第91話 敵前逃亡と政治亡命は似て非なるモノ その3
食後、ルキウス王子はオリエントスターク王国とイプシロン王国の関係性について――主になぜ国交が断絶するに至り、敵対関係になったかを語ってくれた。
以下、その内容を書き込んでおく。ちょっと長いので注意。
「それは今から四十年前のこと。イプシロン王国より一人の姫君が政治亡命してきたことから始まる。彼女の名はテーテネシア・アウマデルシヲ・イプシロン。かの国の第一王女だった。……ところで、わが父王の配偶者はわが母上の他にも三人の側室がいるが、こうは思わなかっただろうか。一国の王にしては、意外と妻となる者が少ないと。わたしが言うのもなんだがその通りだと思う。ただ、これは父上が母上を特に大切に想っているがためであり、しかも母上も実はほんの少しばかり独占欲の強い性質をお持ちで、それゆえに父上は政略上最低限必要な側室を持つだけに留めておられるのだった。そしてその三人の側室だが、一人は元々祖父王陛下の側室でもあったのだった。まあ事情ありきの、降りモノであるな。父上は祖父王陛下隠居から先、彼女の身を保障するために側室として置いているのだった。当然と言っては些少の失礼になろうが、父上より随分と年上であり、先王からの世代交代以前より閉経していたらしく子をなすことも出来ぬ。そう。察しの通り、形だけの側室。先に触れたように事情ありきの側室。しかしその彼女こそが、かつては内政賢者と謳われたかの王国の第一王女、亡命姫テーテネシア・アウマデルシヲ・イプシロンなのだった」
ルキウス王子、ここでぶどう酒を一口飲んで口を湿らせた。
「わが国では二代目聖女アメリア・ロック=シュトック様の御降臨とその
元世界の話、かつてメソポタミア文明では王国の維持のため大量に木々を必要として伐採を繰り返し、砂漠化を広め、植林への知識も技術もがなかったがために遥か遠くの欧州の西の端まで木々を得るために戦争をしては奪っていたという。
メソポタミア文明の中心地は、砂漠の広がるイラクの、チグリスとユーフラテス川の間の沖積平野にあった。
「話す自分ためにも少しまとめさせてもらおう。祖父王陛下の元側室にして、現在は父上の側室である元イプシロン王国第一王女のテーテネシア亡命姫。彼女は国元では内政賢者と名高かった。うむ……さて、そんな優秀な彼女ではあるのだが、一体『何をやらかして』もしくは『何から逃れるために』亡命してきたかに深く踏み込んでいきたい……のだが、今しばらく状況を把握のための話が続く。それほどの事件だったのだ。黒の聖女様。どうか辛抱強く、ご清聴を願いたい」
「一国の、それも第一王女が亡命となると、どうしてもそうなりますよね」
「……ご理解いただき、感謝する。まず、かの亡命姫は第一王女時代、自国の衰退を森林伐採に見たらしい。木々は養分を吸い上げて、土地を枯らせるという考えがイプシロン王国にはある。いや、もっと言えば現在でも人族主体の国であれば多かれ少なかれそういう考えを普通に持っている。木火土金水の『木気は土気に相克する』……古の時代からの五行魔法思想にも基づくゆえに。だがあるとき、彼女は思った。その五行魔法思想の法則自体は間違ってはいない。だが、単純に相克する現象だけを木々と大地に持ち込んではいけないのではないかと。なぜなら『土気は水気に相克する』そして『水気は木気に相生する』のだから。彼女の疑問は、実に的を射ている。しかし常識となった考えを修正するのは簡単ではない。そも、伐採に次ぐ伐採にて荒れた国土をどう修復すればよいかなど、とても思いもつかないだろう」
確かに答えを知っている自分たちからすれば比較的に簡単なようでも、知識ゼロからの対策となると非常に難しいのは分かる。
ゼロとイチとでは、数字上は隣り合って近いようで、まったく違うのだった。
この世界に住んでいる森エルフから知恵を借りるのも難しい。彼ら森エルフからすれば、イプシロン王国など大事な住処を破壊する悪党にしか見えないから。
「そしてこれは彼女の口からの言葉になるが、すまぬ黒の聖女様、小さな声で話すので少し耳をこちらへと願う。うむ……約二百年前、かの国は豊富な鉱物資源の内、鉄鉱石や砂鉄をより効率的に精製する方法を、とある二柱の神から教授されたのだという。木を炭化させて作る木炭を燃料に、巨大なふいごを用いる『タタラ製鉄』という方法だ。この方法ならば比較的低温で鉄素材を還元出来、かなり高純度の鉄を精製できるようになる。……いや、黒の聖女様ならこの程度、当然知っていると推察するので、大賢者に学問を説くようなものだろうけれども」
そんな釈迦に説法みたいな表現を。
タタラ製鉄法は、もちろん知っていますけれどね。
僕は口には出さず、静かに頷き返すだけで留めておく。
「かの技術を伝えた神の名は、イナヅマ神とイカヅチ神。二柱を合わせてライデン神とも呼ぶ。名前から推測するに雷神の系譜だと思われるのだが、しかしそれにしてはかの神々は土属性にやたらと詳しい様子だったとイプシロン側では伝わっているそうだ。ただ、しかし。この製鉄法には一つ大きな難点がある。ご存じだろうことに、タタラ製鉄とは、その精錬に大量の木炭を必要とする。それこそ山林など簡単に禿げ上がる勢いで。さらには『鉄穴流し』のために丘陵が掘り崩されたり、山間部の渓流を利用したりするので大量の土砂が下流へと流れ込み、農業に多大な被害を与えたりもする。それでもかの国は、製鉄を以って強大な軍事国家へと発展せんと事業を拡大していった。当初は中規模の国家だったのが、年月を重ねるだけ強国へと規模を拡大させていく。そうして、二柱のライデン神は、今から百年ほど前に新たな技術をイプシロン王国にもたらした。ちなみに初期は鋳鉄といういわゆる鋳造鉄だった。これはわが国でも作れる。次いで伝えられたのが、錬鉄だった。聖女様はご存じだろうか」
もちろん知っている。元世界ではすでに廃れてしまった技術ではあるけれど。
十九世紀の工業の急速な発展に沿うように生まれた技術で、鉄道のレールや建造物の構造材料に利用されていたと聞く。エッフェル塔もこの製法で作られている。
「石炭を用いた反射炉にて製鉄する、鋼鉄の大量生産以前に用いられていた方法ですね。高温の燃焼ガスをレンガの天井に当て、その輻射熱と燃焼ガスに含まれる酸素で鉄に含まれる炭素を除去しつつ精錬、反射炉の側面から鉄の棒を差し込んで念入りに撹拌、最終的にその鉄の棒に絡みついたものを錬鉄と呼びます。パドル法は人力だとあまり大きな塊は取り出せませんけれど、機械を使って赤熱している間に大きな塊にまとめれば、後はローラーやその他の技法を以って簡単に形を加工出来るようになります。でも、所詮は……鋼鉄を大量生産する以前の、過度期の製法ですね」
「……すまん、その製法、後ほどレシピか何かにお願いできぬだろうか。錬鉄法は一応は亡命姫により伝わってはいる。だが二柱のライデン神に祝福された特殊な火属性を得意とする魔術士が不可欠で、彼ら秘匿された魔術士が木炭を燃料に製鉄するためわが国ではとても精製が叶わぬのだ。要は、製法が今聞いたものとまったく異なるわけで。自国の恥を打ち明ければ、確かにわが国は聖女アメリア・ロック=シュトック様より魔術発祥の地として知られている。しかし、かの神々の祝福がない以上は手も足も出ぬのもまた事実。ようようにして、ままならぬものなのだ……」
「もちろんお教えしましょう。ただ、それよりも鋼鉄の精製法を知る方がいいと思いますよ。何せ鋼鉄精製用の炉は既に作ってありますから。後は技術指導するだけ」
「そ、そうか。やはり黒の聖女様は大神イヌセンパイが出し渋っただけあるな」
「それで、続きを伺っても?」
「ああ、うむ。その後、今から二十年前、二柱のライデン神は再度新しい技術をかの王国にもたらした。そう、今話題の鋼鉄の精製法。噂によるとタタラ製法による、より選別的で直接的な白鋼を作り、ここから独自の鍛造法で徹底的に鍛え上げると出来上がるそうな。彼らはこれを『
「その高炉は、石炭を千二百度の蒸し焼きにしたコークスを使わないのでしょうか。それを使えば木炭なんて低火力は必要ないはず。やはり秘匿の魔術士絡み?」
「おそらくは。というのもかの国では最高機密となっていて管理が厳しく、諜報を駆使しても情報の漏れが極端に少ないのだ……。それと黒の聖女様の質問だが、石炭はかの国ではほとんど使用していないらしい。なんでも石炭は単なる燃料としては高温を発して優秀ではあれど、金属精錬となると不純物が混入し、かの国が求める高純度の仕上がりにはならないという。具体的には、期待する硬度と靭性が得られない」
ああ、そうか。これはうっかり。オリエントスターク王国での主要金属は青銅で、鉄はあまり使われていないのだった。
要するに、鉄素材加工技術がイプシロン王国よりずいぶん遅れている。
その代わりに魔術が発達し、近年では個人で持つには少々高価ではあれど魔動器なども色々と出回っているというが。僕の知るものだと、音声拡張器か。
これは比較的簡単な構造で拾った音をコイル加工した魔石に伝え、魔石はそれを受けて振動を生み、とある魔獣の皮で作った元世界のコーン紙みたいなユニットへさらに伝えて音を拡大するようにできている。
言わばフレミングの法則を利用して音を増幅するマイクとスピーカーと似た働きをする。他に風呂の温度制御機も挙げられるが、余談が長くなるので割愛。
「そのための、コークス化ですよ。高温の蒸し焼きで炭素以外を揮発させてしまえばいい。石炭を利用しての製鉄で鉄が脆くなるのは石炭内に混じった硫黄が化合されるためで、これを防ぐために熱加工して不要な混ざり物を片っ端から飛ばすわけで」
「なん……だと……。そ、その技術もレシピに頂きたいのだがよろしいか……?」
「もちろん、良いですよ」
しかしなんだろうか、この二柱の神々から――、
悪意のようなものが見え隠れするような、しないような。
あえて技術伝達に偏りを持たせて、木々を大量伐採する方向に誘導している?
その行く先は、国土の砂漠化――荒廃?
わからない。なぜ? どうして? 一体、なんのために?
いや、待て。違う。どこか根本からおかしい。
この思考に掠める違和感の正体とは?
ならばいっそ、視点を変えてみればどうだろう。
先ほどは悪意と表現したが、逆に、悪意などないものとすれば、どうか。
無邪気――遊びの一環?
となれば、そう、ゲーム。
RТS (リアル・タイム・ストラテジー)でもしているような。
神視点で人々の文明を楽しむ。
ただし、この二柱の神は極端なやり方で干渉する。
あくまで実験。
特定の条件下で特定の偏った技術を供与した先を眺める。
僕みたいに無軌道に技術をばら撒くのではなく、ある程度の計画の元に、一定の法則に則った技術促進をする。子どもが特定の環境で昆虫を飼育して、その経過をつぶさに記録を取る、観察日記的な感覚で。
だがこの異世界。発展途上の未満世界において。
人の手だけで、二百年やそこらの期間で国土の大半を砂漠化できるのか。
待てよ。
僕はふと思う。
秘匿された魔術士。二柱のライデン神より、祝福を受けたという。
実のところ、祝福も呪いも根源は同じなのだ。
例えるなら発酵と腐敗のようなもの。
人に有益か、または有害であるかの違いでしかない。
呪いと書いて『まじない』と読むか『のろい』と読むかの違いである。
脳の奥で、イヌセンパイが嫌らしくニヤニヤ、ニヤニヤとほくそ笑んでいる気配がする。さすがは混沌の邪神サマ。性格悪いなあ、もう。
今回に限っては僕にウンチクを垂れたり助言をしたりするつもりはないらしい。
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