺し、僕はアカツキに命じる。


「最優先ですっ。あの不明体を僕たちに絶対に近づけさせないで!」


「イカヅチ、イナヅマ、いじめっ子! ヒビキをいじめて、にゃあを殺した!」 


「「うるさい、アカツキの癖に! にゃあにゃあ上手く甘えてさ! その癖、肝心なときにカブトムシなんか追いかけちゃって役立たず。もう少しでお前の一番のお気に入りを消せたのに。わたしたちのゲームの妨害をする、お邪魔虫を!」」


「ふしゃーっ。お前たちなんか大っ嫌い! いっつも不意打ちばかりして!」


「「何よ! それならもう一度、同じ目に遭わせてやるんだから! その後でお邪魔虫も消しちゃうから! あっかんべーだっ!」」


「――親衛隊っ。何をしているんですっ。あなたがたの主の守護をしなさい!」


「は、はい!」


 事態は混迷を極める。

 たった数分、悪夢の数分。一瞬、気を抜けばこのザマだ。


 くそっ、ミッドウェー海戦で常勝無敗と慢心した旧日本海軍を嗤えないな。


 しかし、反省は後にする。幼女姉妹の気になるセリフの検証も後。

 まず何を置いても一番にしなければならないことは。


「賢者の石っ。――ああ、こんな巨大なものはいらないっ。宇宙でももう一つ作るつもりなのっ? 消えろっ。賢者の石っ。――大きさ、純度、これくらいかしら? ええと、エリクサーの作り方は、どうやればいいの!? 知識の泉よ!」


 僕の治癒では足りない。確かに首から上さえ残っていれば彼の身体を全修復できるだろう。しかし酷く動揺して彼のDNAまでとても読めない。


 物質の原子構造までいじれるのだ。塩基配列くらい読めないわけがない。


 だけど、自分でもわかる。今の精神状況では無理だと。あれは平常心を保てないと、とてもできない。それくらい動揺している。


 変に修復させたらどうするのだ。

 例えば染色体を違えて女の子にしてしまうとか。王太子がそんなことではこの国の将来に関わる。本音を言うと、ちょっとやってみたいが。


 いや、現在進行形でこの国の未来が潰えようとしている。僕のせいで。

 それだけは、避けねば。ならばもう一つの手段。


 賢者の石から万能薬エリクサーを精製するしかない。


「作り方は魔力を精製して昇華させたものを冷却し――ああこれ、アルコールの蒸留方式とそっくりね? どれだけする? うん、百回? ふざけないで! もっと効率よく! 圧縮製法? なんでもいいわ! ハリーハリー!」


 権能と自己の能力をフルに活用して、僕は強引にエリクサーを精製していく。

 ふと、ステレオ会話の幼女姉妹の動向が気になってそちらを見やる。


「にゃあああああっ!」


「「このっ、このこのっ、こんのおぉっ!」」


 彼女らはアカツキと――、

 まるで子供のケンカみたいに、くんずほぐれつ、ポカポカと叩き合っていた。


 いわゆるクロールパンチ。某格闘漫画の烈さんみたいに。それの応酬。


 なんだ、それは。

 戦闘術ムエボーランはどこへ行った。


 ふざけて、いるのか。

 そうか、そうか。そう、か……っ。


 ああ、思考が、精神が、黒く黒く何もかもが塗り潰されていくようだ。


 そのおふざけ、桐生好みの型に嵌めてやろうか……っ。


「親衛隊、何をしているのです! あんな程度の子供のケンカ、加勢して敵をさっさと討ってしまいなさい!」


「く、黒の聖女様! それが、できませんっ! む、無理なんですっ!」

「なぜっ?」


「結界らしきものが張られて突入しようとすると跳ね返されるのです! しかもあれは一見して子どものちまちまとしたケンカのようで、実は全然異質なもの! 先ほど上空に吹き飛ばされていたのだろう殿下の鎧の一部が落ちてきたのですが、彼女らに触れるかどうかのところで瞬時に破砕、消滅してしまいました! われわれの理解を遥かに超えています! かろうじてわかるのは、あれは、決して見た目通りの戦いではないこと! われらが、どうしようもなく、無力ということ……っ」


「なっ、なんなのよ、それぇ……っ」


 一瞬にして頭が冷えた。すぐにまたマグマのように煮えたぎりそうだが。


 あの、オリハルコンとヒヒイロカネとアダマンチウムの合金が瞬時に破砕? 彼の鎧は僕の祝福を潤沢に受けている。一人で万の魔族をも討てる鎧なのに。


 くそっ。胸の内で悪態を打つ。

 そう言えばぼくは、なぜ敵の襲撃に気づけなかったのだろうか。

 僕に向けられたものなら、僅かな害意や悪意でも明確に反応できるはずなのに。


『答えは簡単や。彼女らに害意や悪意が、根本から存在しないからやで』


 ぎゅわっと、概念的時間感覚が引き延ばされるのが分かった。


 イヌセンパイ? それはどういう?

 この憤りの矛先は、どこへ放てばいいのですか?

 爆発しそうです。もう一つ、太陽を創ってもいいですか。

 R136a1クラスの恒星なら、今すぐにでも出来てしまいそうなのですが。


『落ち着け。神気がダダ洩れになってるぞ。星を創る前に愛しの王子サマが逝ってまうし、この星も砕けてまう。気づいてないやろ。今、結構な地震が起きてるで』


 そもそもあなたも、僕にウンチクを垂れる余裕があるのなら、事前になんらかの警告くらいしてもいいのではないですか。そうすればこんな惨劇にはならなかった。

 いえ、分かっています。分かっているのです。八つ当たりだと。


 しかし……それでも……良くない方向へ思ってしまうのが、人間というもので。


『すまん。別に油断していたわけではないんや。ただ、俺と同等かそれ以上の存在となると、予測はできたとしてもあくまで確率的な予測でしかなくてやな』


 いちいち回りくどいのが混沌の神の特性ですが、今回ばかりは端的にお願いします。王子が死にかけていますので。……彼を、死なせたく、ないのです。


『事象の変遷を重力作用で絞っているので、その辺は大丈夫や。まあでも、あいつらの正体を明かそう。イカヅチとイナヅマ。またの名を、ライデンコンビ。あれは『俺』や。千の貌の一つ、ナイアルラトホテップの顕現体ってこと』


 なんとなく、そうだとは思っていました。

 アカツキは? あの子、かつて彼女らに殺されたとか、聞きましたが。


『アカツキは、レオナちゃんが復活させた混沌の千の貌の一つや。にゃあにゃあと甘えん坊の、初代サン・ダイアル力弱き神々の守護者。あれは『俺』や。アカツキ視点からすれば俺が『にゃあ』という感じになるが。他に、ヒビキもいる。そう、初代聖女。トモダチを得るために降臨したはいいが、色々あって崇められて、如何ともいかずに結局はボッチのまま天に還った残念な幼女。俺の義妹でもある。あの子は、二代目の力弱き神々の守護者。そして、あの子も『俺』や。ただ、他の貌とは違い彼女らは少し特殊で、四人でワンセットやねん。四姉妹属性を持つロリ混沌』


 あなたの別の『相』であり『義妹』でもある。さらに『初代守護者』『二代目守護者』『初代聖女』『愛しいお人形』と続く。……盛り過ぎではないですか。


『……話の核心に移るで。そもそもあの四姉妹に害意や悪意なんてものは、ない。そういうものは初めから本尊から設定されていない。代わりに、無邪気という最も邪悪なものを持たされている。分かるだろ? 子どもって残酷だろ? 幼く、常識を知らず、何物にも囚われないがゆえに狂気。正気の中の狂気。……ライデンコンビはただ遊んでいるだけなんや。文明を育てるストテラジーゲームを、リアルでやっているだけ。大体、ゲームプレイそのものに悪意なんてない。たとえば戦争ゲームで敵を撃ち殺してもそれだけやろ? 次の敵を探して殺すだけ。暇を持て余した神々の戯れってやつ。……でも、レオナちゃんは、ライデンコンビが求める結末をことごとく覆してしまった。あの子らはイプシロン王国にわざと歪みを添えた製鉄技術を教え、大地を荒廃させ、じわじわと国が壊れていくサマを見たかっただけ。子どもが捕まえた昆虫の足を引っこ抜いたり、胴体を千切ってだんだん死んでいくところを観察するみたいにな……。ついでに言うと、白の聖女程度なら本来はオリエントスタークはイプシロン王国の侵攻に対応できず一部領土を切り取られてしまう。だがレオナちゃんはもっとも性質の悪いクセモノたる、黒の聖女。逆にイプシロンを喰らいつくし、しかも荒廃した大地を修復、緑化までしてしまった。くはは、喝采ものやで!』


 あの、僕って、そんなに性質の悪いクセモノですか?


 宗家の命令でちょっと本腰入れて改造はされてますけれど、将来はちゃんと男の子に戻りたいなと願う男の娘ですよ。純白の花嫁衣装は嫌だなと思う程度の。


『あー。その願いはたぶん叶わんな。自分でも薄々感じてるんちゃう? キミの中に棲む、まるで砂糖菓子に一滴の毒を垂らしたようなオンナノコの部分を。影響力は激高や。というか桐生家の至宝やし。もちろん誉め言葉やで。良かったら今夜、俺の尻で一戦交えへん? あと、俺としてはキミの純白の花嫁衣装はスゲェ楽しみやが』


 前半部分はともかく、それでも希求するのが人間だと思うので聞かなかったことにします。ただし、何気にセクハラを混ぜるのは本気で怒りますよ? 相変わらず受け希望とか。花嫁じゃなくて花婿が良いです。子どもは産むよりも産ませたいです。


『女の子みたいに、入れられるのは好きなのに?』


 その性癖には触れないでください。前が不能なら、後ろで慰めないと気が狂ってしまうでしょうに。十代の男の子や男の娘は持て余すものなのですよ、性欲を。


『あはは。せやけど気持ちは落ち着いてきたやろ? いつも通りのツッコミを入れられたやん。アレや、心に余裕がないときほど意識して余裕を作れってな』


 た、確かに余裕が生まれ……納得いかないけど……ありがとうございます……?


 ホント、なんだか納得いかないのたけれども。


『さあ、死にかけの王子をサッと治して、悪童幼女二匹にキッツイお灸を据えてやれ! 尻を思いっくそぶっ叩くのもアリやな。泣いても許さへんで、みたいな』


 そして、ぎゅぱあッと――、

 人間独自の概念、時間感覚が元の事象の変遷まで戻るのを感じた。


 変な言い回しと思われそうなので、引き延ばされていた自己の主観時間が元の流れに立ち戻った、と書き足しておく。


「僕の権能やら知識やらで無理やり精製。賢者の石を万能薬エリクサーに!」


 ぐりぐりと圧縮をかけ、力づくかつ突貫でエリクサーを作り、容器も必要なので小瓶に入れた状態で仕上げる。


 早く、早くこれを。ルキウス王子に、飲ませてあげないと……。

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