第98話 破滅の王国 その1


「人類という種の存続をかけた戦いを魔王を相手にせんとするとき、お前たちイプシロンはわれらがオリエントスタークにこれ幸いと布告なく攻め込んできた。なんと言う卑怯者、なんという卑しき心。かの魔王ですら宣戦布告を送りつけてきたというのに、お前たちは恥を知らぬと見える。火事場泥棒。いっそそんな国など無い方が良い。悪の枢軸は滅するべきだ。そう、わたしは今日、この国を滅ぼす! ただし王族には王族の、貴族には貴族の、兵には兵の死にざまがあろう。せめてもの温情だ。自決するか、焼かれて死ぬか、凍えて死ぬかを選べ。お前たちは逃げられない。抵抗すらさせない。残されるのは死のみ。われらが深淵なる黒の聖女様の御力にてこの王都は完全封鎖されている。それは身を以って知っているはず。さあ、選べ。そして死ね。王都市民どもはその後だ。お前たちには二つの権利をくれてやろう。生きる権利と、死ぬ権利だ。絶対恭順をわれらがオリエントスタークに示すなら、命だけは長らえさせてやろう。だが一人でも隷属を拒むなら、一切の容赦なく、全員を狩り尽くす。老若男女、区別せぬ! 亡骸は荒廃した砂漠に打ち捨ててやろう。弔いなどお前たちには過ぎたもの。永遠にその躯を晒してやろう!」


 それにしてもこの王子、僕の作った特設壇上でノリノリである。


 現在、午前九時。

 ルキウス王子の率いるわが方の軍は、最終のイプシロン王国王都イプシロン攻めを敢行中だった。兵を並べて降伏勧告ではなく、いきなり最後通牒を突き付ける。


 8Kカメラでライブ撮影しつつ、くだんの相似形理不尽を応用、王子を上空に十万インチ四方の大映しにて王都イプシロンに向けて演説するのだった。音声は中空でステルス化した木星大王の内臓スピーカーを利用している。


 王都に住む王族と貴族は必ず根絶やしにする。これは決定済みである。求めるなら安楽死を約束するギロチン台も即時用意する。ズバッと斬首してやろう。

 対して一般市民には、なるべく手を出さないようにする。労働力の低下は、国力の低下に直結するから。なお、貴族階級の兵は全員抹殺するが、平民兵士は無駄な抵抗をしない限り拘束後、赦免する手筈になっている。


 逆襲戦争も大詰めにつき、慢心せず、確実に〆を取りたいものだった。


 勇者との一騎打ちは代行した僕の勝利に終わった。その後、星系が丸ごと滅びかねない大惨事がさらりと起こりかけるも、如才なくこれを対処――はい、嘘です。

 いずれにせよ混沌の加減は難しいと思う今日この頃だった。賢者の石ならぽんぽんと、テキトーに調節しながらもわりと簡単に作れるのにね……。


 コウタロウ氏は書簡を用意し、イプシロン王都前で陣を構えて戦に備える神聖グランドセイコー帝国軍まで届けてくれるよう求めてきた。

 なのでそのようにした。もちろん、検閲はさせて貰った。内容に不審なところはなく、援軍を撤退させるようにと書かれていた――のだが。


 というよりこれがまた強かなもので、後で知るにはイプシロン王国と軍事同盟を結ぶ神聖セイコー帝国の援軍二万は『初めからそのつもりでいた』のだという。


 何がって、布陣させたセイコー軍を撤退させることを。


 わけが分からない? 僕も初めはそうだった。


 コウタロウ氏の書簡を受け取ったのは、帝国軍総指揮官として臨席している神子皇女アイラだった。その名には、月光という意味が込められているらしい。正式にはアイラ・ルー・ターニアス・セイコー。


 ミドルネームの法則はオリエントスターク王国とは異なるためよくわからないが、それでも『ルー』が光を表わす単語だろうことは元世界の神話知識などから容易く推測できる。ケルトの光神の名はそのまま『ルー』であるし、ルクスと書けば照明の光度を表す単位となる。ルキウス王子の名も光に由来するものである。


 コウタロウ氏曰く、セイコー帝国の皇族は稀に光神ファオスより直々に神子の祝福を授かる場合があるという。

 そしてそんな皇子皇女には『ルー』の尊称を名に組み込み、教皇直下の大司教相当として扱われ、同時に皇位継承権も最上位となる。


 なお、複数人数が同時期に神子となったという事例はないそうだ。氏もどうやら光神ファオスより直々に神器とチートという祝福を受けているらしいので、もしセイコー皇族として生まれていたならもれなく神子として扱われただろう。

 ところが、である。彼は僕と同郷世界の、異世界人だった。

 皇族外の例外的存在であるために――しかも異世界人召喚の顛末から役職としての『勇者』となったのだという。神子も大概だけど、勇者も大概だった。


 しかも――、

 この神子皇女アイラはコウタロウ氏と婚約の仲なのだそう。


 彼女は数えで十五歳。この世界では成人を迎える年でもある。満年換算では、十四歳。おまけに結構な美少女だという。咲く寸前の、薔薇のつぼみである。


 彼女については東端国境都市エストでの逆襲戦で見た、転移前の一瞬しか見ていないけれども……羨ましいものだった。勇者の血を取り込む政略結婚とはいえ、幼妻とは。ううむ、ちょっと爆発してもいいんじゃないかなと思う。むしろ爆発しろ。


 そう言えばグナエウス王も若かりし頃とはいえ、数えで十歳のオクタビア王妃と婚儀を交わしている。妻が実年齢にして九歳など幼妻にも程があろうとは思えど、元世界でも近年に至るまで生まれる前から許嫁の約束を取り交したり、一桁前半年齢の姫君が輿入れをしたりと好き放題やらかしてくれているので如何ともし難い。


 それよりも今気づいたことに、僕には大きな不安がもたげつつあった。将来、僕はまともな結婚できるや否やと。


 望む望まざるに関わりなく、桐生宗家は効果的な政略結婚の道具として僕を利用しようとするだろう。三人の姉たちみたいな自由は自分には与えられない。


 そりゃそうだ。僕は次代総帥、桐生葵の腹心の部下になるのだから。


 裏切り防止のためにも身を固めさせるのは当然の処置となる。問題は、男に戻れずに女性化が進行し、誰かの妻になっている可能性が捨てきれないことか。

 僕の言うまともな結婚とは、であることを指す。など、それだけはいただけない。純白の花嫁衣装とか本気で怖い。あと、初夜とか。


 え? お尻で遊んでいるので、そういう展開などは慣れているんじゃないかって?

 失礼な。僕が男の姿でも、普通にお尻で楽しみますよ。凄く気持ち良いし。


 最悪を考えると、最悪を呼び寄せるらしい。これを負の引き寄せという。

 なので、これ以上の思考は悪夢を現実にしかねないため、やめる。


 話を脱線から戻して『初めからそのつもりだった』強かな神聖セイコー帝国ではあるが、詳しい内容は検閲済みの往復書簡と氏の解説からもたらされていた。

 もちろんたばかりの可能性も有り得るとはいえ、それでも国家間の利害を踏まえるとあながち偽りでもなさそうだった。


 その内容の、特に気になる一文をピックアップしてみよう。


 コウタロウ氏の書き留めより。


『アイラの言う通り一騎打ちに持ち込めはしたが、やはり負けた。本気でやり合って怪我らしい怪我もせずに済んだのは、結界効果と何よりも運に助けられたようなものだ。予定通りしばらく国を離れるので後は頼む。にしてもまさか、かの国の聖女殿と勝負するとは思わなかった。めちゃくちゃ強いのなんのって』


 神子皇女アイラの返事。


『決闘を経てあなた様の無事に心より安堵しています。先見は大筋に変わりはありませんが、先見は結果は知れどその過程までは見通せませんでした。大変申し訳なく思いますが、細心の注意を払ってくださいませ』


 微妙な言い回し。『わたしの見た』と『わたしが見た』の違いは一体?


「やはり負けたとありますが、もしかして神から預言でも受けていましたか?」


 僕はコウタロウ氏に尋ねる。


「アイラは、光神ファオスの祝福を受けた神子の力を宿している。そしてこの度の出兵はイプシロン王国をはじめとする同盟国への対外的ポージング要素が強い。つまり政治だな。なんせ神子の力で先を見通していて、自分たちが加わっても兵を無為に死に追いやるだけだとわかっていたから。ぶっちゃけると、俺とアイラの目的は『連れてきた兵を一人も失わずに連れ帰る』ことにあった。ただ、出兵しておきながら刃も交えず帰国するのは対外的にマズいんで、俺が出張る→チャンバラ→やっぱり聖女殿には勝てなかったよ……てなもんで。これもアイラの先見で知っていた。だが俺も一応は帝国最強と謳われる者。ゲームとかでよくある負けイベと分かっていても、全力抵抗するのは勇者としての矜持ってやつでなあ。隻狼の最初の負けイベとかさ」


「なるほど。あのマゾいフロムゲー感覚をリアルに持ち込んで頑張ったと……」


 どの程度の、そしてどれほどの精度で先が見通せるのかはもちろん機密事項なるだろうと思いつつも、あえて訊いてみる。まあ、予想通りの反応だったが。


「すまん、それは国家機密ってヤツで言えねえんだわ」

「そうですか、残念です」


 しかしこれまでの話から分析するに、神子皇女アイラには二種類の先見能力があるのではないかと推察される。


 すなわち能動的な先見と、受動的な先見。


 前者の先見は意図して使えるが近日の範囲しか見えず、得られる情報にも制限がかかる。一方、後者の先見は神々より与えられる先見ゆえに遠日まで見通せて、しかも情報に制限がかかりにくい。こんな感じなのだろう。


 使い勝手の良さは前者。受け身ではあれど、能力として強力なのは後者。


 もう少し言い換えてしまうなら――、

 自分から『予言』するか、神より『預言』を賜るか、となろうか。


「で、モノは相談なんだが」


 コウタロウ氏曰く、互いの国に利のある芝居をひとつ打たないかとのこと。


 この度の神聖セイコー帝国の援軍は、イプシロン王国の軍事同盟上の要請に基づいてのものだった。


 が、かの王国は大きな隠し事をしていた。それは魔王の侵攻について。


 神聖セイコー帝国帝都は、オリエントスターク王国王都から見て約三千三百キロ離れている。これは日本列島最北端の択捉島から最西端の与那国島までの直線距離とほぼ同等。ちなみに択捉島から最南端の沖ノ鳥島までは約三千キロだ。


 コウタロウ氏の弁明では、その長距離が災いして、派兵時はまだ魔王侵攻の情報が自国に届いていなかったという。ならば宣戦布告なしで攻め入ったその大義の所在はというと、亡命姫テーテネシアを取り返すための決起行動である、とのこと。


 四十年前の問題を今になって掘り返すのかとは思えど、あろうことか当の亡命姫から救援要請を受けているとしてその協力を請われたらしい。テーテネシアご本人もびっくりの理由付けだろう。そしてイプシロン国王ゲルトガインは強弁する。外交ルートがないため、武力による姫の奪還しかないと。


 もちろん神聖セイコー帝国は、そんなものはオリエントスターク王国侵略への方便に過ぎないことに気づいてはいた。が、軍事同盟を盾にもして、イプシロン国王ゲルトガインの余りの熱意に曲げての出兵と相成った。


 戦費はすべてイプシロン持ち、目標は東端国境都市エストを奪い、これと交換でテーテネシアを返せと迫る。


 ゲルトガイン王、あるいは企業などでプレゼンをさせたら最強なのではないか、とも思う。ただ彼はテーテネシア亡命姫などどうでもよく、本音ではエスト周辺の土地と食料が欲しかったのは僕とかの王との会話で既に証明されている。


 神子皇女アイラの先見はこの時点では――、


『兵を出すとぼろぼろに負けるので出兵してはならない』

『しかし兵を出さないのは、他の同盟国との関係に甚大な悪影響を及ぼす』


 だけだった。


 魔王パテク・フィリップ三世の侵攻が絡んでいると知っていたならそれを理由に出兵を拒否する、もしくはイプシロン王国に圧力をかけて戦争を回避できた。

 魔族とは別に悪の象徴ではなく、種族として生存圏を賭けた間柄であった。以前にも書いたように、ホモサピエンスとネアンデタール人との違いのようなもので、となれば、対魔族には人族の総意として生存協力をするのが暗黙の了解となっていた。


 こう見てみると神子皇女アイラの持つ受動的先見は、あまり能力として高くない気がしないでもない。むしろ微妙というか、なんというか……。


 神託であるなら魔王軍の侵攻くらいちゃんと教えてやればいいのに、それができない理由でもあったのか。その辺り、どうなのですか光神ファオスさん?


 神子皇女アイラがイプシロン王国の隠し事に気づいたときには、もう手遅れになっていた。兵を編成し、オリエントスターク王国、東端国境都市エスト攻略のための二国間軍事会議に出席した際にも魔王侵攻の話題は上らなかった。


 思い返してみればイプシロン王ゲルトガインは石橋を『叩き壊して』渡るくらい念入りに勝利をもぎ取ろうとしていたのが分かる。


 何せエストの副知事は内応に応える用意をしていた。その上で、もう一段の戦力の上乗せとくる。後々の周辺諸国からの非難の防壁にもなるよう、神聖セイコー帝国には攻防両面を利用にかける。ここまで徹底すると逆に感心してしまう。

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