第83話 【幕間】その母娘、凶暴につき。 唱


 そうして、緊急事態宣言を皇帝の名で発令する。

 現時点より無期限の戒厳令を敷く。


 アルベルト皇帝陛下は謁見の間へ行き、玉座に座す。


 集められどよめく大臣たち。

 逃げようとした道化師をわらわの勇士が背中から首を断つ。哀れ道化師は首なしのまま、タタタッと三歩小走りして倒れた。


 悲鳴。

 腰を抜かす文官。


 ここでカールが大喝する。


「――鎮まれッ! これより、正当なる帝位に就かれしアルベルト・フォン・ギゼルク陛下より、お言葉を賜る!」


 機を見計らうのが余程上手くいったらしく、謁見の間は瞬時に静寂が訪れた。


「私は先帝バルバナスと正室クリスティアーネの子、アルベルト・フォン・ギゼルクである! 私は今日のこの日、偽帝たる側室の子、フィーリドリヒを討った!」


 一見しての優男が、皇帝にふさわしい力強い声量で宣言をする。


 わらわとクローディアは彼の守護として玉座の後ろに控える。勇士たちは威圧のために壇上周りに配置する。


 概要としては、正室の子である自分こそが正当な帝位継承者であること。


 異母兄である偽帝フィードリヒは本来無き己が立場を悪用し、勇者召喚を私欲のために使い、救国の勇者を騙して魔王の討伐ではなくただ国土の拡張のためだけに彼らを利用しようとしていたこと。


 もちろん、たとえ僭称者でも治世を安定させ、民草に安寧をもたらすならそれもまた良しとしていた。正当継承者たる自分の代行者として赦してやっていた。が、さすがに戦乱を呼ぶ悪行だけは看過できぬと、自分は立ち上がった。


 とはいえ相手は国家の力をわが物とする者。力を溜める意味でも忍び難きを忍んで機を計らい、有志により新たな勇者召喚時にその勇者へ真実を語り、共に決起し、祖国を蝕む者どもを排除せんと行動した。


 色々と都合の良い脚色もされているが、しかし許容できる嘘なので気にしない。


「さあ、帝国臣下臣民よ! 選ぶがいい! 私と共に歩まず死を選ぶか、共に歩み国を盛り立てるか。お前たちの意志は最大限尊重する。処刑はすぐにでも行なう用意を整えている。なお、偽帝に与しトール公爵とアインス侯爵は国家反逆の大罪を犯した者として既に討つ行動に出ている。彼らの帝都屋敷に、勇者様方が突入している! おかしなところはない。救国者たる自分たちを騙し、侵略の道具として利用せんとした咎人を誅するのだ。じきに良き報告も上がろう!」


 ざわ、と空気が捩じれるようなどよめきが起きた。


「これが終われば、次は両大罪者どもがのさばる各領地を落とす。私は共に歩む者には寛容だが、逆らう者には容赦しない! 一族郎党に至るまで処刑する! 暴君? 暴君で結構! 国を護り、育み、より富ませるためなら私はなんでもやる。ただ、それ以上に、わが帝国の窮地を救ってくださる勇者様方を貶める悪行は決して許さない! さあ、選べ! 恭順か、死か! 決めるのはそなたたちだ!」


 大儀を宣じ終えたアルベルト皇帝陛下はここで一旦沈黙する。

 大臣以下が自分に対し礼に服するか見定めるために。


 もちろん不服を申し立ててもいい。陛下はそれを認めている。

 そのときはわらわが勇士たちが即そ奴の首を落とす。


 結局は、選べる道は一つだけ。

 果たして、全員が跪いて頭を垂れ、臣下の礼を取る。


 これで良い。これこそが肝要。

 帝国は、この時点でアルベルト陛下の手中に落ちたと見なして良い。


 偽帝フィードリヒに平気で仕える程度の臣下など、腹の底では何を考えているかわかったものではない。が、公的な場での行為である。後になってこれを反古すればどうなるかくらいはいくらバカでも踏まえるだろう。


 ややあって、勇者共が戻ってきた。意外と早かった。いや、それだけ彼らが強かったということか。


 対魔王決戦存在。


 そもそも絶大な力を振るう魔王相手に戦えるとは、異常極まる戦闘力を持つ意味合いと同意義なのだった。そりゃあ戦場兵器化も考えようもの。


 彼ら勇者共は、血濡れのトール公爵とその家族の首と、これまた血濡れのアインス侯爵とその家族の首を携えている。


 アルベルト皇帝陛下は満足気に頷いた。

 返り血を浴びた勇者共もまた、未だ隷属の首輪を着けているにもかかわらず、一瞬、満足気な表情を見せた……ような錯覚を見た。


「よし、それではトール公爵領とアインス侯爵領を落とすとする!」


 彼は玉座より立ち上がり、右腕を大きく翻して号令を下す。


「即時、討伐軍編成をする。わが臣下たちよ、発令に服せ! これより国家の反逆者どもの巣を討つ! われこそはと思うものは今すぐに名乗り出よ! そなたらの国を想うさまを見せて貰おうではないか! この二家は大元で、当然、これに関連する家も潰す! 彼らの持つ既得利権の配分も考えねばならぬな? 私に従うとはつまりそう言うことだ! さあ、存分に忠節をわれに示すがいい!」


 露骨な飴ではあれど、ここで重要なのは一致団結して共通に定めた敵を討つという体勢を作ってしまうところにある。


 どうせ元々手中にない既得利権など、他の貴族に渡しても皇帝の懐は痛まない。

 それよりも自分についた方が得があると思わせた方が良い。


 まずまず、彼はこのギゼルクなる帝国の元首としてやっていけそうである。


「クローディア、今もアルベルト皇帝陛下がお気に入りかしら?」


 そっとわが娘に尋ねてみる。


「はい、変わらず大変素敵な方だと思います」


 少し頬を赤らめて応える愛しい娘。

 ああ、これは本気か。うーん、どうしたものか。


『レオナちゃんに頼んで賢者の石を貰えばいい。それで世界を繋ぎ、ゲートを作る。そうすりゃいつでも行き来できる。方法はあの子からな。きっと応えてくれる』


 ぐっと感覚が研ぎ澄まされて、直後、大神が助言をくださった。


『王家と王家の婚儀に至るまでになど興味はないが、勇者であり王族でもあればこういうお付き合いもアリっちゃアリや。まず『勇者様』やし。安心感が半端ない』


 と、おっしゃいながらも大神はわが娘の将来を考えてくださり、あえて試練の形に持って行ってくださったとわたくしは考えるのですが、いかがでしょうか?


『さーて、なんのことやろ。勇者召喚自体は本当に偶然や。ただ、少し調べたらあの娘が好みそうな男を見つけただけで。王女の立場に釣り合ったいい男をな』

 

 御厚意に感謝を。

 あの子には特に、女としての幸せを満喫して欲しいものですから。


『年齢差が気になるなら賢者の石を魔力精製してエリクサー、エリクシルとも言うか、そいつを飲ませてちと若返らせてしまえばいい。ショタ×ロリもまた良し』


 ショタ×ロリ?

 よくわかりませんが、大神はそういう類にも造詣がおありですか?


『俺の守備範囲は超広いで。なんせ、美しいものや可愛いものが大好きや』


 そ、そうなんですね。

 ……あれ? 今頃になって気づいたのですが、伺った内容からしてわたくしを若返らせるのも賢者の石を使えばもっと手間がかからなかったのでは?


『いや、それはヤバいで。基本的にレオナちゃんが扱うのはキミらの言うところの真なる賢者の石や。ちゃんと素材を指定せんと、若返ったのは良くても寿命が天文単位になるで。十の百乗1グーゴル年とかな。キミらはこれについて、あの時点ではまだ知らんかったやろ? せやから、あの処置が最善やった。世界を繋ぐ門は真なる賢者の石を。若返らせる方は、低純度な賢者の石を。間違えんなよ?』


 下手をすれば死ぬに死ねなくなっていた……? あ、危なかった……。


『おっと、言い忘れてたけど、勇者召喚された影響でキミらの魔法が少し変質してるから教えておこうか。リキャストが――ああ、魔法の再使用についてやな、アレ、キミの場合は英霊召喚を解除してから丸一日冷却期間があるが、今は召喚解除してもしなくても日付が変更された時点で再使用が可能になっている。後は英霊の顕現が二刻ほど伸びてる。つまり計八刻やな。十六時間とか一日の三分の二をアニキたちに囲まれてアレやな。もう、サムソンとアドン。先輩の上腕二頭筋サイコー!』


 ちょっと意味が分からない部分もありますが、魔法の能力が上がっていると。


『せやな。娘の方も魔法の再使用可能条件がキミと同じで、日付が変更されたらっちゅうことになる。使用したカルタの枚数に関わらず再使用に向けて枚数が初期化される。それと使用枚数も五枚から八枚に増えてる。ヤバいで。使いようによっては世界も獲れる恐ろしい能力なのに、さらに枚数を増やしてるし。うははっ』


 やっぱりうちの子の魔法は、それだけ危険なものだったのですね。


『せやで。が気に入る程度にはな。実を言うとレオナちゃん以外の聖女としてはあの子が一番やった。特にあの思想が良かったな。でも聖女召喚は異世界人を喚ぶものであって、現地人には適応されへんから。惜しいなー、ホンマに』


 そんなにも……。ああ、どうしましょう。聖女候補にも挙げられるほどだったとは。お嫁に行かせたくないかも。あらあら、嬉しいのに悲しいこの気持ち。


『娘と同じ顔で言われても困るんやが。好きな人ができたなら、それはそれでいいやんけ。幸せやぞ、誰かを愛し、愛されるってのは』


 それもそうですが。

 ああ、ちょっと性教育の際にでもつまみ喰いしちゃおうかしら。


『母娘でヤルんかい。まあ交接の手ほどきはほどほどにな。で、確認やがもう少しこの皇帝のスタートアップにつき合うんやな? 何事も、初めが肝心やし』


 ええ、もう少しだけ。


『ほんなら戻りたくなったら俺を呼べ。呼ばんでも勝手に助言はするけどなー』


 はい、ありがとうございます。そのときはお声かけさせていただきます。


『せっかくやし重力を弄って事象の変遷を遅らせとこか。こっちの一か月を元世界での半刻くらいに。良く頑張ったし、これからも頑張るやろ。ご褒美ってヤツ』


 はい、何から何まで、本当に感謝の言葉もございません。


 そうして大神との交信は終了した。

 さっそくクローディアに今の話を聞かせてやろう。


「クローディア、耳を」

「はい、母上」


 わらわは愛娘に今し方の会話をそっと教えた。娘はとても喜んでいた。


 さあ、これからはもっと忙しくなる。

 何せわらわたちは、召喚されし勇者様なのだ。


 アルベルト新皇帝との縁談も調えねばならない。

 狙うなら正室以外にない。

 わがオリエントスタークとの繫がりの利点を、とくとくと吹き込んでやろう。

 そしてわが愛しい娘を娶るよう勧めよう。


 わらわは口元を微かに歪める。楽しい。こういう生き方もまた良し。


 命を下すアルベルト新皇帝陛下の背をまみえつつ――、

 わらわは静かに野望の炎を燃やした。

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