第86話 多段式弾道弾 (МIRV)作戦 その3


 水の精霊王はイゾルデ姫の姿を模って顕現している。

 その大きさは、目算で大体五十メートルくらい。水の巨人である。


 ならば僕は、こうしよう。

 一度全軍を退却させ、彼らの殿を守るように土の精霊王を喚んでみる。


 さあおいで。ほい来た参上。といった感じ。


 周囲の砂礫を巻き込んで――、

 こちらも五十メートルくらいの大きさを持つ人型がずもももっと顕現する。


 土属性無限権能ってスゲー、なのである。


 ただ一つ文句を言いたいのは、その姿が僕であったということ。

 それだとルキウス王子が目立たなくなるでしょう、とクレームを入れたい。


 すると想いが伝わったらしく、土の精霊王はルキウス王子の姿へとあっという間に変化する。土の盾で防衛しつつ、土の剣を構える姿を取る。


 対するイゾルデ姫扮する水の精霊王、チッチッチッと指を振った。

 そしてレスリングの構えを取る。

 なるほどそう来たか。ルキウス王子扮する土の精霊王も応えて剣と盾と兜を捨て、同じく構えを取った。様相としてはウル〇ラファイトではあるが。


 はてさて、

 グレコローマンスタイルか、フリースタイルか。


 一応注釈を入れるに、グレコローマンは腰から下を攻防には使用できないレスリング競技形式で、フリーは文字通り全身を攻防に使用できるレスリング競技形式となる。あと、グレコローマンは男性のみ種目となる。


 両者、がっぷりと組み合う。

 低空タックルを仕掛けないところから判断するにはどうもグレコローマンスタイルであるらしい。精霊に性別はないと聞くので問題はないのか。


 おっとここで水の精霊王、頭突きだ。激しいチャージング。

 土の精霊王、顔面に受けてさすがに一瞬のけぞる。


 これがスポーツならば即反則を取られるだろう。だが今やっているのは戦争。となれば、このレスリングはグレコもフリーもなく、既に失われて久しい古代ギリシアの実戦格闘術パンクラチオンと見たほうが良いのかもしれない。


 この代理戦争を制する者が、この都市の支配者となる。

 戦いである。奪って殺して統治して。


 土の精霊王、先ほどの頭突き攻撃の反動を上手く利用して膝をつき、水の精霊王を組み上げて投げ飛ばしを敢行する。

 ずどぉんっ、大地に響く振動。もはや地震。

 併せて流れるように土の精霊王はマウントを取り、パンチを雨あられの如く水の精霊王に浴びせる。堪らず水の精霊王は不定形化して難を逃れる。


 これが戦争でなければ、例え戦争であっても当事者の一人でなければ、ポップコーン袋菓子を片手に観戦するのだが。

 アカツキなどは興奮してマサイ族の偉大な戦士のようにぴょんぴょん垂直跳びをしていた。まあ、この子は産まれて数日なので大目に見てやって欲しい。


 ゆらあ、と水の精霊王は身体をかがめた。

 タックルか、と思いきや土の精霊王の背後に回り込み、相手の腰を掴む。

 スープレックス。ドゴォンッ。綺麗に決まる。


 場所が悪く、何がというと女性体の水の精霊王はこちらに股ぐらをブリッヂ状態で晒していることか。捲れ上がったキトンの内側、腰巻きの隙間から見えてはいけないオンナノコの部分がちらりと覗いていた。


 うおおっ、と兵たちは歓声を上げる。これだから男はどうしようもない。


 僕も男だけど現状は半分女性なので除外とする。

 どうせ見慣れているし、伊達に毎日タックをしていない。


 土の精霊王も負けてはいない。

 スープレックスはモロに喰らったが、肩を支点にくるりと身体を反転して拘束から素早く逃れ、体勢を整えていた。


 両拳を構え、少し遅れて立ち上がった水の精霊王にジャブを二発、ストレートを入れると見せかけてフェイント。


 カウンターを狙って拳を繰り出した水の精霊王に跳び上がり、なんとその腕を両太ももで挟んで重力に従うままそのまま一回転、腕固めに持ち込む。これが相手の首ならプロレス技のフランケンシュタイナーとなる。


 水の精霊王、再び不定形になって逃げようとする――逃げられない。


 ときに、木火土金水の五行思想では土気は水気に相剋する。

 つまり、属性上の優位さは土の側にある。

 しかも僕が扱う土属性とは、一切のてらいもなく、無限なのだ。


 この星など、残念ながら無限の前では素粒子より小さな極微点にも満たない。


 イゾルデ姫の水属性は、僕の無限の土属性に膝を屈するが定め。


 元より、地球と同じくこのサン・ダイアル星も大陸が三に対して海が七の割合らしいのだが所詮は表面上の話だった。星全体の質量で考えれば水の配分など僅かなもので、大地が大部分を占めて水成分は数パーセントに過ぎないのだった。


 勝負の続きを書こう。土の精霊王は水の精霊王に対して何をしたか。


 それは、侵食。


 清らかな水が土を吸って泥水となっている。幾らでも、どこまでも、侵食する。どんどん水の精霊王の身体は茶色に侵されていく。


 決して、逃げられない。今や土に属して一体化した身体が、水の精霊王を逃さぬと束縛する。ともすれば官能的なほどに、動けない。


 やがて――。


 ぱんぱん、と空いた手で水の精霊王は土の精霊王の脚を叩いた。

 降参の合図だった。


 決着。

 決まり手は、土属性侵食腕十字固め。


 組み付きをやめて、土の精霊王は水の精霊王に手を貸してやりつつ立ち上がる。


 いかにも不満ありげに腰に手をやってプリプリ怒り出した水の精霊王と、あっはははと得意げに笑い飛ばす土の精霊王。

 そっちの召喚主の力、強過ぎてズルい! なんのことかな、あははっ。みたいな念話らしきものが両者に飛び交っているのが直感的にわかる。


 やがて水の精霊王は自らの身体を一度自己浄化してから湖へと還った。土の精霊王は僕に一礼し、悪戯っぽくサムズアップを残して土塊へと還った。


 その後の見聞では、小山と化した元精霊王の土塊は田畑の作物を育てるには最高の土質へと変化していたそうな。 


 こうしてモルオルト侯爵領の中心都市イゾルデの攻略は、オリエントスターク軍の圧勝にて終結する。そうして、わが方の軍は都市に整然と入場していった。


「なかなか、それっぽいというか、アラビアンな雰囲気があるね……」

「にゃあ。砂漠のバザールとか、ある?」

「どうかなー。今日はなさそうな感じだけど、普段はあるんじゃないかな?」


 いかにも砂漠のオアシスにできた街みたいな、どことなく元世界のアラビア地方を思わせる粘土と煉瓦造りの独特のデザイン。


 空気は思ったほど乾燥していない。オアシスのおかげなのだろう。


 それはいいとして、街の匂いが不思議で素敵だった。

 香辛料なのか、この地方独自の香油なのか、サイケデリックなようで、それでいて涼やかというか。思わずくんくんと嗅いでしまいたくなる良い香りだった。


 そんな都市内部は、しんと静まり返っていた。


 市民たちは皆、征服者にして新たな支配者たるルキウス王子に恐怖し、あらん限り息を詰めている。まあ、都市防衛に負けた市民など、凌辱の上で殺されるか良くて身ぐるみを剥がされて奴隷落ちがスタンダードコースとなるから当然か。


 こちらとしては、労働力の低下は国力の低下に繋がるでこれ以上の殺戮は避けるつもりでいる。奴隷落ちには違いはないが、少なくとも凌辱や殺人はしない。


 市民がおとなしくしている分、文句はない。それで良しとする。

 あえて言うなれば、震えて眠れ、である。


 残念ながらイゾルデ姫は自然を体現する水の精霊王を召喚し、現界させ続けた影響で極限まで魔力を吸い尽くされて絶命していた。

 魔力補助についていたらしい彼女の弟も同じ運命を辿っていた。


 二人の亡骸は、乾燥し切ったミイラのようだった。姉弟きょうだいの仲はとても良かったらしく、互いに手と手を繋ぎ合って骸を晒していた。


 敵とはいえその戦いぶりには最大限敬意を表するとして、土気→相剋→水気に干渉し水分補給させ、出来るだけ元の姿に戻して埋葬しておいた。

 念のため、蘇生阻害の呪いしゅくふくを付与するのも忘れない。


 なお、モルオルト侯爵家は侯爵本人と長女・長男の三名構成で、侯爵夫人は数年前に流行り病で亡くなっていた。

 調べでは側室や愛人は取っていないとのこと。生涯一人の女性だけを愛して異母兄弟ならびに庶子もいない。

 どうにも貴族らしくないが、しかし自らの街を守ろうとする気概は十分に貴族といえた。特に、逃げずに最後まで戦い切ったところなどは。


 いずれ、色々と思うところはある。

 しかし征服者は、同時に絶対者として振る舞わねばならない。


 この逆襲戦争の真の主導者は僕だ。しかし征服者は、ルキウス王子となる。 


 ゴーレム兵と軍団兵に包囲された市民を前に、ルキウス王子はモルオルト侯爵家の滅亡と領都イゾルデの征服を宣言する。


 不満を出す者には即時死の制裁を加える。


 以後無期限の戒厳令を発令、自軍兵士には三日間の乱取りの許可を褒美として与える。前にも書いたように、君主論の著者、マキャベリが推奨する与えて懐の痛まぬ褒賞である。副賞として、都市内すべての酒場と娼館を無料開放する。


 酒場と娼館の費用は預かってきた戦費より支出される――僕が注ぎ足した金銀のおかげで、収支は未だ超のつく黒字である。財務担当官僚も御満悦である。


 兵には自衛以外に市民には手を出さないよう厳命する。男や女でムラムラしてきたなら、酒場で痛飲するか娼館で発散するようにと。


 兵の仕事はここで一旦終了となる。

 が、ルキウス王子と彼の側近たちの戦いはここから本番となる。


 侯爵邸に乗り込み、行政全般を掌握せねばならない。


 支配である。俺たちの戦いはここからだ、なのである。そのために臨時編成の、名目上は王子の直下の部下扱いでたくさんの優秀な官僚団を連れてきていた。


 そう、今日乗ってきたリニア列車の後列には、実はぎゅうぎゅう詰めになった文官たちが乗り込んでいた。


 多段式弾道弾作戦は変わらず継続中である。次の日には、ルキウス王子は再び移動を開始する。そして次なる都市を落とす。


 目指すのはイプシロン王国、王都イプシロン。


 かの王国の侵略が近日にも起こるとの僕経由での情報を受けて、グナエウス王は水面下で即時決断の行動を起こしていた。それがこの臨時編成官僚団だった。


 侵略を受ける当日までその理由を伏せ、新たに任命した知事 (代官)とその部下たちには突貫で旅支度をさせていた。


 彼らの一部はこの元・領都イゾルデに残り、代官とその部下たちとして、王の統治を代行する。


 戦いに参加した兵とゴーレム兵『アヴローラ』は、治安維持兵団へと転身する。


 ちなみに破壊された外壁はすべて僕の権能で修復し、この戦いで死んだイゾルデの兵たちの装備は剥がして金属素材を貰い、残された遺体は大地に埋葬した。


 ――と、見せかけて都市から少しばかり離れた場所に僅かではあれど龍脈の影響を出しやすい場所があったのでそこまで権能を駆使して遺体を地下移動、そうしてこれら遺体に空気中に浮遊する納豆菌を植え込んで腐敗ではなく発酵を促進、更にその上で放射線を当てて作る超吸水性繊維の量産苗床にした。


 なお、人間の腸内には四十兆の細菌を飼っているが、それらが活動できるのはあくまで宿主が生きている間だけ。宿主が死んでしまえば同じく運命を共にする。


 要は『生き物は死んだら腐る』なのだった。自然の摂理、ともいうが。


 死ねば人は血と肉と糞の塊となる。

 ならばせめてこの国の本当の意味での礎となってもらいたい。


 彼ら兵士たちは全員が国と領地のために戦って死に、しかしてその死後も、国と領地の発展と食糧問題を始めとする市民の生活の安定の基礎となるのだから。


 真なる英雄とは、名も知れぬ、縁の下の力持ちなのである。


 話を戻して、ナットウキナーゼが変質した吸水能力は、凄まじいの一点だった。


 何せ、一グラムで五リットルの水を保水するのだから。中心地に領都イゾルデの神具を模した疑似神具を納めて新たなオアシスを作り、この繊維群に片っ端から水を吸わせる。そして、どこまでもどこまでも増殖させる。水気を、広げていく。


 大地は珪素、アルミニウム、鉄、カルシウム、カリウム、ナトリウム、マグネシウム、マンガン、リン、硫黄、チタンなどの無機物で基本構成されている。

 風化していくと最後に残るのが二酸化珪素の結晶体である石英となる。

 無色透明なものは、水晶とも呼ぶ。


 土とは礫 (二ミリ以上の石の欠片)、砂 (二ミリ以下の微小な石の粒)、粘土 (マイクロクラスの非常に細かい石の粒子)の三種と、炭素を含む、窒素、酸素、水素など有機化合物との混合体である。


 僕が何を目的としているか、この手記に読者がいるならもう見えているだろう。


 そう、砂漠を再び緑に溢れる大地へと、科学知識と土属性無限権能を合わせて戻そうと考えているのだった。

 むしろテラフォーミングの一環みたいに考えても良い。


 この保水地帯を上手く利用して草原を作る。

 しばらくは爆発的に、緑化という生命の触手を広げ続ける。


 ゆくゆくは木々を植林し、林へ、森へと作り込む。

 草原ができた時点でほぼ成功と考えて良い。


 草木は呼吸し、水気を拡散、雲を呼ぶようになる。

 雲はさらに雲を呼び、雨を降らせ、降った雨で草原はもっと増える。


 以下、緑は増え続ける。動物もいつかはそこで住むようになる。


 この緑地化を十日を目処に推し進める。

 土属性無限にしてみれば余裕のゴリ押しともいえる。


 土壌改善用ナノマシンがあればそれも併用してみたいなとは思えど、残念ながらあれは桐生倉庫には置いていない。もしかしたら僕が知らないだけでノゾミ姉さん辺りが内密に持ち込んでいる可能性も捨てきれないが、まあ良しとする。


 ともかく、この時点で国土の七割の砂漠を五割にまで減少させるのを目標とする。と言っても、草原が広がるだけでまだ木々は茂っていない。


 これは、あくまで、足掛かり。


 これより先はゆっくりと確実に植林などをして、最終的には初めから砂漠だった地域を除外して七割を緑化――つまり、現状の緑と砂漠の割合を逆転させる。近似テラフォーミング緑化回帰は、二百年で完了とする。


 気の長い話のようで、ちっとも気は長くない。

 星の観点からすれば百年やそこらなど目を瞬かせるほどの早さである。


 少し話が逸れるが元世界のサハラ砂漠が緑化してしまったら欧州に吹く偏西風がなくなり、緯度にふさわしい寒気が欧州各国に広がるようになる。元世界では、かの天変地異騒動にて、実際にそうなってしまっている。


 イプシロン王国は、元々それほど緑の深い国ではなかったと聞く。

 が、今にも大地が死滅しそうなイプシロンの現状では、多少やり過ぎるくらいでなければいずれ他国にも死と荒廃を及ぼしかねない。


 だから、絶対に手を抜いたり軽んじたりなどしない。やるなら真剣にやる。

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