第94話 ブレイブアタック その2


 さて、僕としては積極的に関わっていくべきか、消極的に静観するべきか。


 ザッと、波が割れるように軍団の中心部から左右に分かれる。

 兵たちの、この練度の高さよ。


 僕は御者兵に指示を出し、馬車を動かしてルキウス王子の様子が伺えるようにする。ただしカーテンは開けない。なんとなく、アカツキを膝上に乗せる。


「改めて自己紹介を。われは神聖グランドセイコー帝国、皇宮付き戦士長、兼、勇者の役職を持つ者。名をタカムラ・コウタロウ」


「うむ、ではわれも名を聞かせよう。わが名はルキウス・カサヴェテス・オリエントスターク。オリエントスターク王国の王太子である!」


 徒歩と馬上の二人は無言で頷き合う。

 そうして、勇者タカムラ・コウタロウは、ルキウス王子を前にこう提言した。


「イプシロン王国との義に拠りて、われと一騎打ちを所望する」


 無茶苦茶だ。なぜ完封を間近にして危険な行為に身を晒さねばならない。


 もちろん僕が供与した装備性能からして、その一点だけでもルキウス王子が負けるわけがないとわかっていてもだ。


 その提案は、通らない。


 しかしルキウス王子としては、ここで単純に決闘を拒否するわけにもいかない。


 王族とは、基本的に余人よりも強く賢いものとされる。

 オリエントスターク王国の起源は知っての通りではあれど、ここだけの話、王族とは極端に勢力を持っていた盗賊の成れの果てである。

 日本の戦国時代を例に上げて、国盗りの時代とも称されるのはこのためだ。


 悩ましくも彼が拒否しにくいのは、もちろん、次代王としての資質を試さんとするグナエウス王の望みを満たす『実績』に影響するため。


 やんぬるかな。タカムラ・コウタロウはそれを狙ってきた。


「一騎打ちと言っても果し合いではない。試合の申し込みである。われも同盟国がやらかした所業を重く見ている。なので結界を張り、形式を整え、そこで試合って決着させる。互いの身は、互いに保証しあう。繰り返すが、これは果し合いではない。ただ、われが勝利したあかつきには、兵を王都から引いて頂きたく」


「……それで、わたしが勝ったときの利点はどうなる?」


「聞けば魔王が御国に攻め入るとのこと。勇者は魔王と戦うが宿命。われが出向き、対魔王戦の尖兵となりましょう。そして、見事その魔王を討ち取りましょう」


「話にならぬ。わが国には空前絶後の聖女様が御降臨なされている。勇者よ、そなたの助力など不要だ。十日ほど前のラゴ月の騒動はもちろん知っているだろう。四日前の西から昇る太陽も知っているだろう。あのような真似、出来るのか?」


「……」


「戻るがいい。わが軍は今日のこの日、イプシロン王国を滅ぼす。魔王ですら宣戦布告を出したものを、あのような無法を働く国など存在せぬほうが世のため」


「一つ、お訊きしたい。その聖女殿の名を」


「ならば聞け。偉大なるや初代聖女ヒビキ様より連なる四代目聖女。混沌を胸に抱きし起死回生、深淵なる黒薔薇の賢者。かの方の御名、キリウ・レオナ様である」


「……なるほど。われと世界を同じくする転移人の可能性がありますな?」


「たとえその通りだとして、何か不都合があるのか。わが国の求めに応じ、御降臨なされた聖女様である。加えて教皇聖下でもあられる」


「む……それは聞き捨てなりませんな。わが国は、神聖グランドセイコー帝国。教皇聖下はわが国におわしむ。いずくんぞ相違なるや。われらが聖下は、この世界の主神たる光のファオス様より直々に祝福を賜りし御方である」


「黒の聖女キリウ・レオナ様は、力弱き神々の守護者たる大神ナイアルラトホテップより直々に教皇位を賜っておられる。尊崇する神々の、さらに上の御方ぞ」


「……」


 馬上より睥睨するルキウス王子と、黙り込んでしまった勇者コウタロウ。


 ざわ、と兵の声というか、ひと際波打つような感覚が広がった。

 イヌセンパイが、この場に降臨してきたのだ。


『オモロイなー。可愛いレオナちゃん、ちょいとあの小僧を揉んだらへんか?』


 先ほどまでの脳内会話ではない。

 彼は例の某子ども死神名探偵作品に出てくる犯人役みたいな、輝く黒づくめの姿で僕の乗車する馬車のすぐ傍の空間にふわりと佇んでいる。


『小僧、お前はどこの誰にこの世界に喚ばれた? イナヅマか? イカヅチか? 二柱合わせてライデンか? それとも偶然のもつれでここに来たか? そんなわけないよな。貰った装備とその能力、必ずと関わりがあるはずや』


「ナイアルラトホテップ――その顕現体か。混沌の邪神がなんの用だ」


『極東の三愚神でもある俺に愉快な口の利き方するやん。お前が所属する国を、丸ごと地震で埋めちまってもいいんやで? 他の貌の奴等は知らんが、少なくとも俺は真面目にやっている。この世界の神は、弱い。せやから最善の助成と管理をしている』


「ならば魔王騒ぎもお前が鎮めればいいのではないか」


『わかってないなー。そも、魔王とは種族の差異から生まれた語弊やぞ。闇神スコトスの祝福を得た種族ゆえのもの。魔を邪悪とするのはこの世界ではそぐわない』


「しかしお前のお気に入りを降臨させた王国は、魔王に攻められつつある」


『順序が違う。その魔王対策に、レオナちゃんが降臨した、やぞ。この戦争の本質は種族間の争い。となれば人族は協力し合わないといかん。生存権をかけた戦いや』


「……」


『そんなさ中、イプシロンはオリエントスタークに宣戦布告も無しに攻め込んできた。なんでこの国のやつらがブチ切れてるかわかるやろ。人類の裏切者ってな』


「……」


『まあそれでも単独でここまで来たのは評価したる。褒美にレオナちゃんにボコられろ。俺の可愛いレオナちゃんは、小僧よりも遥かにずっと強ぇーぞ』


「……と、神々の守護者様はおっしゃっておられる。未来の王よ、返答や如何に」


「むう……」


 ちょっとイヌセンパイ、当たり前のように僕を巻き込まないでくださいよ。


 ああ、勝手に話が……どんどん進められていく。

 嫌な予感の真の黒幕はやはりあなたか。

 ちら、とルキウス王子はこちらへ目を向けた。期待を含んだ視線だった。


『で、小僧。繰り返すがどこのどいつに喚ばれた?』


「神々しい光に包まれた御方に呼ばれたゆえ、当然、光神ファオス様であろう」


『うん? いや、なるほど。それでそいつに与えられた使命や目的は?』


「特には。ただ召喚を執り行なっていたのは、教皇聖下と補助の神官たちだった」


『さようか。ほんならボコられて対魔王戦に引っ張られても一向に問題ないな』


「われが負けるとでも?」


『むしろなんで勝てると思ってんの?』


「むうう」


『ああん?』


 あー、これはもうダメね。ダメダメだわ。を切り合っている。

 僕が出るしか収集がつきそうにない。


「――はい、そこまで。つまりわたくしとの試合を所望する、でよろしいですね?」

「けるなぐーるなの! しぐるいなの! でっどおああらいぶなの!」


 お前どこ中よ? うっせえお前こそどこ中よ? 

 ――みたいな子どもの争いになってきたと感じるのは僕の偏見だろうか。仕方がないのでアカツキと一緒に馬車から降りたのだった。


 役職勇者、タカムラ・コウタロウはこちらへ向くや否や目を見張った。


「そなたが……なんと美しい。おっと、これは失礼。不本意かと存じますが、国の趨勢ゆえ甘んじて受け入れて頂きたく。不死結界の中で、そこでわれと一戦を」


「良いでしょう。試合であるならばその条件を呑みましょう。わたくしもあなたのような人材が欲しかったのです。勇者は魔王と戦うのが『仕事』ですからね」


「ははは。われが勝利の暁には、王都より軍を下げてくださいますよう願います」


「勝てれば、ですが。たとえ死んでも、直後であれば蘇生して差し上げますよ」


「……これはお戯れを。お美しい方の口からだと信憑性があり過ぎて困りますな」


 ピンときた。少しの会話だったにもかかわらず、この人面白いなぁと。


 地で話してほしい。これ、随分と無理して喋っているはずだから。

 ルキウス王子との掛け合いの中で、いずくんぞ相違なるやなどとズレた発言をしていたところからもわかる。もちろん漢文語調をわざわざ古典ラテン語で言いまわしている無茶も踏まえて、ではあるが。


 直感だけど、たぶんこの人とは凄く気が合いそう。

 たとえ殺戮の天使であっても。


 お互いに外向けの面構えを演じているのが、なんとなくわかり合っている。

 そう、相手も僕がその場において――、

 もっとも正しい姿を演じていることに気づいている。


 なぜって、お互い転移人でしかもどう見ても日本人なのだった。

 僕の髪が銀に近い亜麻色でも、基本の顔立ちは大和の民のものだ。そりゃそうだ。両親が日本人なのだから。少々顔の作りが彫深くても、それは誤差だろう。


 何より彼のような珍妙な話し方をする文化など、舞台演劇ならいざ知らず、あるわけがないだろう。


 これは、恋? ノンノンノン。むしろ、変。

 良い意味でなら、奇妙と言うべき。


 転移人は総じて苦労をするもの。住み慣れた世界を離れるだけでも苦労。

 まったく異なる文化に戸惑うのも苦労。マズい食事も苦労の内。

 魔術魔法奇跡に、神々に触れるのもずっと苦労。


 武器を向け合うより、お茶でも飲みながら互いに愚痴をぶちまけたりしたい。


 まあでも――。


 兎にも角にも、そんなこんなで、試合形式の決闘となったのだった。

 一瞬、迷ったが黒の千早は脱いで行く。最狂神器は必要ない。

 草履から鉄芯入りの戦足袋にだけ履き替える。


 戦争中に何を悠長なと思えど、お互いがお互いに思惑があるため、あえて殺し合いは避ける方針でいる。極端な話、自分の利益を優先させている。


 僕としては勇者という人材が欲しい。魔王とくれば勇者。逆もまた然り。


 試合に勝てば勇者が手に入る。もしもの話、かの婚活女魔王が彼を気に入って、勇者側も実は年上の女が好みだったりしたらチャンスだ。


 仲人して二人をくっつける。そして祝福と共に婚儀を取り仕切る。

 あとは野となれ山となれ。精々たくさん子どもを作ると良い。


 僕に課せられた対魔王ミッションも無事完了となろう。


 対する勇者の彼としては、基本的に『勝てば』軍事同盟たるイプシロン王国に大きな貸しを背負わせて国家間での優位性を得られることになる。

 上手く立ち回れば同盟ではなく傀儡化もしくは属国化も狙えそうだ。


 王は既になく、王弟ももういない。

 その大黒柱をへし折ったのはオリエントスターク王国と来る。


 お膳立てした覚えはないが、神聖セイコー帝国にはお膳立てして貰ったように見えるのかもしれない。たとえ同盟国であっても、弱り目に祟り目となれば話は別。


 なるほど、そこそこ清濁併せ呑む人柄と見ても良さそうだ。


 勇者にしておくのが惜しいタイプ。正論しか言わない奴に比べればこっちのほうが遥かに人間臭くて安心するというもの。

 双方にwin-winとして働くからと言って、戦争中だというのにあくまで試合方式にこだわるのは少し引っかかるが、たとえ那由多の確率の先に敗北を僕が喫したとしても、長い目で見れば自分に損はない。


 もちろん、これはお互いがお互いに打ち勝てばの話。


 ちなみに僕は今、足元の戦足袋以外武装をしていない。

 ここへ召喚された当初は消音機能付きの小型拳銃を太ももに隠していた。しかしいつも通りにカスミがハッスルしているし、アカツキもいるため必要ないと判断し、三日目からはインベントリ内に仕舞っていた。


 なので何か武器を作ろうと思い、新たに一振りの刀を創造した。


 反りの浅い、幅広の打ち刀。

 戦国時代末期に使われていた介者剣術用の実戦刀。


 僕の修める阿賀野流戦国太刀では名前の通り太刀遣い剣術が多いが、男でありながら女性に半改造されている自分の腕力では太刀は重過ぎた。

 いっそ奥伝に達している薙刀にしても良かったが、剣使いを相手に長獲物では僕の優位が揺るがなくなってしまう。それではつまらない。


 これを余裕と見るか、慢心と取るかは結果次第となるが……。


「仕上がりはこんなものでしょう。銘は……うん、どうでもいいですね」


 手の収まりを確かめるために軽く刀身を振る。

 空気の層が真っ二つに断たれる音がする。良い響きだ。


 その刀身は漆黒の闇よりも昏い、底なしの淵を眺めるが如くの混沌の刃。


「な、なんだ、その禍々しい刀は……ッ。光が吸い込まれていくような……ッ」


 ああ、まあ、見た目のインパクトは凄いあるかもね。


「黒の聖女とかいうキャッチコピーに、なるべく合わせてみただけですけれど」

「マジか。あ、いや。そうなのですか。う、ううむ」


 おっと、早くも地が見え隠れし始めているではないか。

 うふふ、楽しい人。


「こっちもイメージ商売というか、求められる姿に沿わせないといけませんので」

「そ、そうですか。こう言ってはなんですが、お互い大変ですね……」


「結界内にいますので声も外に届かないでしょう。地で話しても良いですよ?」


 にっこりと微笑んで促してやる。

 立場上の取り繕いなど、試合う僕たちには不要だろう。


 さあ、あなたの本当の姿、とくと見せてもらいましょうか。

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