第82話 【幕間】その母娘、凶暴につき。 三


「……やはり。あなたというお方は。どうにもそんな予感がしていました」


「なっ、えっ、へ、陛下の首ですとっ?」

「陛下、の、首?」


 わらわは勇士に隠し持たせていた二つの首を彼らに掲げてみせた。

 グロ注意である。

 絶句するカールとシグルドの二人。

 なんとなく察していたのだろうアルベルト殿下。


「勇者召喚にて王族たるわらわたちを喚び、隷属の首輪にて束縛せんとする。まったくの論外である。それゆえ、これを宣戦布告と見なし、武力外交の道を選んだ。すなわち戦争である! あえて繰り返すが、異世界の者とはいえ王族を隷属せんとし、これに抵抗を見せると武力にて圧しようとした! 力には力を! これは、わが闘争である! ……だが、わが手中の首は。殿下、そなたに授けても良い」


「……私に、皇帝になれとおっしゃるのですね」


「然り。叛乱を企てるだけの気概があるなら不足もなかろう。幸い、先帝には男の世継がおらぬ。となれば皇位継承は必然とそなたが第一位になる。そも、先帝は偽帝である。そなたこそ、皇帝たるべし。正室の子が世継となるが、正道ゆえに!」


「……」


「カール、シグルド、お前たちに問う。わらわの発言に異を唱えるか?」


 わらわはひと際殺気を込めて彼らを見やる。呼応して、十二人の勇士たちも殺気立つ。渦巻く剣呑な空気。うう、と苦しそうな声を上げる瞑想勇者共。


 ただ、どうやらわらわの恫喝は無用であったらしい。


 既に彼らの表情は引き締まり、覚悟を決めた顔をしている。それはそうだ。元々の意思はどうあれ事態に首を突っ込み過ぎていた。もはやどうあっても逃れることなどできないし、逃げるつもりもないだろう。


「いいえ。オクタビア殿下の発言には些かも間違いはございません。先帝は救国の勇者召喚を悪用し、罰を受け、召喚された勇者様に討たれました。となれば皇位を継承せねばなりません。継承順位第一位は、アルベルト殿下であります」


「わたくし、シグルド・フォン・グラムは、此度のアルベルト皇弟殿下の帝位継承こそ正当と考えます。むしろ当初からわたくしは殿下の賛同者。でなければ内政に注力せんとする殿下の豹変に疑問を抱き、隙を見てお話を伺ったりしません」


「……と、いうことであるぞ。どうだ、殿下?」


 わらわは意識して露悪的な笑みを浮かべて見せた。

 わが手にあるのはこの帝国の、皇帝への片道切符。不毛な祈り。阿鼻叫喚。屍山血河。人は人の上に立たんと殺し合い、奪い合うもの。嘘に塗れ、笑みを浮かべ、後ろ手では血濡れの剣を、毒を、策謀の薔薇を。


 さあ、掴め。掴むのだ! お前だけに与えられたいただきを!

 くはははっ。精神が高揚してならぬわ! これを興奮せずにおれようか!


「ふふん……男なら、股間からヘソまで届く大勃起ものよの?」


 わらわは皇帝の首から冠を取り外し、魔力を持つ者なら誰でもできる生活魔術にてそれを浄化――あの変な髭男の加齢臭を感じたので、念を入れて二度浄化する。


「さあ、アルベルト殿下。宣じよ。われこそは正当なるギゼルクの皇帝であると」

「……」

「どうした、臆したか。あり得ぬな。少しばかり戸惑っているだけで」


 軽く煽ってみる。


「……われこそは、正当なる、ギゼルクの皇帝である」


「まさに、世の理。正しき道。さあ、アルベルト皇帝陛下、この冠を」

「……うむ」


 周りで一番の高位者はわらわなので、代表して彼の頭に冠を取りつけてやる。

 カールとシグルドは臣下の礼を取り、頭を垂れ、跪いている。

 クローディアはわらわの後ろに控えている。

 十二人の勇士たちは呼応して剣を眼前上向きに、儀礼の姿勢を保っていた。


 ちなみにこの冠は略式のもので、金の円環の正面に大粒のサファイアが一つだけ嵌め込まれた普段使い用だった。というのも本仕様のものは非常に重いのだった。


 鎧兜ならともかく、冠など宝石やら装飾をつけた実用に向かない金の塊である。わがオリエントスタークの正式王冠など六百八十ドラクマ (約三キロ)もある。

 重みで、悪くすれば首が寝違えたみたいになりかねないと、わが君グナエウス陛下もぼやいていた。普段はステパノ (サークレット)を略式として使い、公的行事や儀式時に正式な王冠を使用するのだった。


「分かっていようが念のため。これは簡易の戴冠式ゆえ、帝国臣民の安堵のためにも、後日盛大に戴冠式を執り行なうのだ。そして高らかに帝位を万民に宣じよ」


「ええ、是非そうしましょう。……それでは、当面の問題にかかりましょうか」

「うむ。まずは兵力を集めねばならない。が、その心配はない」


「と、言いますと?」


「いや、いや。なぜに聞き返すのだ。そこにいるではないか。未だ首輪付きの、勇者という強大な兵力が。二十人がどれほどのものかは分からぬが、対魔王戦力であるぞ。一軍団程度なら軽く捻ることも出来よう」


「勇者を使うのですか? その、彼らを私たちの皇位継承者争いに巻き込むのは、いささか矛盾を孕んでしまうような」


「そんなことはない。先代――いや、偽帝は勇者共をどうしようとした?」

「召喚を悪用し勇者を捕らえ、意思を奪い、魔王討伐という侵略に利用しようと」


「領土拡張自体は支配者としての自然な欲求よ。ただ、手段を誤ってはいかん」

「まさに」


「なればこそ罰を与えねばならぬ。これも大儀の一つ。救国の切り札の悪用。決してやってはならぬこと。罪には罰を。偽帝派どもに、勇者が直々に鉄槌を下す!」


「……私はその中心人物になる、と」

「然り」

「確かにそれならば、勇者という強大な力を振るっても筋が通ります」


「とはいえ、悪意の魔術にて精神を縛られていた事実は伏せる。魔王討伐を冠した侵略に、勇者を利用しようとしたという題目だけを表に出す」

「情報操作、ですね」


「うむ。許されぬ所業、見過ごせぬ悪行。とても看過できぬ、と。そして、自分はすべてを正道に戻さんがため立ち上がった、とな」


「しかし私では命令ができないような……いや、?」


「そう、今やそなたは『皇帝陛下』だ。簡易とはいえ戴冠の儀式を済ませ、自らの立場を表明、今のところは直臣を二人抱える帝国の正当なる支配者である。隷属の首輪は皇帝と魔術師長の命令だけを受けつけるのなら、命じてみれば良いのだ」


「……わかりました」


 アルベルト陛下は立ち上がり、彼ら勇者共に声をかける。

 瞑想は終了、整列せよ、と。

 途端、勇者共は一斉に瞑想を止めて目を開いた。組んだ足を解き、立ち上がって陛下の前に整然と並び立つ。


「……命令が、通りました」

「で、あろう。ただ、これもわかり切ったことだが、すべてが収束するまで勇者共の首輪は決して外させるなよ? それをしては筋書きが破綻しかねん」


「……ええ」

「それでは、参ろうか」


「初手――は偽帝の死を持って成された。とすれば次の手は?」

「偽帝の妻子をすべて始末する。さもなくばそれは後々、この国に混乱をもたらす」


「後継者問題の温床を根切りにしてしまう、と。それでその次は?」

「偽帝の後援者も叩かねばならぬ。代表的な後援貴族は幾つあるのだ?」


「もっとも代表的な貴族家は二つですね。偽帝の正室を輿入れさせた、トール公爵家。そして、偽帝の母方の、アインス侯爵家」

「よろしい。ではそれらを潰そう」


 小さなところは後々潰していけばいい。まずは筆頭と次席の家から落とす。


「宮殿内、もしくは帝都に構えた屋敷にそやつら当主は当然いるはずよな。近々魔国に攻め入ろうというのだ、自領に引っ込んで安穏にはしていまい?」

「ええ。彼らは宮殿内か、自らの帝都屋敷にいるはずです」


「それは重畳。電撃的にこれらを刈り取ろうぞ」

「カール卿、現在の時間は?」


「ははっ、私の用向き完了予定が十四時でした。途中、オクタビア・クローディア両殿下と邂逅し今に至るまでまだ一時間と経っていません。十五時前であるかと」


「わらわの時刻では、いや、世界を跨いでいるためアテにならぬか」

「……まさかそれは、時計、なのですか? なんと小さく、精巧で美しい」


「腕時計という。偉大なるお方様よりの賜り物よ。後でこちらの時刻に直そう」


 ゾディアック。わらわの故国の名を冠した時計である。

 腕巻き部分は換装され、くろむはあつなる銀のチェーンにて装飾された一品。重厚・繊細・凄烈。言わずとしたお気に入りだった。


「……ふむ。ともかく、十五時というと」

「こちらではどうか知らぬが、わらわの生活基準ではお茶の時間ではあるな」


「そちらの世界でもその習慣があるのですね。……となれば」

「この施設に来るまでに見た空は晴天だった。サロン、庭園、まあその辺りか」


「征こう」

「征こう」


 そういうことになった。


 わらわは狂気じみた笑みを堪えるのに腐心した。

 くはは、ダモクレスの剣である。


 彼女らにしてみれば、この世の春が、突然、死の冬になったようなものだろう。


 迅雷の如く宮殿を移動、そして征く先の邪魔者は誰であれすべて排除。


 そこは、後宮の、特に奥まった庭園だった。


 偽帝には正室が一人と側室が四人いる。意外と少ないような気もするが、そんなものか。わが夫君も正室のわらわと、その他の側室が三人であるし。


 一人は体調不良で茶会を欠席しているらしい。すぐに討ち手を放つ。


 偽帝の娘どもも茶飲みに参加していたのは、わらわたちにとって幸運だった。

 彼女らにしてみれば不運不幸の極致だろうが、しかしそんなものは知らぬ。


 一人は正室の娘、二人は側室の娘であるらしい。


 皆、一撃の元に首を斬り飛ばした。

 取り巻きどもも看過できぬ。その首を斬り飛ばす。


 念を入れ、ここに書くには憚られる残虐な処置を女ども全員に施す。

 

 


 女子どもだから見逃す、ではない。

 女子どもだからこそ、なおさら殺さねばならない。


 やると言ったら、必ずやる。


 わらわは――いや、ここでは、この一人称はやめておこう。


 は、これまで、そう、してきた。

 邪魔な女はすべて殺し、または、二度と立てぬほどの廃人にした。


 欲望や支配の座を巡って容易に血で血を洗う。顕著なのが、王侯貴族であろう。


 とどのつまりという存在は、そういうもの。


 支配者としては合格。芯の芯まで王族。

 人としては、言わずもがな。

 愛と支配と欲望と。


 ゆえにこういう汚れ仕事には、一切合切、微塵の感慨も抱かない。

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