第81話 【幕間】その母娘、凶暴につき。 歳


「うむ……コウテイデンカ……? ああ、皇弟殿下、な。皇帝の弟君か……って、なぜにそのようなやんごとなき者が隷属の首輪を」


「陛下曰く、勇者様方の取りまとめだそうです。同じく生活し、身体を鍛え、翻訳の首輪をつけることにより、一層の連帯感を構築できると。ですが……その」


「ですが、どうした。構わぬゆえ、話を続けよ」


「皇帝陛下と皇弟殿下とは隠しようもなく不仲なのでした。というのも、現皇帝陛下は長男ではあれ側室の子。皇弟殿下は正室の子ではあれ次男。本来なら正室の子である皇弟殿下が帝位を継ぐところを、先帝陛下が正室よりその側室を遇し――」


「ふむ、どうも派閥やら政治やら忠義やらが、がんじがらめになっておるようだな」

「お察しの通りです。なので語ると非常に長くなります……」


「是非も無し。ならば、ほれ、シグルドよ。色々と間を抜いて結論だけ語れ」


「はい。現皇帝陛下は領土拡張によって国を富ませる方法を模索するお方で、皇弟殿下は内政により国を富ませる方法を主張するお方でした。その皇弟殿下が魔王の侵攻から帝国を護るためとはいえ、自ら魔国へと攻め上る尖兵として勇者様を取りまとめるとはとても思えなかったのです。しかし現実には、かのお方は精力的に勇者様方を育て、兵を組み、近日にも魔国へ攻めんと着々と準備をされている。お考えを伺っても陰りも迷いもない。ですが、今日のこの日、長らくの疑問が解けました。隷属の首輪、だったのですね。なんと卑劣な……」


「まあ皇帝の思惑も国家としては悪くはない。国の主が領土欲を持たずとしてなんとする。が、シグルド、お前は疑っていた。君側の奸、佞臣、魔導師長の存在を」

「……はい」


「誑かされたのであろうな。ハゲが魔国にどんな利点を見出したか知らんが」

「オクタビア殿下は、かの佞臣を誅したのでありますね?」


「うむ、確かに討った。そしてお前はこう思っている。死体はどうなったかと」

「ご明察にて。変化へんげが解けた、などはありましたでしょうか?」


「念のため首も撥ねたが人のままの姿だった。実は魔族が化けているとかそう言うのはなく、絶命して後もただのハゲ。本人は剃髪していると供述していたが」

「剃髪を供述……。そ、そうですか……」


「それで皇弟殿下は何処におられる。外すのなら早く外してやれ」

「ははっ。こちらにて!」


 結跏趺坐なる瞑想をする勇者共の間を縫い、わらわたちは一番奥で座して足を組む男の前まで行きついた。討った皇帝は四十過ぎの変な髭の男だったが、皇弟は十は年下に見える。少なくともわらわと同じ三十路前半か、二十代後半であろう。


「……ほう、これは中々の美男子ではないか。周囲に良くモテていたであろうな」

「ご本人曰く、母親似とのことです」


「皇弟殿下って、格好いいね。優しく目を閉じていて、鼻筋が綺麗に通っていて」

「あら、クローディア。あなたこういう男が好み? そうね、ならばその方向であなたの将来の旦那様を探してみようかしら。きっと素敵な殿方が見つかるわよ」


「はい、母上! よろしくお願いします!」

「突然、口調が変わりましたな……」


「シグルド、対外的なものと身内とでは、口調を変えるものぞ?」

「ははっ。殿下のおっしゃる通りであります!」


 この男には本当に龍の呪いがかかっているのだろうか。ただのうっかり本音を漏らしてしまう粗忽者の家系ではないのだろうか。まあ、いいけれども……。


 そんなわらわたちを横目に、カールは瞑想する皇弟殿下の首輪をそっと外した。


 今気づいたことに、迂闊に外せないような機構、または呪いの類は特についていないようだった。なるほどそれもそうか、建前上は同時翻訳の魔道具なのだから。


 しばし待つ。皇弟殿下はゆるりと目を開く。


「……大変失礼をいたします、殿下。ご気分は、いかがでありましょうや?」

「む……そなたは、紋章院副長官の……リュッケテイマー子爵、か」


「はい、リュッケテイマーでございます」

「……長らく、夢を見ていた気がする。なぜか私は、皇帝陛下はともかく魔導師長の強制に抗えなかった。彼らは言う。勇者を鍛えよと。そして魔王と戦えと」


「それは夢ではなく、まごうなき現実でございます」

「……そうか。あれは夢うつつのような現実であったか。しかしなぜゆえに」


「おそらくは、これなる首輪の影響かと」

「ふむ、見た覚えがある。これはどのような影響を人に?」


「隷属の首輪、とのことです。われわれはつい先ほどまで、これを異世界人用の同時翻訳の魔道具と信じ込まされていました。しかし形状が形状のため、勇者様方に不信と不快感を与えぬよう、率先して殿下が自ら首輪をお付けになったと」


「ふむ。実際は見たままの、犬を縛るが如くの代物だったというわけか……」

「ご不快、察して余るほどでございます……っ」


「いや、それは良い。真実を知り、こうやって救い出してくれたのだから。その行為、実に大儀である。……ありがとう」

「ははっ、勿体なきお言葉を預かり、恐悦至極でございます!」


 皇弟殿下は軽く頷いて今度はシグルドに目を移した。


「グラム男爵か。……あれが夢ではないなら苦労を掛けてしまったな。そなたは魔導師どもの隙を見て私によく話しかけてくれた。しかしすまない。何やらおかしな返答ばかり私はしたはず。役目として、勇者様方を鍛えて編成せよと動いていた」


「いえ、わたくしも真実にまで至らず、大変申し訳なく……」


「良いのだ。国家が主導で動いていてはそれも難しかろう。だが、それでも欠片であれ何かおかしいと気づけたそなたを讃じたい。結果、私は助けられたのだから」

「勿体なきお言葉……ありがたき、幸せであります」


 ふむ。シグルドのやつ、本音を抑えていられるではないか。

 ここはアレだろう、地で行けば、変なものに引っかかりやがってこの間抜け! と痛罵するところではなかろうか。いやまあ、さすがに言わんか。


 益体もないことを巡らせていると、今度は彼は、わらわたちに目を移した。


「そなたたちは……さすがに分からないな。いにしえの時代の双子姉妹に見えるが」

「よろしい。ならば自己紹介と参ろうではないか。まず、わらわたちは異世界人である。そう、そこで瞑想なる行為に没頭している勇者共と同類、二人してはいぱーれあの勇者様である。本来ならば隷属の首輪にてここに夢うつつで連れてこられたであろうがな。名を、オクタビア・アリステカラメ・オリエントスターク。オリエントスターク王国の正妃である。ちなみに現在は二児の母だっ!」


「二児の……え? そなたは、その、双子のうちの妹君ではないと?」

「ああ、もうっ! ここな男どもはどいつもこいつもどこを見て判断しておるのだっ! 言うてみよ! 胸か、このぺたんこな胸がいかんのか!」


「あ、いや。これは大変な失言をしてしまったようだ……」


 元の世界に帰ったら、聖女レオナさまに絶対に泣きつこう。


「わらわはとある秘薬を使い若返っておるのだ。若さこそ美の基本ゆえにな!」

「若返り……? いささか、若過ぎ……ませんか?」


「女は小さいころから美への研鑽を積まねばならぬ。半端をしてはならぬのだっ」

「な、なるほど。よく理解できました。……そ、それでそちらの御令嬢は」


「ボクはクローディア・カサヴェテス・オリエントスターク。オリエントスターク王国の第一王女。今年で十歳です。麗しき皇弟殿下、どうぞお見知りおきを」


「はい、丁寧にありがとう。では、お二方の自己紹介を受けて私も名乗りましょう。わたしはギゼルク帝国、フィールドリヒ皇帝陛下の皇弟、アルベルト・フォン・ギゼルクです。こちらからも、どうぞよろしくお願いしますね」


「――早速ですが、お妃様は既にどれほどおられますかっ?」

「えっ。ええと……実は、この国の皇弟は、法律で妻を娶れないのですよ?」


「そんな! ボクの将来の、愛しき旦那様計画がいきなり破綻っ!」

「今も十分に愛らしいし、将来は物凄い美姫になると想像に難しくありません。ただ、気持ちは嬉しいのですが法律が……あと、すこーし若過ぎるかな、と……」


「女の子は、すぐに成長しますよっ」

「あはは……そうだねぇ……」


 おっと、わが娘。アルベルト皇弟殿下が余程気に入ったらしく、グイグイと自分を売り込みに行っている。そうかそうか、面食いよの、クローディアも。

 会話を聞く分には寛容な心を持っていそう――いや、もちろん王侯貴族である以上微塵も油断はできないが、それ以上に血筋は最高でしかも美男子とくる。


「ふふ……善きかな」


 思わずニヤニヤと様子を眺めてしまう。皇弟殿下と目が合った。ぶふ、と吹き出しそうになる。助けて欲しそうな目線だ。あっはっはっ。


 どれ、ほんの少しだけ助太刀しよう。


「――ちなみにわらわは十の年で輿入れを、十五の成人で、正式なる王太子妃となった。そして子どもを四人孕み、産み、二人は無事に育った」

「そうだよね! だから、ちょっと年が若くても別におかしくないよね?」

「え、ええと……あはは……さすがに参りましたね……」


 もちろんわらわが援護するのは、娘の方だけれども。あっはっはっはっはっ。


 まあ、この辺りで留めないといかん。

 大神と約束した、勇者召喚と帝国の野望の真相究明に支障が出そうだ。


「クローディア。将来の伴侶探しの前に解決せねばならない事案があります。なのでまずはそちらを解決しましょう。今は唾をつけておくだけで充分です」

「はい、母上! あまりガツガツ行くと、男は引いちゃうものでしたよね!」


「ええ、その通りです。ときには三歩後ろで慎ましくあるのも戦術上重要になります。そして、男女の床の中では乙女でありながらも娼婦のように華乱れるのです」


「幼く愛らしい見た目に関わらず、龍を相手するよりも恐ろしい母娘だな……」

「んんー? 何か言ったかー? シグルドー?」

「あ、いえ。自分は何も」


 それはともかく。


「さて、ここで。わらわからの確認と質問と提案だが、良いかな」

「はい、どうぞ」


 と、これはアルベルト殿下。


「アルベルト殿下と、皇帝フィールドリヒは仲が悪かった。相違ないな?」

「はい」


「殿下は内政に注力し国を富ませる案を携えていた。が、皇帝は領土の拡張による富と繁栄を企んでいた」

「はい」


「その領土拡大に、勇者共を召喚し、隷属利用をせんとした。そうだな?」

「はい。それについては、国として釈明の余地はなく」


「確認は以上。次からは質問に移る。殿下はなぜ勇者共の中心人物に祭り上げられた? 政治的敵対とはいえ、異母兄弟を死地に向かわせるのは余程ではないか」

「……それは」


「皇帝フィールドリヒに、男児はいるのか?」

「いえ、皇子はいましたが疱瘡にて幼くして隠れてしまいました。現在は皇位継承の順位の低い三人の皇女たちがいるのみです」


「わらわはこの世界の王侯貴族の法など微塵も知らぬ。だが国家の『もしも』を思えば、たとえ皇弟殿下が政敵だとしても、それでも飼い殺しにするのが世界の如何に関わらずそれを常道と考えるのだが、どうだろうか」

「……」


「そなた、叛乱の計画などしてはおるまいな? 正当なる帝位の復権をと」


「オ、オクタビア殿下……さすがにそれは、お言葉が過ぎるかと」

「黙れカール。これはとても重要なのだ。アルベルト殿下は正室の子。フィールドリヒは長子とはいえ側室の子。本来なら、アルベルト殿下こそ帝位につかねばならぬ」


 沈黙が降りた。


 どれくらい経っただろうか、ふと左腕の手首を見る。

 聖女レオナさまより頂いた腕時計の長針が、十二の目盛りの内の一つを跨ぐくらい経ったようだが。要するに、五分くらい。


 そして。


「……オクタビア殿下のおっしゃる通りです。私は叛乱を企てました」

「うむ、そうであるか。わらわの目に狂いはなかったな」


「……殿下? まさか、そんな」

「穏健派の代表と言われた殿下が、叛乱を……?」


「カール、シグルド。黙していよ。まずは、理由を聞こうではないか」


「確かに私は、勇者召喚を悪用する異母兄に見切りをつけ、そして正道たるを鑑みて叛乱を企てました。まずは注意を払い、協力者を集め、力を蓄えんと。ですが相手は上手うわてでした。結果を先に語るようで恥ずかしい話、魔導師長は私の教育係であり、魔術の師でもありました。少々偏屈ですが、真面目で信頼のできる方だと思っていたのです。ある日、意を決して彼に計画を持ちかけると、静かに頷いて」


「首輪をつけられてしまったか」


「……とても耐えられぬ不可思議な強制にて薄れゆく意識の中、彼は私に、まるで噛んで含めるように語りました。召喚で集まった勇者共には、命を懸けて前面に立てる求心的存在が必要だと。しかし陛下にそれをさせるわけにはいかない。殿下は本来は処刑されるべき人物。なのでわれわれのために戦って死ぬ誉れを与えましょうと。あなたが、わしの賢者の石を、取ってくる、と」


「ふむ。たかが石ころで、大事な教え子であり弟子を、切り捨ててしまったか」


 聖女レオナさまなら真なる賢者の石をポンポン取り出しそうなものを。


「たかが石、されど石、です。魔王ベリオゴルが支配する地域では魔石という名の、魔力を内包する玉石を大量に産出します。そして、本当にごく稀に、賢者の石と呼ばれる神秘の赤色魔力結晶石が採れるのです。不定形の、液体と固体を併せ持ったような不思議な性質を持つ、まるで水銀のような石が」


「粘性の強いブニブニとした、半液体状の赤いスライムみたいなものであろう?」

「おお、ご存知でしたか」


「精製すると万能霊薬エリクシルとなる。一口飲めば病が治り身体の傷が消え、二口飲めば身体の欠損も全快する。三口飲めば若返る。あるいは永遠の命を得る」

「……」


「ちなみにわらわはエリクシルを服用していない。もっと別な、大いなる奇跡よ」


 真なる賢者の石については、国家機密よりも重大な世界の秘密に触れると思われるのでわらわは黙して語らない。アレ一つで銀河の星々が丸ごと入るほどの魔力を持つなど、矮小な人如きが知るべきではない。


「……ここからは憶測も混じりますが、魔導師長には果たせぬ夢があったようなのです。それはオクタビア殿下が先ほど語ってくださった、賢者の石を原料にしたエリクシルなる万能霊薬を作ること。魔国さえ手中に収めれば、目的の原料を求めるだけ手に入ると考えたのでしょう。目的も、そう、若返りと、永遠の命のため」


「若返れば、ヤツのハゲ頭もそれはもうフッサフサになるであろうなぁ……」


 しみじみと相槌を打つと、ぶふぉっ、とクローディアとシグルドが同時に吹き出していた。二人とも鼻水が出ている。


「……そんな魔導師長を私の知らぬうちに皇帝――いや異母兄は、彼の願望や欲望を上手く刺激して囲い込み、これを監視の目として私が何か致命的なヘマをやらかすのを待った。そして、そのヘマは案外早くに起きたのでしょう」


「皇帝も中々に策士というか、まあ、支配者としては当たり前というか」

「叛乱と言っても、私など計画を打ち明けただけで終了したダメな男ですよ」


「いや、それはどうか。確かに失敗はしていれど、最も信じられる師が愛弟子を裏切るなど普通は考えぬでな。余程のものであったとわらわは考える。しかして」

「しかして――?」


「まずもって、勇者を悪用するのは言語道断。しかもわらわたち王族を隷属せしめんとするは外交問題でも特大のものとなる。たとえ異世界の王族であっても」

「……はい」


「実際、これを宣戦布告と見なし、わらわは武力外交の道を選んだ」

「……はい」


「まあこれは、一先ず決着を見たので脇に置いておこう」

「……」


「皇弟アルベルト殿下。そなたは、皇帝として、正道を征く者でなければならぬ」

「……すみません、話の流れからして、とても嫌な予感がしてきたのですが」


「そんなことはない。殿下、そなたにとってわらわはきっと福音者となる」

「……はい」


「ここに、皇帝の首と、魔導師長の首がある。わが戦利品である」

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