第85話 多段式弾道弾 (МIRV)作戦 その2


 オリエントスターク王国の血統は特別である。


 ふんす、とちょっと得意気にルキウス王子を見やる老将軍。

 こう言ってはなんだが、まるで、孫自慢である。


「じいや……」


「ふふ。じいは嬉しゅうございますぞ。此度のいくさは魔王軍襲来を間近に控えたもので慌ただしくはありますが、それでも聖女様の御同行により、その勝利には万一の手抜かりもありますまい。偉大なる王にして殿下のお父上も、殿下の王太子としての立場をより確固としたものにするようお考えです。この機会を逃さず、己が才気を見せつけましょうぞ。うははっ、これはさすがのじいも滾りますぞ!」


「う、うむ。そうしよう」


 王には権威が必要になる。ただ武力一辺倒だけでは、人々の心まで掴めない。


 なので王家は、必然と神々やそれに連なる神聖性を重要視するようになる。

 祖先を神の化身に求めたり、神々に愛された英雄に起源を求めたり、神と人との半神半人の血脈であると唱えたり。


 また、今あるような神性とされる何か――たとえばオリエントスターク王家なら『聖女ヒビキの王選定と聖女の血脈化』や、イプシロン王家なら武神アーレスの化身たる『黄金の鉄の塊に認められし一族』であるなど、枚挙に暇がない。


 本日、これから始まる逆襲戦争は、つまるところオリエントスタークの聖女=僕を出汁にした『ルキウス王子の次代王としての能力証明』となる。


 聖女の権威を上手く利用してエプソン王国を落とせば、まさに将来、王国中の民に祝福と尊敬を一身に受ける新たな王となれるだろう。

 その後の治めやすさなどは段違いとなる。

 貴族制度がなく、王家で働くいわゆる宮仕えは全員国家公務員の大王制だからこそ、より強い求心力が必要となる。


 もう一つ、大きな理由がある。


 それは、場所的なもの。


 マキャベリの君主論では、新しく得た国または領地は配下の者に丸投げせず、征服者当人が必ず直接治めるべきだと説いている。

 新支配者のお膝元となるため民草は安堵し、また、問題対処も即時行なえる利点も踏まえ、速やかに国民または領民を掌握せしめられるためだった。


 以上、これが建前で。


 本音はというと、万が一のときの『保険』なのだった。


 オリエントスターク王都とイプシロン王都は、実に千三百キロ離れている。グナエウス王はわが子を国家規模の逆襲に向かわせると同時に、魔王軍襲来による敗北時の対策として王家の血の保全を考えていた。


 なんとまあ、支配者らしい考えといえばその通りとなろうか。


 何か下手を打ってしまっても、血筋さえ残っていればどうにでもなる。


 これは別に自らのルーツとなる聖女を軽んじているわけでも信頼していないわけでもない。

 王家とは、いや、王族とは、驚くほど慎重で臆病なほどその血筋を永く保つ。勇敢さとは常に命の危険を孕むと例えればお分かりになるだろう。


 そうこうするうちに、二両編成のリニアは減速に移った。


 目的地まであと十五キロ、時間にすればあと数分といったところだろうか。僕はルキウス王子にその旨を告げた。


「前日に送っておいた兵たちの周辺重力を下げて、浦島効果を解除させますね」

「確か、向こうでの一秒がこちらでの半刻に相当すると」


「ええ、そんな感じです。重力は事象の変化にも影響を及ぼしますので」

「気づかぬまま実は半日が余裕で過ぎていたと。それが十数瞬で、という……」

「いろんな意味で長生きできましょうなぁ」


 ホメーロス将軍のひと言はある意味では一番の真理だなと、感心する。


 下車し、プラットフォームに出る。

 東端国境都市エスト近郊に作った地下駅と同じく、モルオルト侯爵領、領都イゾルデ近郊に造ったこの駅も地下施設となり、規模としてはドーム球場で二個分に相当している。明らかに小さいのは、動員する兵の数が少ないためだった。


 僕たちは前日と同じく市街戦仕様のヨシダ戦車にタンクデサントし、別プラットフォームからぞろぞろと降りてくる兵たちを見守っていた。

 どうせ黙って見ていても、練度の高さもあって、軍団の千人長辺りが自主的に動いて兵を整列させていくのだった。


 話が少しずれるが昨晩の特設台仕様のヨシダ戦車は一度解体し、鉄はすべてインゴット化させて後日王都へと輸送される予定になっていた。


 その中で、黄金の玉座はグナエウス王が大変気に入った様子なので潰さずそのまま持ち帰る手筈になっている。あんなもの冬場に座ったら……絶対に痔主となろうものを。オプションで柔らかいクッションでもつけておけば良かったかもしれない。


「兵員は半軍団と、ゴーレム兵『アヴローラ』が千体、だったな」

「ええ、そうです。この兵力も正直言って過剰です。鎧袖一触となるでしょう」

「ガイシューイッショク!」

「そうだよ、アカツキ。鎧と鎧が軽く接触する時点で、敵は滅んじゃうの」


 僕は繋いだ手をぶんぶん振って声を上げた幼エルフ風のアカツキを、空いた手で優しく頭を撫でてやる。彼の肩に止まるブロント=サンは片脚を一本掲げていた。


「領都イゾルデの兵は、領内の食料需給を守護する目的でそこそこの数が用意されています。その数、一万五千。ですが、所詮は他国と接しない内地でもあります」


 僕に合わせてホメーロス将軍がルキウス王子に情報を与え、これからどうするべきかを考えるよう仕向けてくる。


「ふむ。つまりは他領のけん制目的のためにも数を揃えて訓練も施してはいるが、要塞都市トリスタンの兵に比べれば練度が格段に低い、というわけだな?」

「ご明察にて」


 なるほどこの世界にしてこの時代の教育も侮れない。

 自然と考える力を養わせる方法か。


 老将軍、語る。


「わが方の兵どもは皆、黒の聖女様の御力にて強大な武具を頂き、また、身体能力を与えられています。聞けば、十倍能力だとか……。つまり、二千五百の兵は、実質二万五千の兵力と換算しても決して下りません。さらには千体もの強大なるゴーレム兵『アヴローラ』です。じいの知る限り、神話世界ならいざ知らず、人と人との戦いでこれほどの数のゴーレムをを投入した話などついぞ聞いた覚えがありません。しかもまだ四千体を連れているというではありませんか」


「魔術士の通説では、ゴーレム一体で兵の十倍のいくさ働きをするという。しかし黒の聖女様のゴーレムは、そこらの魔術士が拵えたものと同等に見てはならぬ」


「まあ、概算では十倍強化された兵を百人揃えればなんとか拮抗するかな、と」


 僕は注釈をつけ加える。


「それだと、強化を施さぬ兵だと千ほど用意せねばならぬとなるのだが……」


「そうなりますね。そしてここにはゴーレム兵『アヴローラ』が千体います」


「つまりゴーレム軍団だけで百万の兵とやり合えると……?」


 理論上は、ね、実際は無理筋である。

 僕はにっこりと微笑む。イエスともノーとも言わないのがポイントだ。


「……この度の戦闘での要点は、適度に攻め滅ぼして、兵らにも活躍の場を与えるのが今回の指揮の要点となりますね」

「如何に勝つかではなく、確定した勝利の行程をどう料理するか、なのですな」


「なんだろう、これはこれで指揮が難しい。まさかこんな展開があるとは」

「おっほほほ。じいは期待を大いに寄せておりますぞぉ」


 ホメーロス将軍がどこか達観したような顔で、変な笑い声を上げていた。


 結果から書こうと思う。当然の勝利である。


 何をしたかの概要。


 兵を並べ、逆襲の旨を領都イゾルデに伝えて降伏勧告。

 予想通り拒否される。

 街を囲む壁を砲撃で瓦礫に。今一度降伏勧告。

 だが、わが方の熱い想いが伝わらず――、

 敵方はモルオルト侯爵を先頭に全軍戦闘を開始する。

 半刻足らずで決着。大勝利。


 敵対した領都イゾルデ軍は、貴賤も性別の区別もなく、もれなく大地へと還る。


 以上、ここまでが兵と兵との戦い。


 しかして武神立国の矜持があるのだろう。

 もしくは、寡兵相手に半刻足らずで滅んだ現実が受け入れられなかったか。


 モルオルト侯爵は戦死したが、黒幕というか真の実力者は侯爵の長女にして街の名を頂く御年十六歳のイゾルデ姫だった。


 彼女は父君の戦死を目の当たりにしてキレまくった。


 結果、怪獣大戦争――もとい、精霊王の代理戦争が勃発す。


 徹底抗戦と、モルオルト侯爵家の長女イゾルデ姫は同名の都市最奥の神器の間とやらに立て籠もった。引き籠りではなく、立て籠もりである。


 これはカスミ率いる斥候部隊からの情報なのでまず間違いない。報告を受けて僕はイゾルデ姫の暗殺を一瞬だけ検討した。


 が、それは前述の通り、次の瞬間には考えを捨てていた。


 というのもこの逆襲戦争は可能な限り敵と正面からぶつかり合い、そうして誰もが認める勝利をもぎ取らねばならなかったからだ。

 これはルキウス王子への『王太子の試練』であり『高潔かつ勇敢なルキウス王子、卑怯卑劣なるイプシロン王国に鉄槌を下す』という、こちらが意図する正義シナリオにケチをつけてしまうためだった。


 また、露骨な暗殺はオリエントスターク王国の希望を一身に背負う『聖女』の名誉も穢しかねない。僕自身は心の底からどうでも良くても、不幸な次代の聖女が困ってしまうような軽挙は避けねばならなかった。


 イゾルデ姫は水生産の神器を核に、湖の水を触媒にして、自らの魔力を絞り出した上で水の精霊王召喚を行なった。これも斥候ゴーレムのサトウからの情報である。ステルス化し、彼女の行動を逐一で教えてくれるのだった。


「はわぁー」


 アカツキが少し間の抜けた、可愛い声を上げた。

 高さ五十メートルはありそうな女性型の水の精霊王が、ずももっ、と湖から立ち上がってこちらを睥睨していた。斥候情報ではイゾルデ姫がモデルであるらしい。


 うわあ、と思う。


 この星、この地上でも、水はただの水のはずだった。

 広意義での、いわゆる水分的な意味合いではなく、H2Oを指す。湯も水の内だが、基本的に温度が低くかつ固体でない流体状態を水と呼んでいる。


 固体は氷、気体は水蒸気と呼ぶ。小学生で習う理科である。


 なのになぜ、不定形のくせに形を保てるのか。そこが気になる。

 考えられるのはあの水に見えるものは実は超々高粘性の何かで、核となる水の神器とやらから電磁的に高圧をかけて外部へ押し広げているという、およそ面倒なシステムで動いているということか。


 もっとも僕に言わせれば人型など取らずに大量の湖の水で大津波を起こし、兵を水没させんとすればあるいは低確率でも逆転が可能ではないのかと見るのだが。


 まあ、いいけれどね。わざわざ敵に教えるわけでもなし。


「レオナお姉さまっ、水のかいじゅーには土のかいじゅーで対抗なのにゃあ!」

「アカツキにとっては、あれは怪獣扱いなのね……」


 浮かばれぬはイゾルデ姫である。けっこうな美人さんなのに……。

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