第96話 ブレイブアタック その4


 マジで凄い、か。派手な光のオーラエフェクトを纏いつつ氏は感嘆していた。


 対する僕は至って地味だ。調節された殺気。オーラ的なものは全然なし。


「僕の剣術はまだまだ未熟です」

「ちなみに、段位は?」

「そう言う区分で分けるなら、僕は中伝ですが」

「大したもんだぜ。それってさ、達人級の強さだろ?」


 ……何か会話に齟齬が起きている。言ったではないか、自分は未熟だと。


「僕の修める流派では初伝、中伝、奥伝、皆伝と続きますが、それはあくまで指針に過ぎず、工夫次第でどれもがあなたの言う強さを秘めています。百の兵と戦うよりも、一人の阿賀野の手強さよ、です。ただ僕に関しては、未熟も未熟ですね」


 必要ならためらいなく人を討てるのは、実際その通り。

 そうしないと逆に討たれる。敵の死体にこそ、僕は安心を覚える。


 でも、それだけ。伝位に関わらず、強い人は強い。これは真理だ。


 元世界の話。

 年が二個上で、しかし剣術仲間としては同期のとある少女がいる。彼女は僕と同じ中伝だが異様に強く、身体の運用が上手かった。一度も勝ったためしがない。


 でも、いつかは勝たせてもらいますよ。イヌガミ一族の、時雨環さん。


「つまりアレか。その強さでまだまだ中級クラスだという……?」

「はあ、まあ、そう……なるのでしょうかね?」


 明らかに勘違いが混じっている。

 が、試合形式とはいえこれでも戦闘中なのであまり隙を見せたくない。


「マジかぁー」

「今回は剣術メインですが、薙刀だと奥伝に至っています。とはいえ、さっきも言ったように位階に関わらず工夫次第でいくらでも化けますね」


「奥伝……剣が中伝でコレだと、薙刀を持たれたら速攻で死ぬじゃん、俺」

「どちらにせよ不死の結界内ですので、バッサリ斬られても大丈夫なのでは?」


「おっと、それもそうだった」

「それで、ダラダラ戦うのも締まりがありません。次で決めませんか」


「わかった。つまり最終奥義決戦だな?」

「そういう感じでしょうかね? 希望として、次で決着を目標としたいだけで」


「いいよ、こいよ!」

「さらっと変なネタを盛り込むのはやめてもらえません……?」


「はははっ。……そんじゃ、行くぜッ!」


 彼は光剣を両手で背負うように構えた。

 薩摩示現流の構えに似通っているが、さて。


 僕は未だ上段霞の構えのまま、身じろぎ一つせずにひたと体勢を保つ。


「――受けて見ろ! 光剣最終奥義、神帝八面六臂!」


 だからなぜ……いや、もう言うまい。

 というか中二病全開の恥ずかしい奥義名称を、いちいち叫ばなくてはならないその精神力は買っても良いと思う。正気ではとても無理だ。


 僕と彼との合間は約三十メートル。

 元世界で言えば電柱と電柱の、一区画分か。


 コウタロウ氏が発したのはいわゆる飛翔斬撃で、バトル系マンガやアニメでよく見るであろう剣気を斬撃に乗せて飛び道具にするチート技だった。

 いや、異世界ならこういう斬撃もあるのだろう。その上で何がチートかというと、斬撃がどう見ても百を超えていて。


 これを捌くのは大変そうだ。たぶんだけど、追尾能力も持っていそうだ。

 しかたがない。こんな変な奥義で負けるわけにもいかないし。


 僕は手の中に、内なる己が混沌を仕込み、半身を返して軽く斬り放った。

 技名? ありませんよそんなもの。混沌斬りとかで良いのではないでしょうか。


 ありとあらゆる軌跡を結んで向かい来る百以上のチート斬撃は、そのひと振りですべてがあっさりと消滅した。

 それだけでなく、混沌は上昇気流に乗るが如く跳ね上がり結界の天井を破壊、どこかへ飛んで行った。あらら、と思う。少しばかり力を籠め過ぎたかもしれない。


「なっ、ちょ、ええっ?」

「はーい、それでは僕もいきますねー」


 縮地からの体捌きにて疾駆する。

 上段霞の構えから、八相へと変容させ地を這うように突進。


 そして――、


 袈裟斬りの剣筋をあえて見せつつ斬撃に移る。

 誘われたコウタロウ氏、受け太刀しようとする。が、それは成らず。彼の視点では『剣がすり抜けた』ように見えただろう。


「――ッ?」


 阿賀野流戦国太刀酒匂派奥義――でもなんでもなく、通常技の一つ、影抜き。


 別に凄い技を使わなくとも、人間なんて、ちょっと斬ったら死ぬのですよ。


 その刃の軌道はアルファベットの『Z』を九十度回したような動きを取る。右上から下へ疾り、一瞬斬り上げてまた斬り下ろす。


 こうすることで相手の剣をすり抜くような軌道を取れる。


 が、斬り下ろして斬り上げてまた斬り下ろすなど、せっかくの剣速を殺す真似はしたくないもの。コツは間を取らせて柄を持つ剣道握りではなくピタリと両手をくっつけて持ち、手首の細微な動作にてZ文字を縫うように刃を疾らせることか。


 余談だがこの持ち方は戦国握りでもある。クソ握りとも言うが。


 剣道は人を斬るためではなく心身修練のためのもの。まだ生まれて百年にも満たない歴史の浅いスポーツである。剣術は、精神性以前に、敵を殺すためのもの。その歴史はとんでもなく古い。極端には人が棒切れで誰かを殴るときから始まっている。


 そうそう、足運びも一瞬つんのめるように膝抜きをするのもコツの内。そうして斬撃から突きの動作へと、最小の挙動で繋げていく。狙うは、喉元。


「……はい、僕の勝ちですね。あなたは今、喉を刺し抜かれて討ち死にしました」

「お、おお……」


 僕はコウタロウ氏の懐を奪っていた。刀の切っ先は彼の喉元に。

 たたん、と彼は後ずさり、左手で喉をさすった。

 大丈夫、刺し抜いたというのは言葉の上だけの寸止めです。


「……参った。完敗だ」


 コウタロウ氏、光輝オーラを消して光剣を鞘に納め、その場に片膝をついた。


 勝敗は、決した。僕も刀の鞘を土属性無限権能で作って静かに納刀する。


「お互いに敢闘しましたね。お疲れさまでした。ああ、もう楽にしてくださいね」


「マジで疲れた。他ではそんなことがなかったのに、剣を構えて向かい合っているだけでゴリゴリ気力が削れた。まるで底冷えするような殺気がぶわッと場を支配するんだもんな。帝国では最強とか謳われていたけど、上には上がいるもんだぜ……」


「元世界に戻れば流派のもっと凄い人がいますよ。現代版の修羅というか、剣鬼というか。僕のお師匠様なんて心法だけで敵を殺しそうです」


「ヤバ過ぎて草も生えん。異世界なんてメじゃねえ。マジ卍」


 立ち上がった彼はポリポリと後頭部をかいた。


 よし、これで勇者の確保が成った。

 魔王とくれば勇者。僕は胸の内側でガッツポーズを取る。


 現在わかっている、タカムラ・コウタロウ氏の戦闘能力データ覚書。


 転移人で各種チート持ち。神器クラスの装備持ち。

 理合の塊である武術の心得がないため、どうしても力押しの戦闘スタイルとなる欠点がある。が、この世界に於いてそれが致命的というわけでもない。


 技名を叫ぶことで発動する、恥ずかしい――失礼、光剣の特性を利用した戦闘奥義を持つ。今回使われたのは数種類だけだが、もっとスキルはあると思われる。

 僕視点では弱いと分類する。が、この発展途上世界なら十分に活躍できるはず。良いか悪いかで言えば、良い。他人ひと様に十全を求めるほど僕は傲慢ではない。


 僕は油断なく彼から数歩下がり、さり気なく立ちながらも瞬時に抜刀できる無構えの心得に入る。油断しないためでもあり、武人に敬意を払う態度でもある。


 半壊した不死結界は解かれて、ゆっくりと高度を下げていく。

 二人して、地に降り立つ。


 大歓声。ごくごく一部を掲載。


「黒の聖女様が、あの神聖セイコー帝国の最強人を剣の勝負で打ち負かしたぞ!」

「かの勇者よりもお強い聖女様! 万歳! 史上最高の聖女様! 万歳!」

「黒の聖女様、万歳! しかし神聖セイコー帝国の勇者殿も凄かった! 万歳!」

『俺と結婚してください! 万歳! 毎日スケベしようぜ! 万歳!』


 なんだか変な歓声も混じっている。

 いや、アレはイヌセンパイか。毎日スケベとか全然ブレないね。


 兵たちの熱狂を受け、僕は軽く手を挙げる。さらに歓声が高まった。


 馬から降りて迎えてくれる、ルキウス王子と握手する。

 そして小さく頷きあう。


 彼の目には、僕の戦う姿をどう見ただろう。うふふ。格好、良かったですか? でも惚れちゃダメですよ? なんてね。


 いつの間にか姿を現して傍に控えていたカスミに刀を預ける。彼女は深々と一礼し、また消えた。でもハァハァいう声が聞こえる。何か変な妄想していません?


 アカツキがぱたぱたと走り寄ってきて僕にぴょんと抱きついた。

 愛しい子。そのまま抱き上げて目線を同じくする。頬に軽くキスをする。彼もキスで返してくれる。頬ずりをする。ぷにぷに子供ほっぺは最高だ。


 彼は嬉しそうに、うふふっ、にゃふふふっと声を出した。


『見事やな、可愛いレオナちゃん。後もう一仕事やで』


 そうこうするうちに、大神イヌセンパイがすっとこちらにやって来た。


「そうですね、後はイプシロンの王都を」


『いや、ちゃうねん。そっちの案件はテレビを見つつスマゲーして、ついでにタブレットで漫画なんかも読んで、おまけにメシ食いながらの片手間で行ける』


 僕はルキウス王子と顔を見合わせた。

 嫌な予感が。そしてそう言う勘は、大抵当たる。


『さっきレオナちゃん、混沌を放ったやん。あれな、今現在光速の五十パーセントの速度でこの星系の太陽に向けてひた飛んでるんな。あと十分もしたら着弾する』


 するとどうなるか。


『混沌を受けた太陽は、ホンマ一瞬で表面温度を千六百万度にまで跳ね上げ活動を極化させる。これは核融合を続ける太陽の中心核とほぼ同程度の温度やなー』


 放射されるエネルギーは元の太陽の六十兆倍。サン・ダイアル星など秒で蒸発。それどころか太陽系の惑星がすべて蒸発。最低でも百二十光年は離れないと地球と似た環境となるためのハビタブルゾーンを形成できない驚天世界となってしまう。


 また、太陽は止めの止めと言わんばかりに超新星爆発ですら霞む超極大ガンマ線バーストを発射し、数万光年先の星々をも焼き尽くすのだという。


 なんなのそれ。

 なんなの、それ。

 なんなの、それはっ!


 大事なので三度書きました。


『ぶひゃひゃっ。イメージで言うたらニコ動の地球に隕石が落ちるシーンをドリフの盆回りで編集したあんな感じやでぇ。ウヒヒッ、マジでウケるっ』


 そんな動画があるのか。想像だが、確かに不謹慎さの中に笑いの要素を感じる。


「笑ってる場合じゃないでしょうに。自分の管理する星が大ピンチですよ」


『言うてほら、ルキウス王子とか、そこの勇者小僧もわりと平然としてるやん』


「違います。単純に思考が現実に追いついていないだけです」


『まあ、当事者がここにおるし? 慌てる時間でもないから大丈夫。どう足掻いてもアカンときはアカン。いけるときはアホみたいに上手くいく。せやろ?』


 もう、この人 (?)は。僕を信用しているのか、あるいはいい加減なのか。


 兵たちの大歓声は続く。おかげで彼らにこの一連の会話は届いていない。

 それならそれでいい。こんなもの知らずに済むのならそのほうがいい。むしろ僥倖というもの。問題の対処に頭を悩まさなくて済む。


 僕はもう一度兵たちに向けて、スマイル付きで手を挙げて振って見せる。

 サービスしておく。あなたたちの求める聖女であるがために。


「……例のアレをするんですね」


 手を振りながらそっと大神イヌセンパイに語りかける。


『おうよ。座標を教えるからドピュしたレオナちゃんの混沌、チリ紙で処理を』


「また微妙にセクハラっぽい発言を……。本当にチリ紙が必要なんですか?」


『いや、いらんけど。前みたいに手コキしてくれたらそれで無問題モーマンタイ


「ついでにあなたの股間のそれもヌいてあげましょうか。根元からズボッと根絶」


『そんなことしたら俺、宇宙一可愛いオカマになってまうやんけ。うひゃひゃっ』


「だめだこりゃ」


 ともかく、そういう手筈となった。


 急いで馬車に戻る。

 メンバーは僕とアカツキとルキウス王子。そしてコウタロウ氏。


 慌ててはいない。慌てず急ぐのだ。ドイツ軍人はうろたえない、なのである。


「てか、何すんのか知らんが俺も混ざっていいのかよ。同郷とはいえ、一応は他国モンだぜ? 内々にやったほうが良くねぇ? アレ? 俺の頭がおかしいのか?」


 自分の用向きが済んだのもあってか、言葉遣いが地のままのコウタロウ氏が僕に尋ねた。ルキウス王子はそんな彼に一瞬だけ目を剥いて、表情を引き締めていた。


「むしろ正気を疑うのはこれからのお楽しみですよ。まったく問題ありません」


 どうせ現在進行形で、思考がまだ現実に追いついていないでしょう?

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