第93話 ブレイブアタック その1


 四日目。

 予定の上では最終日となる。本日もお日柄も良く、朝から戦争である。


 ルキウス王子率いるオリエントスターク逆襲軍は、イプシロン王国王都まで残すところ五ミーリア (約八キロ)の地点にいた。

 正確には隠蔽された地下リニア発着駅から出てすぐ、王都より南西へ五ミーリアの地点、となろうか。腕時計を見る。午前八時ちょうどだった。


 自軍。一般兵が一軍団=五千人。ゴーレム兵『アヴローラ』が三千体。


 常識観点からして、王都攻めをするには少な過ぎる兵員だろう。

 戦いは数、数は力、それを全く無視した構成。


 まともではない。

 せめてあと五倍人数は欲しいところか。


 だが戦力からすれば、この兵力は圧倒的にオーバーキルだった。


 実質五万人相当の戦闘力を有する一般軍団兵と、人間を相手と限定し戦術を駆使すれば三百万人を相手しても打ち勝てるだろうゴーレム兵団。

 もちろん、単体の力より数の力のほうが優位に立つため、仮に相手が数を頼りに包囲戦に持ち込んできたらどうなるか分からない。それでも、外観の人数に騙されると、あっという間に血と肉と糞の地獄である。


 いわんや、この度のイプシロン王都戦。


 まず、ヨシダ戦車に城壁を破壊させてみたとしよう。

 じっくり腰を据えて、ボンボン撃ちまくる。

 敵の心魂ごと打ち砕いてくれよう。一方的に、徹底的に。

 その後、ゴーレム兵団と軍団兵を前後にまとめてファランクス突撃させる。


 素晴らしい戦争交響曲が遍くに響き渡るだろう。

 そうして、半刻もしないうちに、王都は死と瓦礫に覆われる。


 相手を過小評価しているのではない。僕はそのような自信家ではない。

 単にそうなるであろう事実を述べているだけの話。


 実際は、こんな泥臭い方法ではなく、もっとスマートにやるつもりでいる。


 さて、さて。


 イプシロン王国の残存兵力はもはや僅かだ。初戦の、国境要塞トリスタンで国中の兵力の三分の一を『浪費』してしまった。


 軍の観点から言えばこの時点で全滅扱いだろう。


 初戦では援軍の神聖セイコー帝国、その二万の兵は戦わずして撤退した。

 追い打ちをかけて、イプシロン王国、国王ゲルトガインはギロチン台の露と消えた。斜陽。崩壊寸前の王国。風前の灯の王国。


 それでも、まだ王都イプシロンは残っている。


 現在の王都の内部は、これはさすが武神立国というべきか、もうすぐ敵であるわが方の軍に蹂躙されるであろうのに一定水準以上の治安を保っているという。


 わざと防諜の穴を作り情報を漏洩させてやったが、というかどういうルートで情報を送り届けたのか知らないけれども、混乱効果までは見込めていないようだ。


 しかし、それはそれでいい。


 王都イプシロンは、今回の遠征での仕上げとなる場所だった。

 味方ですら慄くような、画期的な戦法で以って、敵を滅ぼしてやろう。


 斥候情報の残兵は、近隣の小都市からもかき集めた兵力が二万ほど。

 あってもなくてもわが方の軍にほとんど意味のない外壁の内側でひしめいている。その後方に、王族一派が控えている。あっははは、震えているのかい?


 戦力を対比で表してみよう。


 タイマンで、武器の構え方すら知らない入隊したばかりの新兵が――、

 レベルカンスト覚醒済み、最強装備殺意満々の英雄と相対するようなもの。


 言うまでもないが念のため。

 前者がイプシロン兵、後者はオリエントスターク兵だ。


 この絶望感。お分かりいただけるだろうか。


 頭の中で、グレゴリオ聖歌のアヴェ・マリアがしつこくリフレインしている。

 イヤーワームが酷い。

 あまりにも不快なので、北欧産の純正ブラックメタルを脳内再生させる。


 アカツキの木星大王を上空六千フィート (約千八百メートル)辺りでステルス状態にて待機させている。軍事スパイドローン代わりである。

 場合によっては攻撃――なんて事態になると、九割九分九厘、サン・ダイアル星ごと爆発四散サヨナラになりかねないので本当にピーピングだけさせている。冗談みたいに強化したことをちょっとだけ後悔している。


「うーん。西の城外で布陣していますねぇ」


 上空の木星大王との視覚リンクを切った僕は、ぽつりと呟く。


「やっつけちゃうビーム?」

「それをすると星そのものが大ピンチだから、もっと強い相手に撃とうね。イヌセンパイ辺りに撃つと、案外面白いかも」

「うんっ」


 馬車内で恐ろしい会話を興じる僕とアカツキ。傍で愛馬に騎乗するルキウス王子の顔が若干引きつるのが見えた。とはいえ本当のことなのでどうしようもない。


「……黒の聖女様。今、城外で布陣とわたしの耳には聞こえたのだが、敵は王都イプシロンを盾に防衛戦をしないつもりなのだろうか?」

「いえ、そうではなさそうですよ。防衛自体は王都を盾にするみたいです」

「と、いうと?」


 装備を見ればすぐわかる。

 バケツのような兜。背中に負う大剣。全身白マント。


神聖グランドセイコー帝国の兵が、かの王都の西城外に配置されています。数は二万」


「それはエスト攻めに混ざっていて撤退した連中だろうか?」

「そのようですね」


「ふむ。ならば彼らが王都に軍の壊滅や王の死などを伝えたと考えていいな」

「かの戦闘での壊滅的な敗北は、間違いなく伝えられているでしょう」


「降伏勧告は無意味だな。いや、勧告をしても王族は死なねばならぬし、この王都こそ最終防衛。そもそもの前提が間違っているか」


「向こうはやる気ですので存分に叩き潰して差し上げましょう」

「わかった。そのつもりでいよう」


 ルキウス王子は愛馬を駆けて、出陣を全軍に告げた。


 ところで、と話の筋を変えてみる。


 奇妙、という言葉がある。

 意味は、珍しいとか、不思議な、などである。


 文字の『奇』『妙』も良い意味合いの性格を持ち、おもむきがあったり面白味があったり、旨味があったりと、プラスの面に用いられる。


 それは、この異世界にしてみればという皮肉を踏まえての『奇妙』な男だった。


 中肉長身、顔立ちは明らかにアジア人。むしろ日本人。大陸系や半島系、東南系のどれでもない、同国人だからこそわかる、大和の顔立ち。

 シンメトリックが正中線から微妙にずれているのが残念だが、それなりに目鼻立ちは整っている。僕の審美眼ではAPPは十二か十三といったところか。元世界ではそこそこ異性同性からモテたことだろう。


 年は十代後半から二十代前半辺りだろうと思われる。ちょっと物事を斜に構えるような、皮肉気な表情を顔に浮かべているのがポイントになろうか。あるいは誰しも一度は罹患するという、中二病が未だ現在進行形で発病中なのかもしれない。


 そんな彼が、両手を上げている。


 降参ではない。

 セイコー軍の使者として、一人でわが方の軍へとやってきたのだった。


 この世界の作法では、戦時下でも使者の名乗りを上げ、戦う意志を見せずに単騎または単独でやってくる者は一先ず話を聞いてやるのが慣例だという。

 もちろん話を聞かずに斬り捨てるのも、話だけ聞いて斬り捨てるのもアリではある。しかしその場合は必ずと言っていいほど不名誉が付き纏う。

 ルキウス王子の場合はそれが王太子としての経歴に傷を残す可能性も無きにしも非ず、となればやはり話だけは聞いてやる他なし、となるのだった。


「われは神聖グランドセイコー帝国、皇宮付き戦士長、兼、勇者の役職を持つ者。名をタカムラ・コウタロウ。オリエントスターク王国総指揮官殿に提案を届けたい」


 大声。おそらくは魔術具を使って声を拡散させているものと思われる。


 ざわ、とわが方の軍団兵がどよめいた。親衛隊ではなく、わざわざ皇宮付き戦士長という何かの意味合いを縫うような役職と、勇者という役職。

 そう、称号ではなく、役職。個人情報の職業欄に書き出せる類のもの。備考欄に勇者とは書かず、職業としての勇者。


「セイコー帝国の最強人、光剣勇者のコウタロウか。あの剣の達人が提案だと?」


 馬車の横で随伴するように愛馬を駆けていたルキウス王子が呟いた。

 ふぅむぅ、と呻る。僕は外部に耳を澄ませた。兵たちの反応を計るために。


「アイツはヤバい。単独で千の魔族と万の魔獣を殲滅した光の使徒だろう?」

「一週間不眠不休で、迷宮の底に犇めく吸血鬼をすべて塵に還したとか」

「かの帝国に、海の向こうより雲霞の如く侵略せし蛮船を一隻残らず沈めたとか」

「ウホッ、いい男」

「光神ファオスの使徒にして秘蔵っ子、光の剣と銀の腕を持つ戦誉れの勇者」

「狂える闇神スコトスに怨敵宣告されたらしいぞ。全魔族への不倶戴天として」


 ……なんだか、勇者というよりもこの世界の神に使わされた殺戮の天使と称したほうが良さそうな人であるようだ。

 一つだけベクトルが明らかに違うものもあるが、まあ良しとする。


 興味深いのは、それほどの戦績を重ねながらも英雄と呼ばれていないところか。


 あくまで彼は、勇者であると。

 役職での勇者というのがちょっと不明ではあるけれども。


 僕は木星大王視点のズーム率を上げて、より詳細にかの男を眺める。


 彼はフードのローブは脱いでいる。

 だからこそ顔が見えるのだが、装束は白を基調にしたコートアーマーと書けばイメージが通るだろうか。アニメやゲーム、もしくは四角い名前系統の、最後の幻想シリーズに出てくる無駄にイケメンキャラが着そうなスカした格好だった。


 加えてこの世界と時代にそぐわない、近代的な白革の長ブーツ。


 小手がまるで鷹か鷲の爪でも模したような、銀の鋭い指先で形作られている。まさかアガートラームなどと、そんな神器名ではなかろうか。


 とすれば剣の方は神剣または光剣クラウソラスだったりしないか。ここは異世界だ。あながち僕の予想も外していない気もしないではない。


 にしてもなんなのだろう。この嫌な感じは。転移人であるのは確実として。


 ――そうか。

 神から貰った装備とチートで『最強系』というアレか。ラノベあるあるの。


『んふふ。レオナちゃんや。嫌な予感しかしないとき、それは現実になる、やで』


 ここ数日無言だったのに、突然脳内に話しかけるのはやめてください。


『えー。いいやん。俺とレオナちゃんの仲やんー。俺だってレオナちゃんとシタいー。徹夜でファミコンじゃない方のセクロスで愛し合いたいー』


 意味不明な欲望をダダ洩れにしないの。そんなことよりも、最初の発言、僕の予想が的中してるって遠回しに答えているようなものではないですか。


『確かにアレはチート貰って俺つぇーやで。レオナちゃんとは全然違うタイプや』


 僕は何も貰っていないのでしたっけ。

 何も足さない、なにも引かない。ありのまま、そのまま。この単純な――以下略。どこかのウイスキーのキャッチコピーみたいな感じ。


『せやで? レオナちゃんも、ヤマ〇キシングルモルトもサイコーやで?』


 チートって、どうせあれでしょう? 光属性特化、光属性魔法特化。身体総合強化、デバフ無効、体力・魔力量増大『極大』、各種戦闘用スキル。

 神器として光の剣『クラウソラス』と銀の腕『アガートラーム』、防具はよくわからないけどテキトーなそれっぽいアイギスとかその辺の名前のものとか。アイルランドとギリシアのちゃんぽんみたいな。


『おー、分かってるねぇ。もうバッチリ。面白いくらい合ってるなー。剣と小手は召喚時のチート持ち込みで、コート式防具のアイギスは、かつてオリエントスターク・イプシロン・セイコーの三国に渡るすべての領土を支配していた、いにしえのオメガ魔法帝国の遺跡から発掘してきたってことになってるな』


 当たってても、ちっとも嬉しくないのですが……。


『でもレオナちゃんなら、胡坐かいてメシ喰いながらテレビを横目に、スマホを弄りつつ作れてしまう程度やで。キミが着てる装束に比べたら玩具みたいなもん』


 そんな行儀の悪い真似、僕はしませんから。きちんと躾けられていますので。


『ふひひ。怒ったレオナちゃんもまた可愛いのう。マジで今夜辺り、俺とスケベしようや。ほんで俺に女の子パンツ履かせて前立腺パンチしてくれ。うはははっ』


 もー、知りません。僕はアカツキとぺろぺろちゅっちゅして寝ますので!


『まーたフラれたぁ。しかし、わははっ。そうかそうかアカツキと。うふふっ』


 やがて気が済んだらしいイヌセンパイは脳内交信を終了させた。


 お騒がせな邪神顕現体である。

 さすがは混沌。千ある貌の一つ。力弱き神々の守護者。


 それは、ともかく。


「話を聞いてやろう。わが勇敢なる軍団兵たちよ、彼をここまで通してやれ!」


 ルキウス王子は、蒼いオーラの湧き立つ漆黒の刀を振り上げて兵らに命じる。


 朝から気合が入っているなぁ、と思う。

 いや、戦争なのだし、当然ではあるけれども。

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