第84話 多段式弾道弾 (МIRV)作戦 その1
翌日朝。僕は東端国境都市エストの賓客用宿泊施設にて一泊し、目覚めてからというもの、ベッドの中でアカツキとイチャコラしていた。
言うまでもないが、昨晩も、二人してお楽しみであった。
いざ眠る段になったら、アカツキがぱっちり目を覚ましてきたのよね。
ハアハアと変な息遣いで、僕たちの愛の巣を眺めつつ大いに興奮しているのは、見て愉しむ系の新手の変態兼使用人兼僕の護衛のカスミだった。
股間のタックを済ませ、昨日と同様の巫女装束に袖を通す。
チート仕様の漆黒の千早は、あてがわれた自室内ではまだ着るつもりはない。イヌセンパイ曰く、最狂クラスの神器とのこと。狂っているのである。狂器、である。
アカツキは寝る前にちゃんとトイレを済ませていたおかげか、オネショはしなかった。なのでたっぷり褒めてあげた。
親猫と子猫が戯れるような、微笑ましいほどの愛情の交歓である。
たとえ彼が
愛情の表し方のもっとも基本的なものは、お互いのふれあいにある。僕はそうやって三人の姉たちから愛されて育った。
だから、アカツキにも同じことをしてあげたいのだった。
ときに、戦争は未だ継続中だった。
昨晩の内に、兵には三日間の要塞都市トリスタンでの乱取りが許可されていた。
乱取りとは、言い換えれば略奪を指す言葉だった。
与えて懐の痛まぬ褒賞。かの君主論の著者マキャベリも絶賛お勧めしている。
他にも要塞内全店舗の娼館・酒場などの歓楽施設は全兵士に無料で解放されていた。代わりに要塞市民には手を出さないよう厳命している。
こちらは戦費から幾らか金銀を支出していた。
と言って敵兵から奪った鎧の鉄素材の他に輜重品や敵方軍資金など、金銀が揃っていたので抽出・浄化・精錬にて
戦争とは武力外交と、それに伴う究極の消費経済を指す。
言わばとにかく金のかかる一大事業である。
もしかしたら僕の書く手記を読む人がいたとして、自軍の拠点が近くにあるなら輜重や資金など必要ないと思う方も出てくるかもしれない。
が、あれは基本的に辺境伯の要塞であり、イプシロン王の占有施設ではないのだった。小競り合いに終始するのならまだしも、今回行なわれたのは本気の侵略。
機を見計らい、かねてよりの内応の策を実働のものとし、念のためにと大量の兵まで動員したのだ。ここまでやって、その上で思わぬ事態への備えを自前で用意しないなど、あってはならない愚行となろう。
もっともオリエントスターク王国に攻め込む時点で愚かと言われれば、その通り。なのでこれらを奪えば、戦費が実質無償どころか逆に資金増加するのだった。
さて、さて。
グナエウス王はエスト市民より尊崇を一身に受けつつ、彼らに演説した。
とあるチョビ髭な独裁者は言った。
私の政治活動のすべては、演説にあったと。
民衆の心を掴む。それはもう、ガッチリキャッチ。
もしくは言い方が悪いけれとも、人を惑わせるのは、まず言葉から。
とある神は言った。わたしは、言葉であると。
言葉とは、根本は事象を自分の都合のいいように切り裂く鋏である。
誰かに自分についてを語ってごらん。
赤裸々に話せるかい?
自分に都合の良い解釈を、口にしていないかい?
つまり、そういうことである。それが『言葉』である。
ただ、今回のように――、
目に見える形で、実績を作りその上で呼びかけるとどうなるか。
これ以上なく鉄板の人心掌握術となろう。
国と、その王への忠節は、まさに天井知らずとなる。
内容をかいつまめば、いかなるときでも王は国民を大事に思っているという趣旨と、しかし来たる魔王襲来のため残念ながら早目に王都へ戻らねばならぬこと。
イプシロン国王は捕らえて、既に処刑したこと。
さらには敵国の王の死と兵力の減少で弱体化したイプシロン王国を落とす心づもりでいること。逆襲総指揮官はルキウス王子であること。
兵は別途で用意しているのでエスト市民は変わらず事後の生活を守り、新たな国境都市となった第二エスト (旧トリスタン要塞)との交流準備をしておくこと。
以上が、グナエウス王の演説の概要となる。
ちなみに病気で伏せていた第一市エストの知事は、僕の作った祝福解毒ドリンクによって早々と快方に向かっていた。
何せ飲むさ中から顔色が良くなっていくのだから酷いものだった。祝福とは呪いの逆回し。本質的に同じもの。今度、戯れに誰かを思い切り呪ってみようかな?
それはともかくとして、かなり重篤な状態ではあったが、この分だと三日もあれば知事は無事快復すると思われた。
事後処理についてどんどん語っていこう。
第二エストの破壊された兵士詰め所と兵舎、および要塞壁は速やかに土属性無限権能を使って修復しておいた。
間近で見た要塞市民の驚愕した表情ときたら。
後に語り継がれる第二エスト独自の聖女伝説では、あんな奇跡持ちが存在しうる国とは戦争なんてダメ絶対、とのこと。
忘れてはならないのは、西から昇り直したように見えた太陽の後始末だった。
当日に行なうべき処理を済ませ、兵らは松明を持ち、その後、鏡を取り払い太陽系ジオラマを消すことで無事夜が戻ったように演出しておいた。
まったくもって長い一日だった。これを『やりがい』とかのたまうようになれば、あなたもいっぱしの仕事中毒者である。もしくは社畜とも。
そんな屁の突っ張りにもならないものよりも、現実的な金が欲しいだろうに。
色々あって忙しかったが、本日も朝から艶めかしく予定が詰まっている。
地下リニアで移動後に、また戦争。
これを予定では今日明日明後日と三度行なう。
必要な兵士は昨晩の内にリニアに乗車させ、既に現地の地下駅に待機させている。多段式弾道弾 (
この作戦でのオリエントスターク王国軍の総動員数は、王の親衛隊が一軍団、一般兵士が三軍団とゴーレム兵が一軍団の、計二万五千だった。
エスト防衛およびトリスタン要塞攻略に使ったのは、王の親衛隊が一軍団、一般兵士が一軍団、ゴーレム軍団内の大隊編成が一つだけだった。
これで余裕の攻略となった。
そう、昨晩実働させたのは半数にも満たない数の兵たちだった。
では、もう半数の兵たちは?
連れてきた兵は昨晩の内に部隊分けされ、夕食後、前述のように再度リニアに乗せて各駅に移動させていた。
兵力の分散は、基本的に愚策扱いとなる。各個撃破されかねないし。
だが昨晩の戦いでは、約十万の兵に一万で当たらせて余裕の圧勝だった。
想定される範囲の内側。すべてはわが掌の上。
一ミリの狂いなく、予定通りである。
予め移動させた兵士は土属性無限権能にて重力を弄って事象の変遷を遅滞させ、浦島効果とほぼ同等の現象を与えている。なので彼らにとってすれば『リニアに乗ってどこかへ少しの時間だけ移動した』程度しか感じていないはずだった。
地下移動ゆえに外の風景も見えないし、祝福された特製エナジードリンクの影響で昼夜が逆転しようが平気である。その気になれば、食べず飲まず不眠かつ不休で一か月を過ごせるチート仕様の兵士になっているので是非もなし。
もっともアカツキなどはその気がないので、食べて飲んで寝てちゅっちゅしてと好き放題ではあるのだが。かく言う僕も食べて飲んで二重の意味で寝る派である。
「こんなに移動が楽で、本当に良いのだろうか……?」
ソファーに深く腰を下ろし、ノンアルコールのスパークリングロゼワインを飲みつつ、ルキウス王子は呟いた。
くつろげるだけくつろいでいるため、疑問に向かう意志がイマイチ弱い。
「移動による兵の損耗を避けるのは指揮者の重要な責務でもありますし、楽に済ませられるならばそれに越したことはないと思いますけれど」
「そ、そうか。まあ、そうだな。うむ」
二連結のリニアにて、先頭車両には僕とアカツキとカスミとルキウス王子の四人と、王子の側近たちが三名乗っていた。
初回は、やはり初めての列車経験ということで軍団兵の掌握を重視し、グナエウス王の親衛隊総括を除いて上級士官たちも一般兵と同じ車両に乗車させていた。
が、二回目からは人は結構状況に慣れるものなので例外を作っていこうかと考えていた。もちろん後方車両にも王子の部下たちが乗っている。あまり先頭車両に人を入れると、サルーン形式が台無しになるためだ。
この辺は僕のワガママである。
むくつけき男たちと一つの部屋でギュウ詰めとか勘弁してほしい。
アカツキみたいな可愛い子たちだけでギュウ詰めなら、うん、大歓迎だけど。
彼の側近の一人である古代ギリシア・ローマ時代の詩人みたいな名前のホメーロス将軍は、別途に出したリンゴサイダーが余程気に入ったらしく、先ほどから呑んではグラスに注ぎと、お代わりを繰り返していた。
リニアの時速は三百六十キロ。
本来ならこの倍の速度でも理論上可能なのだが、あえてそうしないようにしている。以前にも書いたように、高速移動によって車内にかかる振動と音が三百六十キロを過ぎた辺りからかなり酷いことになるためだった。
祝福でナントカすればいい? まあ、そうなのだけれどね。
でも、リニアって一九八〇年代初頭から試験されている浪漫の塊みたいな未来の乗り物なので、その辺りを考えると、ね?
なのでリミットをつけた上での仮の最高時速で地下をひた走っていた。
目的地は、元・辺境伯トリスタン領より東南東へ約四百キロ地点にある、モルオルト侯爵領、領都イゾルデだった。
この領都イゾルデには他にない特徴があった。
それは、超がつくほど広大なオアシス。
元世界の日本の琵琶湖よりは小さいが、それでも砂漠が七割を占めるこのイプシロン王国では最重要拠点の一つとなろう。人は、水なしでは生きられないのだから。
彼らモルオルト侯爵の一族は代々水の魔法士や卓越した水系魔術士を輩出しており、また、解毒及び浄化効果も付与する『生命の水』を生産する神器を所持しているという。真偽はともかくとして、それは水の精霊王の結晶体であるらしい。
そうして、日々の貴族の責務として、神器と魔法、または魔術を用いて、彼らは湖にひたすら水を注ぎこんでいるという。
つまり話題のオアシスの正体は、人工の、超巨大なため池なのだった。
水があるため農業も周辺地域では盛んだった。誰人曰く、近年では王都に次ぐ豊かな土地とも言われている。
僕の視点では――、
この土地をどうして選んだのか、疑問点のほうが大きいのだけれども。
というのも龍脈を探してもこの辺りにはロクに流れていないのだ。
それでも発展しているのだから、大したものと言うべきかもしれない。どうであれ、この都市は本日中に陥落するとしても。
「にゃあ。ブロント=サンがおなかすいたって」
「それじゃあ、樹液風の黒蜜をたっぷり飲ませてあげましょうね」
僕は小皿にカブトムシ・クワガタ用の餌を垂らしてそれをアカツキに持たせた。
「すっごい飲んでるの!」
ブロント=サンはそれが自分の食事であるとすぐ理解したらしく、定位置のアカツキの肩から小皿を持つ手へと、ぶぶぶと羽音の割には軽やかに飛び移っていた。
「その昆虫型の精霊が、イプシロン王国王家が奉じる武神が化身、なのですな」
ホメーロス将軍が話に加わってきた。
しかもまるでアカツキを曾孫でも見るような優しい視線で。
というのも、このホメーロス将軍。ルキウス王子の教育係も兼任する、御年六十歳の御老体なのだった。
元世界では超高齢化が進み還暦程度では老人扱いされないが、この世界にしてこの時代では、現役をとうに退いた超高齢者枠に加えても遜色のない人物だった。
「かの王家の国章や国旗にも、この精霊の意匠化がなされているそうですね」
「おっしゃる通りです。あらゆる方法にて権威の取り込みに余念がありません。われらが王国の如く聖女様が初代王を選定なさり、儀式によって王家を聖女様の血脈とする明らかな神聖性でもない限り、どの王家も似たり寄ったりでしょう」
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