第99話 破滅の王国 その2


 神子皇女アイラがイプシロン王国の王、ゲルトガインの策謀に気づいたのは、エスト攻略が始まった直後、自国の諜報部員から送られてきた情報からだった。


 おりしも、オリエントスターク王国軍がイプシロン王国軍を無人の野を征くが如く蹴散らし始めた、まさにそのときでもあった。


 皇女の判断は早かった。


 即時撤退を。軍事同盟として、人類の総意として。

 しかしこの二つに板挟みはない。優先されるのは当然人類の総意だった。人類存続の利敵行為だけは避けねばならなかった。


 そして今に至るのだが、長々と書いたこの趣旨を要約すると――。


「お互いを讃え合う方式な。神聖セイコー帝国はオリエントスターク王国への魔王軍侵攻を知らなかったためにイプシロン王国に協力していたが、それを知ったため即撤退した。魔王軍侵攻にてんやわんやだったところを火事場泥棒みたいに攻めてきたイプシロン王国に怒り心頭のオリエントスターク王国は逆襲を誓い、次々と主要都市を攻め滅ぼし始め、ついにはイプシロン王国王都までやってきた。怒りは理解できるが、腐っても同盟国。俺が一騎打ち形式の試合を申し込み、俺が勝てた場合はせめて王都より兵を引くよう約束を取り付ける。これで一応は同盟国として義理を他の同盟国に示せる。なんせこう見えて、俺、帝国最強と呼ばれているからな――余裕で負けたけどな。ありゃどう転んでも勝てんわ。まあそれは良いとして、俺は聖女キリウ・レオナに協力し、魔王と戦う。そして、勝つ! 聖女殿は俺というネームバリューと対魔王戦力を得る。俺は政治的義理を果たした上で魔王と戦った実績を得る。んで、お互いに『讃え合う』んだ。名誉を二人で高めるわけだな」


「僕は名誉、名声、それに連なる誉れには一切関心がないのですけれど」

「……マジでか」


 なぜか恐ろしいものでも見るような目をされてしまった。

 そんなにおかしいだろうか。

 だって、アレですよ?

 用事が済んだら、すぐにでも僕は元世界に帰りますし。


 にしても強かだなぁと思う。神聖セイコー帝国のやり口が特別というわけではない。コウタロウ氏からは王族全般に由来する食わせ者の意思を感じるのだった。

 転んでもただでは起きない、ある意味での力強い生き様。ピンチをチャンスに変えようとする意志。うーん、嫌いではない。むしろ一生懸命さがに好印象。


 彼には神子皇女アイラと共に生き、この世界に骨を埋める覚悟がある。


 なるほど、それはそれでと思う。祝福しろ、俺たちにはそれが必要だ。と求めるのなら聖女と教皇のバリューセットで盛大に祝福をしてあげても良い。


 僕はそっと頷く。


「その名誉、オリエントスターク王に譲渡しても良いなら話に乗りましょう」

「嘘だろ。無欲過ぎて本気で聖女に見えだしたぞコリャ。俺と握手してください」


「かの国では、僕はそう呼ばれてますからねぇ」

「ナカチャンのファン辞めます!」

「それは辞めないであげて」


 銀の腕、アガートラームをわざわざ外した氏と握手しつつも僕は答える。


「おお……」

「……? どうか、しましたか?」


「ああ、いや。どこまでもしなやかで柔らかい手だなって。美少女の生手ってだけでも貴重なのに、これほどまでとは。この手で必殺剣を放っていただなんて信じられん。しかも良い匂いまでする。久しく嗅ぐ、元世界の女の子の良い匂い」


「コウタロウさん、その発言はかなりキモいです」


「そりゃあもうアレよ。俺は完全無欠のスーパー紳士だからな」

「変態という名の紳士なのでは……?」


 ネタに使うネットスラングは少し古いけれど、やっぱり面白い人だなぁ。


 ちなみに僕の手が柔らかいのは、毎日欠かさず続けるハンドスキンケアの賜物である。修行と同じで、美容と健康は積み上げていくものなのだった。


「あまりフリーダムだとアイラ皇女に言いつけちゃいますよ?」

「うげ。それだけはやめてくれ。あの子、めちゃ可愛いんだ。転移したばかりのときは単に勇者様呼びだったのが今はコウタロウお兄様って。男のツボを押すんよ」


「このロリコンと言いたいところですが、僕もアカツキを愛でていますので」


「あー、いいね。幼女とキャッキャウフフする美少女。百合が捗るな」

「百合……ねぇ。うふふ。そうね、そうかもね?」


 なんだか良くない流れになりそうなので僕は微笑みを浮かべて会話を切った。ちょうど話題に上ったアカツキに目をやる。


 彼はブロント=サンと遊んでいた。ふと、彼は顔を上げた。こっちに向いたのではない。視線を追う。なんだろう、アレは。金色の昆虫?


 黄金の鉄の塊が、もう一つ、ぶぶぶと旋回しつつ飛んでいた。


「にゃあ! レオナお姉さま、見て見て! ブロント=サンにお嫁さんが!」

「えぇ……親方、空から女の子がッ! みたいなノリですか……」


 それは狙いを定めたように、アカツキの手の上にぶぶぶと着地した。

 新たな黄金の鉄の塊――黄金カブトムシには、角がない。

 メスなのだろう。

 アカツキの言うように、ブロント=サンのお嫁さんなのかもしれない。 


 僕は二匹の黄金カブトムシを手に乗せてくるくると回るアカツキに、見てるよと微笑みを保ったまま軽く手を振って返した。

 すると彼はパタパタと駆け寄ってきて、手を伸ばしてもっとよく見せてくれる。僕はその場にしゃがんで黄金カブトムシの雌雄を観察する。


「綺麗なお嫁さんだねぇ」

「キンキラピッカピカのお嫁さんにゃあっ」


 子どもは何かを見て欲しいときに見てくれる人を信頼するというが、さて。


 翻って僕たちはこうやって普通に雑談を交わしてはいるが、特設壇上では未だルキウス王子が熱弁中なのだった。

 カメラは王子のみを大映しにしているので問題はないのだが。


「ところで精霊というか聖霊に、性別の概念ってありましたっけ?」


「精霊は山や川などの自然界に宿る神霊の一種。聖霊は混じり気なしの火と息と霊の混合体。似たようなもので、天使とか。たぶん雄雌は見た目だけで中身は両性じゃねえかな。いずれにせよ、これでイプシロン王国の詰み具合がボアアップしたぜ」


「と、言いますと?」


「この王国の伝説では、初代王は黄金カブトムシのつがいが作った子個体に王権を認められている。言い換えれば、国の新たな支配者を迎える転換期を象徴している」


「ふむ」

「問題は、どこで交尾を始めるかだなー」


「いちいち関係行為を? 戦神アーレスの化身体ではなかったのですか?」


「アレだ。化身体でも交尾はしたいだろ、ってのは冗談で、たぶん人々にわかりやすくしているのだろうな。この世界の神々って人類を愛してやまないというし」


「神とは理不尽を指す。また、神は無慈悲ゆえに神と呼ぶ、とも言いますけれど」


 わざと露悪的に、元世界の唯一神を僭称する戦争の神をなぞらえてみる。


「俺はこの世界の神さんのことわりかし好きだぜ? 転移のとき、夜食のカップ麺を喰われちまったけど……」


「あはは。近いうちに僕がいくつかあなたに差し入れしますよ」


 と、そのとき。


 番となった黄金カブトムシは――、

 羽を広げ、螺旋を書くようにアカツキの手から飛んだ。


 ぶぶぶ、ぶぶぶぶ、と独特の羽音で番は宙を舞う。


 くるり、くるりと旋回して、やがてルキウス王子の肩にポスンと落ちた。


 演説中の王子も番の黄金カブトムシの飛翔は目で追っていた。


 そして――。


「ぎゅいーんしてる! オスゥとメスゥがぎゅいーん!」


 アカツキの談である。

 あろうことかルキウス王子の肩の上で、黄金カブトムシたちは、原初からの営みたる交尾を始めてしまった。しかもわりと激しく。


 大映しになる黄金カブトムシのギュイーン。

 これ、粗めのモザイクとか入れなくてもいいのかな……。


「やはりそうなるか。新たな王は、ルキウス王子。おめでとうってヤツだな」

「そうなんですか?」


「伝説を信じるならじき子個体もできるはず。そして確定する。まぁ、見てな」


 大映しのルキウス王子はしばし沈黙していた。ハプニングと言えばその通りで、どう対処すべきか考えているのかもしれない。そしてそんな彼などどうでもいいと言わんばかりにぎゅいんぎゅいん交尾を続ける黄金色のカブトムシが二匹。


 シュールだなぁー。


 別に人間みたいに腰を動かすわけでもなく、ただ尻と尻を交接しているだけだったが、まさかそれを人様の肩の上でするとは。戦神アーレスもしゃれっ気が強い。


 やがて、やはりこれは精霊だからなのだろうか、二匹のカブトムシから黄金の粒子がぽつぽつと宙に浮き出てくるのだった。

 二つは混ざり合って一つになる。形が、生まれる。


「……カブトムシの子って、カナブンでしたっけ?」


 コガネムシより少し大きいくらい。ちょうどカナブンくらいの大きさだった。


「なんでやねん。なんつーか生まれたての小鹿……じゃなかった。生まれたての精霊だから小さく見えるだけで。角もその内に立派なのがにょきっと伸びてくる」


「新たに生まれてくる子は絶対に雄体になるのですか?」


「調べによると、そうらしいぞ。しかも番の雌型は、戦神アーレスがこれと見込んだ人物の機を見計らって派遣してくれるとか」

「それはなんとも、外連味というか、サービス満点というか」


 ちなみにこの場で一番ハラハラとルキウス王子を見守っているのは、登場人物の増加に伴いあえて描くのを控えたホメーロス将軍だったりする。

 軍団最前列のかぶりつきで、孫の何かの発表会を見守る祖父のように。愛すべき、甘党のおじいちゃん将軍である。


 黄金色のオスメスカブトムシの番は、どう表現して良いか少々困ることに、なんだかひと仕事やり切った感を漂わせて――実際、ぎゅいんぎゅいんと『ひと仕事』をやり切っているのだがそれはともかく、二匹はルキウス王子の肩からぶぶぶと仲良く飛び去ってアカツキの掌へ戻っていった。


 残された生まれたばかりの黄金カブトムシの子ども、卵も幼虫もさなぎもすっ飛ばしていきなり小型の成体ではあれど、ともかく小さい身体のまま王子の頭上へとこれまたぶぶぶと飛び移っていた。そして、大映しの画面になんとなくカメラ目線で、三対の内の両前足を挙げてバンザイするような体勢を取る。


「見て見て、ブロント=サンの子カブトムシ! 角が、にょっきりしてきたよ!」


 アカツキはその場で跳びはねて、興奮を顕わに大映しのモニターを指さした。


「あら、あら」


 彼の言う通り、かの黄金の幼体の頭部には明らかに角らしきものが伸びつつあった。僕はアカツキの肩口に移動したブロント=サン夫妻に目を移す。

 やがて跳ねるのをやめてこちらに抱きつく甘えん坊さんのアカツキをあやしつつ、精霊の神秘に感嘆する。


「次はどうなるのかな? にゃあ、にゃあ、楽しみなの!」

「うふふ、そうね。とっても楽しみねぇ」

「おっ、ほら、見てみろ。やっこさん、なんかしそうだぜ?」


 するとどうだろう、画面のルキウス王子の僅か頭上に細やかな黄金の粒子が円状に集まってきて、やがて、立派な一頭の金の王冠に形を取っていくのだった。

 僕もアカツキもコウタロウ氏も、傍で孫でも応援するようなまなざしで見守るホメーロス将軍も、そして王子の後ろで整然と整列する軍団兵たちも、おそらくイプシロン市民たちも、固唾を飲んでその稀有な光景に見入る。


 やがて王冠は、ポスン、とルキウス王子の頭に戴冠された。


 かの王子の頭上では、やり切った感を両前足を振りつつ表現する、まだ小さいが成体そのものの姿となったブロント=サン=ジュニアがいる。


「いいもん見せて貰ったぜ。伝説にある、黄金の鉄の塊の子が王権を認めるってのはこういうことだったのだな。王冠を被せるってのが、直球でわかりやすい」


「コウタロウさんはイプシロン王国の伝説に詳しいのですね」


「俺個人として、各国の伝説を収集するのが転移してからの趣味でなあ。あと、王族が各国の王家の由来を知るのは礼儀作法に区分される必須知識らしいぜ」


 なるほど。ルキウス王子も礼儀作法の一環で、王家由来の伝説知識を修めているわけか。それゆえ、演説中であっても番の黄金カブトムシに驚いたり、さらには交尾に驚いたり、はたまた戴冠に驚いたりしなかったと。


「コウタロウさんはオリエントスターク王国の初代、次代、三代に渡る聖女伝説なども、もれなく調べ済みですか?」


「もちろんよ。四代目の聖女殿が目の前にいるってのは、なんとも最高だぜ!」

「そ、そうなんですか。ああ、目が子どもみたいにキラキラしてます……」


 あなたも勇者やっているなら、あなた自身が伝説の人ではないの?


 そうは思えど、予想外に純真な目を向けられてはさすがに言いにくい。

 壇上のルキウス王子は、大映しの自らを確認して、一人、ゆっくりと頷いた。


「おっと、どうやら止めをかけるようですよ。王都を攻める大儀に加えて、イプシロン王国の象徴でもある武神アーレスの化身に王権まで認められましたし」


「チェックメイトってやつだ。四日間でまさかの王都攻略が成るとはなぁー」

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