第92話 敵前逃亡と政治亡命は似て非なるモノ その4


 発展途上の未満世界。その一つたる王国、イプシロン。

 滅びに瀕する、武神立国。


 原因は、森林伐採による砂漠化の蔓延。


 イカヅチとイナズマ。二柱合わせてライデン神。

 製鉄のための、秘匿された魔術士。


「ふむ……まあ良いでしょう。どうせ滅ぼせば同じですし」


 荒っぽい結論ではある。

 それもそのはず。イプシロン王国はどう転んでも終了が確定している。


 近いうちに砂漠化で荒廃し、かの王国民が総餓死するか。

 明日、わが方の王都を攻められて滅亡するか。


 どちらでもよい。その辺はまったく関心がない。アズユーライクである。


 僕にかかるオリエントスタークの聖女としての契約は――、


 魔王パテク・フィリップ三世とその軍勢三十万をどうにかすること。

 元世界の知識と技術供与すること。

 食事はレシピはともかくとして、実食はサービスとしている。僕はあなたたち王族一家の料理人ではなく、ましてお母さんでもないのだから。


 教皇としての僕、ですか?

 そちらでは、契約は交わしていないので、なんとも。


 桐生一族は、交わした約束を必ず守る。そこに損得勘定はない。


 そのためには、一番面倒な時期に僕の魔王対策の邪魔をしてきたイプシロン王国をなんとしても滅ぼさねばならない。これは仕事である。

 聖女などともてはやされているが、僕には一片の価値も感じない。もちろん次世代以降に召喚される不幸な聖女のために、その名誉は保つ努力はするけれども。


「それで亡命姫はどうしてオリエントスターク王国に?」


 そろそろ前提の話も済んだ頃でしょうし、話の中核へと向かいましょう。


「イプシロン王国では、武神立国と称するだけあって最も強い王族を王とする気風がある。もちろん、強いと言ってもそれが武力だけを指すものではないのはお気づきの通り。武力外交は最終手段であり、内政で自国の力を蓄え、通常外交による交渉にて諸外国としのぎを削り合うのが基本となる。四十年前、かの国の次代王候補は二人挙げられた。『戦士ベラトール』のザンターク王子と、『賢者サピエンス』のテーテネシア王女」


「二人とも水と油というか、両極端に聞こえるのですが、どうでしょうか?」


「まさに。しかも二人は異母兄妹だ。ザンタークは武において比類なしと王国内で誉れ高く、テーテネシアは武も国の習いとしてそこそこ長けた上で、何よりも内政に対する情熱とそれを満たす知力が抜きん出ていた」


 タカ派とハト派みたいなものか。タカ派は政治的強硬派。武断派ともいう。ハト派は政治的穏健派。武力を伴わない政治行動を主に見せる。


「テーテネシアは荒廃する国土をどうにか留めんと様々な施策を巡らせた。その一つが、地脈筋に関する施策。かの王国内の数百人の土属性魔術士と数十人の土属性魔法士、彼女自身にも強力な土の精霊の守護があり――彼女は否定しているが土の精霊王だとの噂もあるがそれはともかく、土属性が力をまとめて儀式を組み、王都と副王都の地下に走る地脈に魔力を注ぎ込んでより活性化を促したという。そしてそれは目論見通りの成功に達し、減産した食糧需給の向上にも大きく貢献をした。また、精霊繫がりで、とある神器を精霊より借り受ける栄誉を得た。これがわたしの言う、テーテネシアの守護精霊は土の精霊王ではないかという疑惑にも繋がるのだが、その話題の神器とは、あの水の神器なのだった。土気→相剋→水気。そう、モルオルト侯爵領にあったアレだ。黒の聖女様は同性能の神器を簡単にお作りになられたが、本来、神器とは言葉の通りの代物で易々と手に入るものではない。彼女は母方筋のモルオルト侯爵にこれを預けた。地脈活性は王都と副王都の二都だけで中止となったために」


 ここで一度ルキウス王子は言葉を切った。

 予告。次からの彼の話は非常に長い。しかも二回来る。


「中止の理由は、おそらくはもう話の流れからお気づきだと思う。そう、ザンタークの妨害があったためだ。あまり有能さを見せつけられると自分が霞む、とまあそんな理由だろうな。表向きの理由は、偉大なる神々がお作りになられた大地の法則を軽々しく変えるものではない、だったか。まあ、一応は筋は通っている。現在進行形で森林を伐採に次ぐ伐採をしている部分さえ目を瞑ればだが。しかも神器についても、ヤツはテーテネシア母方の親族筋だけに預けるのは不公平だと訴えた。特定の領地に預けず、国中の民が使用できるようすべきだと。確かに言い分はわからぬでもない。だが、親族への神器貸与自体は何もおかしくない。一国の王女とはいえ、自らの後援となる者たちを遇することにどこに不備があるのか。神器そのものも地脈儀式の続行を妨害されたために、別途で彼女が個人の力で得たものだ。しかしザンタークは己の主張を曲げない。テーテネシアはそんな彼を処置なしと思ったのか無視をした。彼女は鉄精錬に使う木炭と、そのための森林伐採についての危惧を父王に奏上しようと考えていた。自然界の急激な環境変化がもたらす国土の荒廃を説こうとしたのだな。しかし、この奏上はなされなかった。何をどう思ったのか、業を煮やしたザンタークはありもしない嫌疑をモルオルト侯爵に投げかけて軍を動かしたためだ。同時に、嫌疑の中心人物として、テーテネシアを捕縛しようとした。その内容は、なんだったか。あまりにくだらぬ理由で覚えていないな。子どもの屁理屈みたいな理由付けだった。ときに、モルオルト侯爵家は武神立国に沿う武門の家柄でもありながら、魔法士と魔術士を輩出する家系でもあった。彼らには、水の神器があった。水の精霊王――ではなく水の精霊を大量召喚し、ザンターク率いる軍団と徹底抗戦した。そして防衛し切った。しかしそれだけでは終わらなかった。撤退したザンタークとその軍団は、筋の通らぬ行ないを咎める父王を何を思ったか弑して王座を奪ったのだ。必死過ぎて頭に血が上ったという感じもしないではない。これにはテーテネシアもさすがに対応しかねた。渦中の自分に進退窮まり、結果、わが国へ政治亡命を決めたのだった。王となったザンタークは再度モルオルト領を攻めた。もはや何をしたいのかさっぱりわからぬ。父を弑したとはいえ王になったのだからそれで良いではないか。あとは政治を駆使すればどうとでもなろうものを。結局のところ、最後はこれまで完全に陰に隠れて世継候補にも上がらなかったツヴェルゲルトという名の王子が挙兵し、ザンターク軍をモルオルト侯爵軍と挟み撃ちにしてこれを討ち倒した。その功績を以って彼は次代の王となり、その長子が、三日前に処刑したゲルトガインとなる。まあ、ここまでは良かったと言っていいだろう。国内の騒動はとりあえずは終結したのだから」


 ルキウス王子はぶどう酒を自分でワイングラスに注いで、一息に飲み干した。


「問題は、政治亡命してしまったテーテネシアだ。王侯貴族は特に、国を捨てて一度でも亡命してしまえば、コトが終わったからと言って元の国へ帰還するのは困難となる。彼女は自らの保護の代償にイプシロン流のタタラ製鉄法をわれらがオリエントスターク王国に伝え、それだけならまだしも、錬鉄法も伝えていた。国家機密の漏洩は総じて死罪だ。黒の聖女様は欲しいままに技術や知識をお与えくださるので大変ありがたいのだが、本来それらの情報は秘匿されるべきであり、その機密を漏らしてしまうのは至宝を無償で手放すのと同じ意味となる。内乱後、イプシロン王国はテーテネシアの帰還を求めた。そう、お気づきの通り。帰国させて処刑するため。流出したであろうかの国の機密の責任を取らせるため。これはたとえ彼女が機密を漏らしていなくとも末路は同じになる。いくら王女で賢者であろうと信用されない。危機回避のためとはいえ、母国を捨てて亡命した事実は変わらないから。これが極秘裏にわが国へ侵入し、変装や名前を変えるなりして誰も頼らずに潜伏していたとあれば話は別だった。だが、残念ながら、そうするには明らかに騒ぎが大きくなり過ぎた。渦中のテーテネシアは否応なく目立っていた。……わが国では種々の要素が絡んでしばしの論争となったが、最終的にはイプシロン王国の要求を突っぱねるに至った。彼女には利用価値があった。秘匿技術もさることながら、彼女はこと内政となると凄まじい能力を示したためだ。内政賢者という二つ名を試すため、祖父王陛下が情報を絞ったいくつかの政策について尋ねてみたところ、限られた情報の中で最善と思しき答えを簡単に捻り出してきたという。祖父王陛下曰く、傍に仕えさせたい。このひと言で決まったようなものだった。手放して死なせるにはあまりにも惜しい人材。それにイプシロン王国では内紛で兵力がガタ落ちになっている。武力外交などとてもできようはずもなし。各種鉱山で金銀銅鉄、宝石で金はあっても、人というものはすぐには育たないし育成は非常に手間がかかる。立て直すには国力の度合いからして十年は余裕で必要となろう。その間に、彼女から搾れるだけ利益を絞ればいい。国を富ませるメリットと隣国に恨まれて国交断絶するデメリットを天秤にかけ、結果、テーテネシアは単なる政治亡命者から祖父王陛下の側室に立場を変えることで身を安堵させることに成功した。まあ口さがないわたしのような輩に言わせれば、いつまでたっても彼女は亡命姫なのだが。どうも生き汚いというか、なんというか。自分も王族がゆえにその行動には一定の理解はするが、やはりちょっとな。ここだけの話、早々に閉経したと言ったがそれは表向きの話で、実は祖父王陛下と密約を交わして自ら子を成さぬよう堕胎薬を過剰に服用、その作用にて早くに石女となり果てたのが真実だ。生きるために女ですら捨てる。そうまでして生にしがみつくか、とも思う。なぜわたしがこんな秘密を知っているかは聞くな。わが母は、父上をこよなく愛しておられる。それだけだ」


 ルキウス王子は軽くため息をつくように話を切り上げた。

 つまりオクタビア王妃が、先王の側室から自らの夫の側室へと降ってきた際に調べたと。確かにあの王妃ならやりかねない。男への独占欲が物凄く強そうだし。


 うわあ、昼ドラみたいなドロドロしたものを感じる。絶対に関わりたくない。


「……以上が、われらがオリエントスターク王国とかのイプシロン王国が国交を断絶し、先日の侵攻騒ぎとその後のわれらが逆襲となるまでの経緯だ。うむ、われながら長々と喋ったもの。ここまで一気にしゃべるとある種の爽快感も伴うな」


「おつかれさまです」


「さて、それではデザートのティラミスを……」

「それがアカツキと将軍閣下がぺろりと。十人分はあったのですが」


「なん……だと……」


 彼が僕に語って聞かせてくれている間に、アカツキとホメーロス将軍はデザートを次々と平らげていた。遠慮なんて欠片もなかったとつけ加えておく。


「ごちそうさまでしたにゃあ」

「いやあ、旨かったですなぁ。ごちそうさまですぞぉ」


 抜け抜けと食後の挨拶をする二人。がっくりとうなだれるルキウス王子。


 そんなにも食べたかったのかと少しだけ気の毒に思う自分。

 なんとなくシュールで吹き出しそうに。


「ティラミス……」

「話をしている間に食べられちゃいましたねぇ」

「うう……ティラミスぅ……」


 突っ伏すルキウス王子の恨めしい呻きが、食後のテーブルに響いた。


 夜も更け、そろそろ眠ろうかと思う。

 とは言っても、腕時計で確認する時刻はまだ二十時を過ぎたばかり。

 しかし日の出と共に活動するこの異世界では、もう十分に深夜と言える刻限。


 今日は城壁を瓦礫にする程度で戦闘自体はほとんどなく、壁についても綺麗に再生させてしかもより強固になるよう幾つか改良を加えておいた。

 敵前逃亡したイプシロンの王弟とその愛人の男たちは私刑に掛けられ石打ちに、残された哀れな彼の妻子らはギロチン台にて安楽処刑されるにとどまった。


 イプシロン王国副王都は、オリエントスターク軍によって見事降伏せしめられた。これまでの戦闘から鑑みるに、理想的開城に近かった。


 投降した兵と貴族たちは一時的に拘束と相成った。

 これに関してはルキウス王子は、自分の名に賭けて確約している。

 望むならこの都市の新体制で役職を得られると。それが嫌なら身分に相応する手切れ金を出すので、どこへでも出立して良いと。


 王弟に抱えられた貴族らは、基本的に領地を持たない法衣貴族だった。

 政治能力の程は知らないが、後々僕が彼らに向けて細工をして真面目に働くよう仕向けるので問題はない。働き者のバカがいるとしても、特定してから適当に罪を被せて処刑すれば良い。人の上に立つなら、それなりの優秀さが必要なのだ。


 一方、僕は僕で副王都の農業地帯にある屠殺場へ訪れて家畜の死骸、臓物、骨、その他の屑肉を素材にフレッシュゴーレムを大量に作り上げていた。


 街外れから先への龍脈筋に沿ってどんどん移動、場所を定めて都市イゾルデにあった水の神器の模造体を再び作製し巨大ため池を確保する。


 そうしてため池の周りに骨肉をばら撒きつつゴーレムを歩かせ、猟奇趣味をお持ちの方もご満悦の準備を経てこれを触媒とし、空気中の納豆菌を化合させて放射線を当ててとくだんの保水体を量産化させるシステムを構築していったりしていた。


 なんだかんだでよく働いた。

 例のエナジードリンクの影響で疲れは全然感じないけれど。


 お風呂も入ったし、アカツキには寝る前のトイレをきちんと済まさせた。オムツはつけさせていない。断定はできないが気づいたことがあって、夜の営みを僕と交わすと、彼は不思議とオネショをしないようなのだった。


 なので、今夜も、する。えちえちである。ラブラブなのである。


 二人して裸よりも恥ずかしいランジェリーベビードールを着用し、見つめ合う。


 ――と、ここまでは良かった。

 ハァハァと興奮する息遣いが聞こえる。それも、二カ所から。


 アカツキは僕に甘えて抱きつき、肌に心地良い極上シルクのベビードールの上から男の娘の偽胸に顔を沈めて幸せそうにしていた。

 今はまだ、ほんのりとした親子のふれあいを楽しんでいるだけだった。


 カスミは僕の傍でハァハァ言いながらその様子を脳裏に刻み付けんと凝視している。ではもう一つのハァハァはどこから聞こえるのか。


 大神イヌセンパイはホモセクシャリティの性癖は持てど、あくまで『僕×イヌセンパイ』の攻め受けが目的であって、覗きで興奮するタイプの変態ではないと見ている。そもそも、あの人 (?)の性癖は僕と同じΩタイプみたいだし。


 はて、さて。ならばどういうことなのか。

 覗き行為はカスミが自分が独占するためにも誰も許さない鉄壁を張るはず。イヌセンパイは先ほどの通り掘られたい系なので除外。となれば――。


「……? わからないな」


 慎重に気配を辿るも、怪しいところは何もない。

 わからないな。今一度繰り返す。

 認識できないものは、存在しないのと同じというが……。


 夕食後にルキウス王子の語る――、


『オリエントスターク王国に都合の良い、イプシロン王国との軋轢、および、テーテネシア亡命姫の波乱の人生』


 なるものを拝聴し、実は僕は精神的に疲れているのかもしれない。


 彼の語る話はおおむね真実なのだろう。

 ただ、真実とは事実と似ているようで別物である。


 真実は常に一つ、などとどこかの死神子ども探偵は放言するが、それは個人主観による決着点に過ぎない。第三者の観測アザトースによる事実ではまったく異なる場合もある。


 白痴でもあるまいに、人の話をそのまま鵜呑みにするな、なのだった。


 素直なのは美徳だ。それは認める。

 素直で、しかもアカツキみたいな可愛い子は大好きだ。


 でも、常に思考せよ。物事をあらゆる方向から眺めて考えを尽くせ。


 特に、王侯貴族の語る甘い言葉には気を許すな。

 アイツらは人ではなく国家と見よ。

 偉そうなことを言っているのは自覚している。

 これは僕の努力目標である。


 とはいえルキウス王子は。

 何かと一生懸命なところに好感が持てるのだけれども。


 ああ、ダメだ。彼も間違いなく王族。しかも王太子。次世代の王である。


 そもそも、王族たる彼の話を鵜呑みにせず警戒せよという趣旨だったろうに。

 でも摘まみ喰いしたい気持ちも無きにしも非ず。何を、とは言わないが。


 まだまだ未熟も未熟。僕は完熟には程遠い。

 たかが十七歳の男の娘。それが自分。されど十七歳の男の娘。


 うん、一瞬の気の迷いだろう。幾ら自分が半女性化改造を受けているとしても。


 ああ、逃避。思考をよそに逃がしてしまえ。

 それにしてもアカツキが、お子様特有の高めの体温でとっても気持ちいい。


 もしかしたらコダマ・ヒカリ・ノゾミお姉ちゃんたちも、僕を抱きしめて同じことを考えていたかもしれない。子どもの体温はとても気持ちいいと。

 まあ、あれはあれで良いものなのだ。肉親の安心感も伴うし。何より、僕はお姉ちゃんたちが大好きな、重度のシスコン弟で男の娘だった。


 僕は、アカツキとキスを交わす。大好きですよ、僕だけのお人形さん。


 イプシロンの都市は、基本的に砂漠地帯の環境に近いため、放射冷却現象で夜はかなり冷える。なので寝具はまるで日本での冬場の様相に近い。


 僕はアカツキとぴったりと抱き合って、深く、互いの体温を確かめ合った。

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