第87話 多段式弾道弾 (МIRV)作戦 その4
さて、さて。
以前書いた君主論著者のマキャベリが推奨する――、
『征服者は征服都市を直接支配すべし云々~』
が、ルキウス王子に適応されるのは王都イプシロン征したそのときとなる。
極端な話、王都以外は征服過程を後年の歴史や戦史に刻むためだけの魅せプレイであり、必要経費に過ぎない。
かの王子が真に欲するのは、圧倒的な、実績。
いわんや――。
『ルキウス王子は都市を攻略し、そこに住む市民は、征服者たる彼に屈服した』
この一点に限るのだった。
市民のその後や都市運営は、王子の目的に範囲適応されていない。
というのも父君に命じられたのは『逆襲せよ』なのだ。砕いて言えば、イプシロン王国を思い切りブッ飛ばして来いと。
滅茶苦茶を言っているようでこれが普通なのだった。
僕の策謀する『高潔かつ勇敢なルキウス王子、卑怯卑劣なるイプシロン王国に鉄槌を下す』という例の正義シナリオもこれに準拠する。
なんであれ、国としては殴られてそのままは良くない結果を残す。
右の頬を殴られたら、次の瞬間には相手の左の頬を全力で打ち抜くべきだ。
もしくは、股ぐらを蹴り上げろ。
股の局部は男だけに効きそうに思われるかもしれないが、違うのである。
神経が集中している部分なので、蹴り上げられたら女でも超痛い。
むしろ最初の攻撃に超反応で後の先を取れ。金蹴りだ!
アドレナリンが流れている間は殴った拳が骨折しても痛みを感じない。これは僕も実体験から知っている。おかげで自分が怪我しない綺麗な殴り方を覚えた。
ドМ行為は大人のお店で金を払って楽しめばいい。国家とは、他国に舐められたら、終わりなのだ。頭の程度の低い中学校や高校の生徒を相手するのと同じ。そういうのもあって、不必要なほど過剰に自分を大きく見せようとしたりもする。
王子が勝ち得た都市のその後は、すべて連れてきた官僚団に任せる。都市を落とすのに貢献した兵らは、そのまま治安維持を。魔王軍との戦いからは免除される。しかし与えられる名誉は同じである。これは対魔王戦略の一環なのだから。
精々頑張ってもらいたいものである。僕は僕の思惑あって、王子を手伝うし。
計画していた自分の用事は終わったので、僕は彼ら文官の仕事の邪魔をしないためにも与えられた部屋に引き籠ることにした。
その部屋は精霊王を介しての代理戦争を行なったイゾルデ姫の居室だった。
執務室も兼用しているので豪華ではあれど比較的無個性というか少女成分の物足りなさを覚えるも、一転、寝室に移ると淡いピンクを基調とした緻密なレース装飾を多用したいかにも姫君の部屋の様相に様変わりした。
「女の子らしい、可愛い部屋ですね」
「にゃあ」
天蓋付きのベッドは、ちょっと恥ずかしいくらいふんわりと乙女の趣味が入っている。なんだろう、胸の底にじんわりと切ないような妖しい気持ちが湧いてくる。
ああこれ、元々自分の中にある『女の子の気持ち』だね。
というか、現在進行形で、僕の半分は少女仕様に改装されているし。
もちろん、ここで油断してはならない。
一応は、侯爵邸内の罠を始めとする悪意の仕掛けへのチェックは済ませてある。電撃逆襲のため罠など仕かける時間もなかったとは思うが。
しかし万が一もある。これが怖い。
人間とは、就寝と入浴、そして排泄時はどうしても隙だらけになってしまうもの。歴史上の人物を上げるなら甲斐の虎である武田信玄は便所に不安を持ち、暗殺者対策に扉を二重だったか三重だったかにして防備を固めたという。
念のためカスミに物理的な罠の検査をさせ、僕は僕で精神や魔術・魔法的な側面の罠を調べる。慎重が過ぎるくらいでちょうどいい。
二重の検査の結果、怪しい部分は一部を除き出てこなかった。
唯一、これは日記か自作詩集なのだろうか、銀製の鍵で封をして無理に解こうとすると書物が自動的に燃え上がる簡単な魔術罠を発見した。
もちろんその人の黒歴史となり得る自著物など僕は読まない。
黒歴史は、自分だけでもうお腹いっぱいである。見なかったことにする。
もし幽霊でイゾルデ姫がここに漂っていたらハラハラドキドキで僕を眺めていると思う。だが安心して欲しい。そういう類のものは、後年、五百年とか千年とか経ってから博物館で公開すると良い。嗚呼、野となれ山となれである。
「どーん! ぼーん! だーん!」
アカツキがイゾルデ姫のベッドに飛び込んだ。
彼は興奮していた。数時間経てど、精霊王たちが代理戦争をした取っ組み合いが至極気に入ったらしかった。彼曰く、かいじゅーだいせんそー、なのだった。
そしてその興奮が、ベッドで水泳ごっこをしているアカツキの中でだんだん淫靡な気持ちを呼び寄せてしまったらしかった。
ぴた、と動きを止めた彼はくるりと仰向けになり、股間をモジモジさせつつ物欲しげに両手をこちらに上げた。抱きしめて欲しいらしい。熱っぽい視線。頬を染めて、恥じらうような。どう見てもお子様に出せる表情ではない。
「どうしたの、アカツキ?」
なんとなく気づきながらも、ほんの少し嗜虐心を刺激されて問いかける。
「うみゅう……」
彼は言葉にせず、両手を上げたまま再度股間をモジモジさせた。可愛い。
吐かれる息が甘苦しい。様々な経験の豊富な女のようで、まだ穢れを知らない乙女のようでもあり、前も後ろも持つ両性具有で、彼の前は既に脱童貞を冠していた。
僕はイゾルデ姫のベッドにゆっくりと腰掛けた。
「にゃあ……レオナお姉さまぁ。にゃあね、したいの……」
知っています。僕も根本は男だから、見ればなんとなくわかります。
しようのない、子。愛しい、子。きゅっと抱きしめる。
「今日も、僕に優しくシテくれますか?」
「うにゅ……約束するの。だから」
「そう、じゃあ、仲良く一緒に愉しみましょうね」
実のところ、この部屋に入ってから僕もある種の興奮を覚えていた。
これは、罠ではない。
そう、罠であるわけが。そうではない。桐生の名に賭けて断言しても良い。
もしこの手記を読む方が男性なら、きっとわかってもらえるはず。
敵対したとはいえ、美人の女の子の部屋である。
しかも、彼女の寝室とくる。
わかるでしょう?
そんな部屋をあてがわれたのだ。そして僕の本質は、男。
ベッドには愛らしい、僕だけのお人形さんが。彼は濡れた目で僕を誘う。
カスミに手伝ってもらい、巫女装束をするすると解いてゆく。
僕は僕でアカツキの巫女装束を、優しく解いてやる。
「お風呂は入らなくてもいいの?」
「うん」
「そう。僕もアカツキの汗の匂いが好きだから、このままで構わない」
「レオナお姉さまの匂いも、良い匂いで大好きなの。頭がほわほわするのぉ」
以降は、お察しの通り。僕たちの深い愛情の交歓なんて書く必要ない。
そうして、二人して閉じた両翼のように抱き合い目を閉じた。
仮眠も摂る。心地よい眠り。全幅の信頼を寄せて抱きつく裸のアカツキ。
目覚めたときには夕刻を大分過ぎていた。どんな用があるのか、ルキウス王子ではない来客が数回あったらしいが休息している旨をカスミが伝えてくれていた。
ときに、この領都イゾルデについて。
最初にイプシロン王国にしては例外的に水が豊富だと書いたのを覚えておられるだろうか。それは水の神器のおかげだ、とも。
領主のモルオルト侯爵は、該当の神器を使って四十年ほど前から人工の湖を作っていた。ただ、良質の龍脈が通っていないため思うほど発展できないでいる。
それでも水があるおかげで領民が飢えることはなかった。畑で食糧は生産され、他領にもいくらか回してもいたらしい。
僕は水の精霊王と土の精霊王の代理戦争レスリングの後、湖に沈んだ水の神器を権能を使って回収していた。盗難防止の呪いがかかっていたけれども幼児をあやすように鎮めてしまう。そしてこの神器を参考に、僕は水の疑似神器を模倣した。
精霊は宿っていないが機能的には人間観点にしてほぼ無尽蔵の水を湧き出せられる。どこから取水しているのかはいずれ語るとして、少し前に書いた、失われた緑の再生に使った水源がこれなのだった。
知っての通り、国土の七割を砂漠化させている時点でこの王国には未来がない。数十年内には、王国は土獏に覆われて沈むだろう。
破滅の足音は、すぐそこまで聞こえている。
それを知るからこそイプシロン王は策謀を尽くし、東端国境都市エストを奪い取って自国の延命化を狙った。
が、それは焼け石に水なのは改めて言うまでもない事実。
根本にある、製鉄技術からくる森林伐採を止めない限り、新たに奪った地が砂漠化してそれで終了となる。
金があるなら他国から食べ物を輸入すればよい?
いや、それは悪手となろうもの。
元世界のようなそこそこ熟成した社会形成は、この世界ではどうかという話。
紀元前零年前後の文明で、それを求めるのは酷というものだろう。
愚かで弱いものは滅ぶ。賢く強き者は生き残る。
さらには、現環境に適応できれば。
弱肉強食は自然の摂理である。
以前にも書いた記憶があるがもう一度書くに、より豊かさを求めての食料輸入なら問題はない。が、飢えているので食糧を輸入するなど、他国にどうか自国を攻め滅ぼしてくださいと宣言するようなものだった。
それは弱り目に祟り目だ。なので、飢えようとも気勢を上げていないといけない。そのための総人口で考えれば異様な比率の、かの国の軍隊だった。
加えて、なまじ金があるからこそ余計に苦しむ面もある。
鉱山収入で金はあれど相当に飢えが蔓延っている。水や食料品は必然と高騰する。金はあっても、高額過ぎて食料がロクに買えない。これでは意味がない。
となれば王や領主は配給制にしてやらないと、市民が飢えてしまう。
都市と都市がほぼ隣接するオリエントスターク王国とは、国家間におけるとある事件で四十年来国交が断絶してしまっている。
もう一方の神聖セイコー帝国とは軍事同盟はすれど、僕に言わせればただそれだけの関係だった。そもそもセイコー帝国との距離的繫がりは、自国の砂漠地帯によってかの国との交易を阻むかのように広大に広がってしまっていた。
金はあれど食料がない。
しかも山の資源もいつかは限界を迎える。どん詰まりだった。
僕とアカツキは入浴を楽しみ、少し遅い夕食にした。
カスミ曰く、本来モルオルト侯爵一家が摂るはずの食事は、一応、用意されてはいる。が、毒を飼われる心配があるので、とてもではないがお勧め出来かねるという。
うーむむ、と僕は唸る。
イプシロン王国では食事は特に重要なものとなろう。不足しがちの食をどうにかして民に回し、国そのものを維持しているくらいだから。
さて、そんな食事に、心情的にも、毒を入れられるだろうか。
いや、僕のこの考えは油断よりも慢心に近いか。心の贅肉である。
逆襲とはいえ、領都イゾルデを侵略した中心人物たる僕たちに対して食える食えないを言っている場合ではない。やるときはやるだろう。
僕はしばらく逡巡し、イゾルデ姫の食事はこの館の使用人に下賜することに決めた。その後はどうなろうと目を瞑る。食べて死ぬなら、死ねばよい。
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