第97話 ブレイブアタック その5
太陽大爆発。ついでに周辺星系も大爆発。すべて跡形なく蒸発。
どうせ現在進行形で、思考が現実に追いついていないでしょう?
だから大丈夫。たぶん。メイビー。
「うわぁ……。遊園地でさ、勢いだけでジェットコースターに乗って、そんで頂点部からの降下直前で、なんで乗っちまったのか後悔するアレと同じかぁ」
「諦めてください。その内、SAN値が削れて気持ち良くなれますから」
「それって味わったら二度と正気に戻ってこれない系の気持ち良さじゃねぇ?」
これも外交の一環として利用する。
外交=血を流さない戦争。要は、そういうことだ。
そして彼は知るだろう。
聖女として召喚される者の、デタラメさ加減を。
車内には僕、アカツキ、ルキウス王子、コウタロウ氏が乗車している。
ぶぶぶ、と重い音の割には軽やかな飛翔で、黄金カブトムシのブロント=サンがアカツキの肩に止まった。
僕はサン・ダイアル星を含む異世界太陽系を手の上に『呼び出し』た。
「……宇宙の恒星と惑星のミニチュア? もしかしてサン・ダイアル星の?」
さっきまでの様子とは一変し、興味深そうにコウタロウ氏が覗き込んでくる。
アレコレ言ってるわりに、この人も変な感じに神経が図太いなぁと思う。
さすがは勇者と呼ばれるだけあるか。
でもこの人、まだ現実を直視できていないんだよね。あと十分足らずで太陽が壊滅的に活性化し、数百光年の範囲が灼熱地獄となるのに。
もちろん自分がやらかしたヘマは、自分でちゃんとリカバリーしますけれど。
「ええ、相似形のね。例えば真ん中の太陽を実寸で直径三キロまで握り潰せば実際の太陽も同じく極限圧縮されて、小型ブラックホールが生成されます」
「ちょ、おま……ッ。重力関係は拮抗するから星の運航には支障はないが……ッ」
「もちろん、やりませんよ? 重力は良くても放射線系が不味いことになるし」
「この人、怖すぎて俺のSAN値がマッハ。聖女殿には勝てなかったよ……」
「と言いつつ、現実への思考が追いついていないわりに平気ですよね。さらっとアレなネタを盛り込む程度には。二重狂気ってどう解釈すればいいのかしら」
「まあ俺もそれなりに頭のおかしい鉄火場を潜り抜けてるからなぁー」
それはわかる。
英雄とか勇者とか呼ばれる人物は、例外なく大量殺戮者だから。
でもね、規模が大きすぎて実感わかないかもだけれど、今、大ピンチなの。
僕のせいで。
うーん、マズい。
これじゃあ黒の聖女ではなく、単なる破滅の魔女になってしまいそう。
男の魔女って、中世の魔女狩りにそういうのがあったなあと、ふと思い出す。
というか――、
そもそも魔女って言葉、翻訳ではそうなっているだけで、語源的には性差はないのだった。なので男のウィッチがいても別におかしくない。
女魔術師=魔女に繋がるのではなく、邪神や魔神、悪魔など、そういうなんだかヤバいのと契約した魔人が、日本語訳では女性名称的に魔女になっている。ちなみにこれに対するのが聖人や聖女である。僕は別に神と契約したつもりはないけれども。
コウタロウ氏と二人して、うんうんと頷き合う。
気が合うのはとても良いことだ。
「しかもこいつが、西から昇った太陽の答えでもあるわけか」
手で星をつまんで自転を逆転させたとか、そんな風に思っていそうではあるが。もちろん方法としては間違ってはいない。慣性の法則で凄いことになるけれど。
「こんなの見たからって、まず真似できる人なんていませんからね」
「すべてが常識外過ぎて返す言葉もないってか、笑うこともできないぞ」
おやおや? ああ、そうなのね。あなた、凄いですね。
分かっていないと思っていたらそんなこともなく、コウタロウ氏は星系数百光年が今まさに危機を迎えているのをちゃんと理解し、呑み込めているらしい。
その上で飄々としている。
大した男ではないか。さすがは勇者。
なかなかどうして格好良い。
僕はひとしきり感心して、そして再び掌の上の異世界太陽系に目を落とした。
こう見ると元世界の太陽系と、このサン・ダイアル星の太陽系はよく似ていた。生存可能領域たるハビタブルゾーンも大体似通っている。
相違点があるとすれば火星と木星の間に当たる、元世界で言う小惑星帯にもちゃんと地球サイズの岩石惑星があり、その代わりなのか知らないが、木星に当たるリング付きガス惑星が微妙に小さかった。重力的にこれら星々の相関関係や如何に。
さてさて。
宇宙のパノラマは本当に飽きがこなくていつまでも見ていられるけれど、やるべきことを優先せねば。コウタロウ氏もこの相似ミニチュアに目を輝かせて魅入っている。小さな子どもみたいだ。ともあれ宇宙は好きらしい。
「コウタロウさんは、かつては天文少年だったりしますか?」
「そこまで入れ込んではいないが、天体望遠鏡で夜空を覗き上げる程度にはなー」
「そうなんですか。こういうのって、ずっと見ていられますよね……」
「宇宙、それは最後のフロンティアってなぁ。ロマンだぜ」
『ほい、雑談はそこまで。見つけたで』
縮尺を十分の一サイズに変えた大神イヌセンパイが、ポンと現れて僕の膝上に乗った。ハンザワ=サン縮尺十分の一スケールである。
その姿にムッとしたアカツキが僕の膝に強引に乗ってきて、イヌセンパイを摘まみ上げた。ルキウス王子は目を見開いて身体を硬直させた。彼からすればサイズに関わらず神は尊崇すべき対象なのだろう。しかし当人 (?)は気にした様子はない。
『ちょうどいい。そのまま俺を摘まんでいてくれや。でな、レオナちゃん』
まったく動じない大神イヌセンパイ。なんというか、強い。
彼は僕が作った異世界太陽系の相似ミニチュアの倍率を少し手直しする。
『ここや、これがドピュしたレオナちゃんの混沌エキス。速度に合わせてるのでわかりにくいと思うけど、現在光速の五十パーセントオーバーでかっ飛んでてわりとやべぇ状況や。こいつが太陽に着床したらの話はさっきの通り。某シュウゾウ氏もドン引きの熱血ファイアー祭りで、周辺の星系がエライコッチャになる」
「わかりました。では――」
僕は混沌にスポットを合わせたミニチュアに手を伸ばし、それを握りしめる。
ぷち、と手の中で小さく跳ねて、そして消えてしまう感覚が残った。
「お、終わった、のか?」
顔色が明らかに悪くなっているルキウス王子が恐る恐る僕に訊いてくる。彼は彼でジワジワと思考が現実に追いついたようだ。気の毒なことをしてしまった。
「手の中で小さく爆ぜて消えました。無事、処理しましたよ」
「梱包材のプチプチを潰したような音だったな。ちなみに勇者イヤーは地獄耳」
『お疲れちゃーん。星々の危機はこれで回避されましたってな。まあ、マッチポンプやけど。うひひ。レオナちゃんったら、気軽に星系破壊しようとするんだから』
「やりたくてやってるわけでは。振るわれる力が人の身には天元突破しているだけで。どう例えるべきでしょうかね。普段は原付バイク乗っているのに、ある日突然リッターSSバイクに乗らざるを得なくなり、しかも全力疾走必須とか」
リッターSSとは千㏄以上の、スーパースポーツタイプのバイクのことだ。
イマイチピンと来ないかもだけど、原付とリッターで感覚的にわかってほしい。
『そいつはもう慣れて貰うしかないな。その辺の銀河の五個や十個、ガーッとちゃぶ台返しでもしたら、さすがに感覚の一端くらい掴めると思うんやけど』
「本当の意味での天災じゃないですか……僕は破壊神か何かですか」
『レオナちゃんはレオナちゃんや。俺らが認める、価値を持つ存在はキミだけ』
「うーん……」
人のみならず、生命はすべからく平等に無価値だ。その中で、価値を持つ、と。
「にゃあ、レオナお姉さまの他に価値を見出せそうな候補者を一人知ってるの。それはクローディア王女。あの子の虚無はとても良い匂いなの。食べちゃうぞー」
『って、俺を喰おうとするのやめて。うんこになってまう』
未だ大神イヌセンパイは十分の一スケールのままアカツキの指先に摘まみ上げられていた。しかも彼は、あーん、と口を開いて大神を足から食べようとしていた。小さな子って、ほら、ソフビ人形とか口に入れて噛んだりするよねぇ。
というわけで、放っておく。
『ちょ、助けてくれや。こいつの腹ん中、マジで宇宙と繋がっててめんどいねん』
かの神の両足がイカゲソを食む酔っ払いのように、アカツキの口にジャック・インしている。喰われまいと必死に両腕を使って抵抗している姿が妙な笑いを誘う。
「うふふ。これぞ愉悦」
『笑ろてる場合とちゃうて! 喰われる喰われる! 俺が宇宙うんこになる!』
「ええ……本当に宇宙と繋がってるの? この子ならあるのかな? ……アカツキ、ほら、真なる賢者の石をお口に入れてあげるから。それ、ぺっ、しなさい」
「にゃあ。ぺっぺっ、なのっ」
『痛ぇ! 扱い雑ぅ!』
吐き出された大神イヌセンパイは、ガンッ、と良い音を床に響かせていた。ぶつけた頭を抱えて悶絶するイヌセンパイ。
どうせその程度では大事など無いだろうと僕は手の中に混沌を集め、無色透明の、しかし発する光は深紅に染まる真なる賢者の石を精製する。
「ぴよぴよ、ぴよぴよ。お母さんお母さん、ご飯ちょーだい。ぴよぴよぴよ」
出来立ての賢者の石を、雛みたいなアカツキのお口に滑り込ませてやる。
「にゃははっ、ペロペロぱくぱくごっくんなのっ」
「お、おい。さっきからの危険ワード連発でさすがの俺もヤバいんだが?」
「コウタロウさん、賢者の石に興味が? 今の石は全エネルギーを……」
「あー聞きたくない。聞きたくないぞー。それもヤバいが他もヤバい。銀河を五個や十個ってなんなのさ。そんなひと山いくらの野菜の扱いで気軽にちゃぶ台返しとかマジ勘弁だぜ。あと、聖女殿と同一能力者の可能性とか恐怖でしかないから」
口ではそう言いながらも意外と平気そうなコウタロウ氏。
対してルキウス王子は勝手に馬車の冷蔵庫からソフトドリンクとグラスを取り出して中身を注ぎ、一人よそを向いて知らん顔をしていた。
どうやら精神の限界を感じて堪らず現実逃避してしまったようだ。
「ま、まあ、一応は解決したので、イプシロン王国に止めを刺しましょうか」
『そうせえそうせえ。ほな、またなんか面白そうになってたら来るからなー』
「あ、はい。お疲れさまでした」
「面白そうって……そういう判断基準で降りてくるのかよ……」
何事もなくひょいと床から起き上がった大神イヌセンパイは首を一度だけこきっと鳴らし、ほなまたな、と消えた。
しばらくしてルキウス王子が、ふはあーっと深い安堵のため息をついていた。
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