第80話 【幕間】その母娘、凶暴につき。 万
「では竹馬の友としての忌憚なき意見は? 地が聞きたい。俺もそうする」
おや、この二人は幼き頃からの友人なのか。
これはわらわにも運が向いてきたか? もしくはだまくら化されて危機に瀕するか? 不審な動きを見せる=即、処するべきだが。
わらわはそっと目を細める。
隣で、クローディアが不敵な笑みを浮かべていた。
殺る気満々母娘である。王侯貴族なんて一皮剥けば、こんなものである。
「あー。うむ、そうだな。俺はここ半年ばかり勇者様方の警備の総責任者として任務に当たってきたが……彼らにはどうも自主性に欠けている気がしてならない。過去に幾度もあった国難に際し、帝国は秘儀を用いて異世界より勇者を召喚せしめて問題の解決に当たったと聞く。だが、しかし。これは俺の手に負えない案件ではある……カール、お前を幼少期からの親友と信じて打ち明けるが、良いか?」
「俺の家名にかけて秘密は守る。だから、お前の得意な本音を教えてくれ」
「得意ってなんなのだ。いや、それは置いておこう。……話しかければきちんと受け答えする。日々の訓練も真面目。快眠快食。勇者として、力も目に見えて着けていく。理知的で、帝国の要求にも従順。この国に忠を定めた勇者様方。兵としても理想的。だが、どう言うべきかな、こう、どうにも人間味が希薄というか、まるで意思を持たない人形でも見ているというか、もしくは飼い慣らされた奴隷でも見るかのような。失礼を前提に言わせてもらえば、俺としてはそんなふうに感じた」
「……やはりあの首輪が元凶か」
「首輪? 同時翻訳の魔道具に不具合でも起きているのか?」
「礼を失しぬようお断りを入れて、両殿下の首元を見せていただくと良い」
手間なのでその必要もないとわらわは首を横に振り、顎を上げて見せた。
「魔道具が、ない。……むう? ならばどうやって意思疎通を行なって?」
「それはわらわが教えよう。要は、勇者召喚の手順に言語調整が既に施されておったということだ。ゆえにわらわたちはお前たちの言語で話し、また、聞ける」
「……なんと。で、では、あの首輪は、一体なんなのか……?」
「しつこく繰り返すが、だからこそ緊急事態なのだ」
「それもわらわの口により教えて遣わそう。あれは、隷属の首輪だ。情報元は完全保証する。わらわが大神より下知を頂き、まごうなき真を語っているのだから」
「オクタビア殿下は巫女姫様でもあられるのですか?」
「否。詳しくは言わんが、大神はとある偉大なお方の後見をしておられる。わらわたちは現在、その偉大なるお方の庇護下にある――はずが、勇者召喚に
「失礼ながら、その偉大なるお方とは、破壊神か何かでありますか?」
「否。破壊もできれば創造もできる。それだけの力を持つお方であるとだけ」
大神に馬乗りパンチをしたり、それでラゴ月を軽く破壊しかけたり。
恐るべき高さと頑強さの外壁を作り、新市街をあっという間に造り、すべての避難民の腹を満たす食料を与えたり。
十万の兵に国宝級の新装備を惜しみなく支給し、また、一万と五千の強大なゴーレム兵団を構築したり。
魔術にて覗き見する魔族を認識し、遠隔にて斬り殺し、宇宙空間より偵察に来た伝説上の古代竜をデウス・エクス・マキナにて屠り、最上の肉と素材を得たり。
新たな知識と知恵と技術を伝え、これまで口にしたことのない耽美なる食事を振る舞い、わらわは若返り、クローディアをあるべき性別へと転じさせたり。
銀河丸ごとの魔力を内包する賢者の石を、ポンと作ったのは御愛嬌。
破壊神のはずがない。偉大や偉大。われらが聖女、キリウ・レオナ様である。
「さて、実情もわかったところで、お前たちには仕事がある」
「はい、殿下。……と、おっしゃいますと?」
「警備隊長総括、決まっておろう。勇者共の首輪を外してやるのだ。そも、国難に立ち向かう者を隷属で縛るなど何するものぞ。あってはならぬ事態である」
「た、確かに……っ。こ、こちらです両殿下。カール、お前も共に来るよな?」
「緊急事態と言ってるだろうが。これで四度言ったぞ。行こう!」
警備隊長総括とカールは勇者施設へと先んじて駆けていく。わらわたちもチャリオットから降りて勇士たちに護られつつ施設内部に突入する。
ちなみに警備隊長はシグルド・フォン・グラム男爵という。なんでも古代より続く龍殺しの家系で、爵位は低いが家格自体はやたらと高いらしい。だからこそ、勇者施設の警護に任を発せられたというわけだが。
「――グラム警備隊長総括殿、これは一体?」
施設内部に突入し、いくつかの扉を抜けた先、四人のローブの男たちがわらわたちを止めに入った。この先が勇者たちの訓練場兼、住居でもあるようだ。
「どけ。お前ら
「これは異なことを。警備隊長総括殿、われらが佞臣と? 聞き捨てなりませんな。われらは魔導師長様と共に、この素晴らしき帝国にさらなる栄光と繁栄をもたらす者として私心を捨てて活動しているのですぞ」
「くははっ。あのハゲか。わらわに隷属の首輪を掛けんとしたため処したぞ?」
あえてわらわは口を挟み込む。挑発し、激高させた方が処理が容易くなる。
「なんなのだこの口の悪い幼女は? 躾代わりに尻をぶっ叩くぞ? というかその格好はどうしたのだ? 千年前の古代人にでもなったつもりか?」
「一度に質問が多いぞ、下郎。だが良しとする。どうせその方らは死ぬ。ひれ伏すがいい。はいぱーれあの勇者様ぞ。首を差し出せ。苦しまず逝かせてやろう」
子どもに、一応であれ躾を意図する罰を与えようとする姿勢は認める。
根本は悪党ではないのかもしれない。
だが、それだけだ。
わらわは身体は幼女であれ、クローディアやルキウス、他二人の産みの母。
「さてと、キリキリと処理しようぞ」
ちょっとした用事をこなすが如く、わらわが勇士たちに命じる。
障害を排除せよ、と。
「こいつ、幼き身で異常者か! 制圧せよ! 銀の燕舞いし高き風の――」
放射される殺意にようやくわらわが意図を計り取ったのだろう。彼らは散開し、四人が一斉に詠唱にかかった――バカなのか。すぐ目の前で魔術詠唱などと。
儀式魔術はともかく、戦闘魔術は無詠唱が基本だろうに。
わらわの勇士たちの反応は素早かった。間を置かず、ほぼ同時に、ギュリッと太い骨が砕ける音が四つ響く。それからブチブチと首を捩じり切る。脛骨を粉砕した時点で即死。宣言の通り、魔導師どもは苦しまずに死んだ。
やはりこれまでを見るに、彼ら魔術の徒は悪の道に走った者どものように見なしがちだが、それでも全員が欲に塗れた悪人というわけでもないだろう。
魔導師長の陣営であるがゆえに嫌な役目を果たしているだけやもしれぬ。
だが、それでも。王族を異常者呼ばわいは頂けない。
それは不敬である。そも、健常な神経で王族などやっていられるものか、大たわけ者が。前提からして間違っているのだ。
よって、当初の発言通り、彼らを全員、処した。
「ふむ、では勇者共と対面といこうか。早く首輪を外してやらねばな」
「……」
「どうしたのだ、シグルド警備隊長総括?」
「はい。幼き身でありながら、微塵も敵戦力の無力化に躊躇がなく驚きを隠せず」
「わらわはこう見えて四人の子を産み、現在は二児の母であるぞ?」
「は? 双子殿下の、妹君様ではないのですか?」
「いや、ちゃんとわらわたちの紹介をしたではないか。というか貴様、どこを見てそう判断した? んん? 怒らぬからわらわに言うてみよ? んんー?」
「申し訳ありません。決して胸のふくらみとは言いません。まるで少年の如く、どこまでもどこまでも平坦であるなどとは、決して」
「言うておるではないかー。モロに言うておるではないかー」
やっぱり聖女レオナさまに胸を大きくしてくださいと泣きつこう。
「ま、まあ良い、言えと命じたのはわらわだ。不敬には中てず差し許す」
「ははっ、ありがたき幸せ」
「……申し訳ありませぬ。わが友についてではありますが、グラム家はまごう無き龍殺しの家系ではあれど、討伐した邪龍ファフニールによって初代グラム男爵より脈々と続く当主の呪いをかけられておりますれば」
「一応聞くが、それは如何様な呪いなのか?」
「はい。その名も『間の悪い真実の呪い』というもの。効果はそのままの通り、気を抜くと絶妙な間を縫って本音という毒を吐くというものにて」
「なんと言う地味に嫌がらせのキツイ呪いを。社交界に出れぬではないか……」
それで旧い家系の割に男爵のままなのか。
困ったもの、いや、こういう人物もまた必要なのか?
考えを変えて、本音で指摘できる人材とすればなかなか有用ではある。
「難儀よな……」
ひと言、零す。そして思考を切り替える。わらわたちは、四人の魔導師らが護っていた扉を押し開け、その場を通り抜ける。
果たして勇者たちはいた。
地に座し、両足を組んだ妙な姿勢でそれぞれが目を瞑っている。人数は、二十一人。一体何をしているのか、わらわにはとんと見当もつかない。
「瞑想中でありますな。南方より伝わる
「慣れると気持ちのいいものですよ。数人くらい、そのまま寝ていそうですな」
カールの解説にシグルドが、本音か解説かわからない注釈を注ぎ足した。
「ほう、そうか。けっかふざ、か。面白い」
言いながらわらわは周囲を油断なく索敵する。
クローディアも黙ってわらわの死角となる背面を補って索敵してくれている。そして、二人ほぼ同時に、ふむ、と頷いた。
勇者共の訓練場に詰めている敵性存在は、扉前で構えていた四人の魔導師だけのようだ。意外と少ないようで、それもそうかとわらわは納得する。
というのも、思い出してほしい。
つい先ほどまで彼ら魔導師共は勇者召喚の儀式をしていたのだ。その結果、わらわとクローディアが召喚された。
ならば儀式にあたり最低限の守備を残して、くだんの四人以外の魔導師はすべて駆り出されていた可能性が高い。
異世界より質より量を優先させたとはいえ、勇者を召喚せしめねばならない。当然、高い魔力を持つであろう魔導師は一人でも多い方がいいに決まっている。異世界召喚は手軽にできる類のものではない。
ここで少し、話を変えよう。
わらわの知る勇者という存在について語る。おそらくは世界を違えようと、異世界召喚に類するものに大きな差異はないものと考えてのものだ。
まず前提として、勇者とは、ただの人ではない。
勇者とは基本的に異世界人を指す。基礎となる身体能力などはたとえ初期状態では低くとも、訓練を加えれば異様な伸び白を示し、また、奇跡や魔法に近い『ちいとすきる』なる異能を開花させる場合もある。
この国の皇帝と
そして人間兵器として、愚かしくも戦争利用しようとせしめた。
なお、質を選べば召喚当初から人外の強さを持っていたり、鍛えればさらに累乗的に強くなったり、勇者のみが使える特殊な道具や装備を持っていたり、オマケに高確率で『ちいとすきる』を初めから有していたりする。
そして何よりも一番の特徴がある。
それは、魔王に特効する存在、なのだった。人呼んで、対魔王決戦存在。
いわば吸血鬼に太陽、狼男に銀の武器、アンデッド全般に僧侶の聖法力。木火土金水の相性と相克の関係みたいなもので、対魔王の攻勢相性が段違いなのだった。
そのため勇者は魔王と戦い――、
魔王は大仰な態度ではあれ内心では戦々恐々と勇者と相対する。
そのような存在であれば、たとえ数打ち勇者の召喚であっても大がかりな儀式に只事ない魔力が必要となる。どうせ外周は警備兵によって護られているのだ。ツルピカハゲ丸の部下である魔導師らは最低限だけを残して、他は儀式に投入したとしてもなんら不自然でもないし、わらわが同じ立場ならきっとそうしているだろう。
「両殿下。初めに、あるお方の首輪を外そうと思うのですが、よろしいでしょうか」
「ほう、優先すべき人物がいるのか。それは誰か」
「はい、そのお方とは、コウテイ殿下です」
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